第八話 半舷上陸 2
「え?! 艦長用の公用車しかないんですか?!」
「みんな、素早すぎる……」
「まあ久し振りの
外に出る俺達をチェックしていた
「
「いえ。墓まいりなんですよ」
「墓まいり? お前、ここの出身じゃないよな?」
その質問に関しては、ちゃんと答えを用意していた。
「うちの墓じゃないですよ。うちのひい爺さんが世話になった人の墓が、ここの近くの寺にあるって聞いてたんです。せっかく寄港したので、一族代表としてご先祖様にご挨拶にと」
「なるほど。本当に信心深いんだな、お前」
「まあ年寄りに囲まれて育ちましたから」
そこは嘘ではなく本当のことだ。仏壇のご先祖様には手を合せる、神棚には頭を下げて
―― 公用車が出払っているのなら、しかたがないな。少し距離はあるけど、歩いていくか…… ――
「おい、波多野」
「はい?」
「艦長の公用車、使いたいヤツがいたら出してやれって、艦長から言われている。乗ってくか?」
「え?! いや、でも……」
曹長の言葉にギョッとなる。たしかに自転車があれば行くのは楽だ。だが幹部ならともかく、さすがに海士長の身で、艦長の公用車に乗るのはためらわれる。
「目的地の寺、そこそこ離れてるんだろ? 歩いていくのは大変だ、乗ってけ」
「ですが艦長専用ですよ……ほら、ここに〝みむろ艦長専用〟て貼ってあるじゃないですか」
前輪のフレームに貼りつけられている、テープを指でさした。
「これに乗ったからって、お前が艦長代行をするわけじゃないだろ。それに、どう見ても艦長って顔をしてないから、間違われる心配もない。ほれ、さっさと行けよ、艦長の公用車に乗る機会なんて、そうないぞ?」
なにやらよくよく考えてみると失礼なことを言われ、自転車の鍵と自転車を押しつけられた。
「えええええ……艦長が使いたくなったらどうするんですか」
「その時はその時だろ。ほれほれ、楽しんで走ってこい」
「楽しんでって……」
そして自転車ごと、
「えっと、じゃあ、なるべく早く戻ってきます」
「気にすんな。これも艦長直々のお達しなんだから」
「だからって、艦長専用を使うなんて怖すぎる」
うっかり倒して傷でもつけたら、みむろ幹部オールキャストでの
「あ、座り心地はいつものよりいいかも。さすが艦長専用」
見た目は大して変わらないのに、一般用と艦長用でこんなに座り心地が違うとは、意外な発見だ。
警備に立っている隊員に、身分証明書を見せて敷地の外に出た。そして、頭の中に地図を思い浮かべながら走る。
「……しかし落ち着かない」
平日の昼間のせいか、
『申し訳ありませんねえ……私が
後ろで申し訳なさそうな声がした。後ろに乗っている、というか俺に
「ああ、お気になさらず。そちらのせいで落ち着かないんじゃなくて、この自転車のせいですから」
『体調は問題ありませんか?」
「今のところなんの変調もありませんよ」
『それは良かった』
きっと見える人が見たらシュールな光景だろうな。それを想像すると妙な笑いがこみあげてくる。海自の制服を着た俺が自転車をこいでいて、その後ろに帝国海軍の軍服を着た幽霊がくっついているなんて。
「あ、花屋に寄ります。せっかくの墓まいりなんだから、花ぐらい供えないと」
『そこまでお気遣いいただかなくても』
「いやいや、俺の気持ちですから」
寺の近くだ、墓参りの人を見こした花屋が、一軒ぐらいあるはずだ。スマホを取り出して、近辺を検索する。
「あ、近くに花屋ありますよ。あの交差点を曲がったところだ」
『あー……そこは昔はおばあさんがやっている雑貨屋でした。色んなものがそろっていて、とても便利な店でしたよ』
軍人さんは懐かしそうに微笑んだ。
『まあ今でいうところの、コンビニみたいなものですかね』
「なるほど~~」
前の戦争から八十年ちかく。どんどん変わっていく日本の風景は、この人の目には、どんなふうにうつっているんだろうなと思った。そしてもし自分がその境遇だったら、どう感じるだろうかとも。
交差点に差し掛かったところで、目的の場所に目を向ける。そこには花屋ではなく、全国チェーンのコンビニが建っていた。
「あれ! コンビニになってる。なんだよ、地図、反映されてないじゃないか、どうするんだよ、花ぁ」
『ですが花、あるみたいですよ?』
花屋ではないことにガッカリしながら店の前にいくと、軍人さんが店内を指さした。レジの横にはバケツに入った花がいくつか置かれていて、その中には仏花もあった。
「お、ラッキー!」
『お寺も近くにあることですし、花屋だったころの
「昔のコンビニみたいな雑貨屋さんが、本当のコンビニになっちゃいましたね」
『これも時代ですねえ』
コンビニで花と線香、そしてマッチを買うと寺へと自転車を走らせた。
お寺の門をくぐり、掃除をしている人にお参りにうかがいましたと声をかけ、墓がある場所へと向かう。
「あ。そう言えば軍人さんの名前、聞いてませんでしたね?」
『ああ、そうでした。聞かれることもないので、すっかり忘れていました。私は
「下の名前は?」
『
「あらためてよろしくおねがいします、相波大尉」
『こちらこそ。猫大佐ともども、よろしくお願いします』
墓の場所は相波大尉が教えてくれた。いつも誰かが来ているらしく、墓の周りは綺麗に掃除がされている。花が若干しなびているのは、ここしばらく晴れの日が続いているからだろう。
「相波家先祖代々の墓……だけどここには、相波さんの遺骨は入ってないんですよね」
『そうですね。家族の元には、戦死を知らせる通知だけが届いたと思います』
「なんだかそれって悲しいですね。家族とずっと離れ離れみたいで」
『まあそうなんですが、こうやって来ることができましたし、私は満足ですよ』
穏やかな表情を浮かべている、相波大尉の横顔を見つめる。
「あの、もう
俺の質問に、相波大尉は少しだけ首をかしげた。
『最初の頃はそう思っていたかもしれません。ですが今は、猫大佐のお世話をするのも、悪くないと思ってますよ』
「お世話……」
『今は
「意外と今時の表現もご存知で」
『それほどでも。せっかく貴方みたいな人にも会えましたし、今はもうちょっと、この国の行く末を見ていたいと思うようになりました。もちろん、大佐に理不尽なあつかいをされているわけではないので、その点はご心配なく』
大尉は俺の顔を見て、
枯れかけた花をどけて、新しい花を供える。そして手を墓の前で手を合わせた。手を合わせたとたんに、相波大尉のご先祖様達がゾロゾロ出てくるのではと身がまえていたが、周囲は静かなものだった。
「おや、どちらさんかね?」
「!! やっぱり出た?!」
手を合わせていると、いきなり後ろから声をかけられた。振り返ると、花とバケツを持ったお婆さんが、不思議そうな顔をして俺のことを見ていた。
『あ、私の娘です』
相波大尉が嬉しそうに言った。
「ええ?!」
「うちの墓に用かい?」
「え、あ、あの、うちのひい爺さんが、こちらのご家族にお世話になったらしくて。近くに来たものですから、お墓まいりをさせていただいています!」
俺の返事に、お婆さんはニッコリと笑顔をみせる。その顔は、たしかに大尉に似ていた。
「ほーほー。ってことは、私のお父さんかお爺さん達のことかねえ?」
「相波志朗さんとおっしゃるんですが」
「ああ、それは私のお父さんの名前だ」
横に移動して場所をあけると、お婆さんが墓の前にしゃがんで手を合わせた。
「おや、お花とお線香まで。ありがとう」
そう言いながら、自分が持ってきた花も一緒にそなえる。
「あの、志朗さんは、戦争で亡くなったと聞いていますが」
「そうだよ。私が生まれたばかりの時にね。乗っていた軍艦が、アメリカの潜水艦に沈められちゃったらしい。もしかしたら、あんたのひいお爺さんは、その生き残りかもしれんね。その時の話をなにか聞いてるかい?」
「あ、いえ。俺がうまれた時には、もうひい爺さんは亡くなっていたので……」
「そうかい……」
もしかしたらお婆さんは、自分の父親のことを知りたかったかもしれない。そう思うと、嘘をついているのが申し訳なくなった。
「だけどこうやって、墓まいりをしてくれるってのはありがたいことだね。本当にありがとう。きっとお父さんも喜んでいると思うよ」
―― お婆さんのお父さんは俺の横に立っていて、お婆さんのことを見ているんですよって言っても、信じてもらえないよなあ、きっと ――
お婆さんのことを見つめている相波大尉を見ながら、そんなことを考えた。
「お婆さんが生まれたばかりの時ってことは、お婆さんは志朗さんのことは、まったく記憶にないんですよね?」
「ん? ああ、そうだよ。だけどお母さんやお爺さんお婆さんが、色々と話を聞かせてくれた。私が産まれるのを、とても楽しみにしていたそうだよ」
「へえ……」
「お兄さん、そのかっこうからすると、海上自衛隊の人だろ?」
「あ、はい」
「私のお父さんは海軍の軍人だったから、制服の写真もたくさんあってね。そりゃあ男前だったよ。私のお母さんは戦争が終ってから、さんざん再婚を周りにすすめられたらしいんだけどね。最後まで首を
そう言うと、お婆さんは楽しそうに笑う。大尉はお婆さんの言葉に、少しだけ照れくさそうな笑みを浮かべていた。
+++++
『お前の婆さんは元気だったか』
『婆さんとは失礼ですね。私の可愛い一人娘ですよ』
『だが実際は、もう婆さんなんだろうが』
『まあそれはそうですが、いくつになっても、娘は娘なんですよ』
『人間の考えることはよくわからんな』
猫大佐は大きくあくびをすると、のびをベッドから飛びおりてのびをする。
『さて、お前が戻ったことだし今日のパトロールを始めるぞ。明日は大勢の人間どもがおしかけてくる。今のうちに余計にものは掃除しておくに限るからな』
『了解しました、大佐。では波多野さん、今日はありがとうございました』
「どういたしまして」
―― 戻ったとたんにパトロールに駆り出されるとか、これってやっぱり
幽霊だから疲れることはないんだろうが、ほんの少しだけ、相波大尉が気の毒に思えた瞬間だった。
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