第88話 剣の修行は長く厳しいのです2

コジローはマルスを連れてアルテミルの武器屋に行った。コジローも自分用の練習用の木刀や剣を買っている店である。色々と相談に乗ってくれる、腕も人も良いオヤジが気に入っている店だった。盗賊を倒した時に改修した武器などを買い取ったりもしてもらっている。そのオヤジに、マルスの体格に合った剣の長さなどのアドバイスをもらいたかったのだ。


この店でコジローは短剣も買っている。実は、コジローが常時腰に差している短剣は次元剣ではない。普通の(安物の)短剣である。次元剣はマジッククローゼットに収納してあり、必要な時に取り出すようにしていた。


貴族―――時には商人―――と会う時に、武装解除が求められる時があるため、次元剣を取り上げられてしまう事がないように、ダミーとして普通の短剣を持ち歩いているのだ。


コジローは他に長剣や槍なども買っている。これは、次元剣ではない普通の武器も使えるよう練習するためである。とはいえ、今までの所、コジローが実戦で使う機会はないのだが。




マルスについては、子供のうちは短い剣を使い成長するに従って長い剣に変えていくべきなのか、それとも最初から大人になったときと同じ長さの剣を使うべきなのか?コジローには分からなかったので尋ねてみたが、店のオヤジもそこまでは分からないと言う事だった。


オヤジが言うには、金持ちの貴族でもない限り、そうそう剣を買い換えるという事はないとのことだった。店にも短剣から長剣まで色々な長さの剣があるが、子供用の剣というのは置いていない。結局、剣というのは一度買ったら普通は何年かは手入れしながら使い続けるものなのだ。


結局、コジロー自身がそうしているように、短い剣と長い剣、両方使って練習したほうが良いと結論した。


ただ、持ち歩くのであれば、体にあった剣を選ぶ必要がある。長過ぎれば腰に差して歩こうにも引きずってしまう事になる。


背中に背負う形で長剣や斧を持ち歩く者もいるが、いざという時に背中から抜刀するというのは、長い剣であるほど現実にはできないのである。


長剣や斧を背負っている者は、一度、背中から下ろして構えなおす必要がある。咄嗟に抜刀する必要があるときには役に立たない。


日本で有名な佐々木小次郎が「物干し竿」と言われる長剣を背中に背負っていたという話は「小次郎が行く」を読んでいたコジローももちろん知っている。だが、その佐々木小次郎は、「抜刀して即斬る」というような技術は一切使わなかったと言われていると書いてあった。


宮本武蔵と戦ったと言われる巌流島のでの戦いで、佐々木小次郎が鞘を地面に捨てたことを武蔵が「勝負を捨てた」と指摘したと言われるが、背中に背負っていた剣を下ろして抜いたのだから、鞘は地面に捨てるしかなかったはずであろう。別に鞘に収める時にはまた拾えば良い話なので、それで勝負を捨てたということにはらないだろうが・・・戦いながら逃走するようなシチュエーションでは、鞘を取りに戻るということはできないだろう。武蔵はそのようなシチュエーションの経験が多かったのでそう思ったのかも知れないが。


結局、練習用に大中小の木剣と、腰に帯刀するための鋼鉄製の中剣をマルスに買ってやった。中剣は飾り気の一切ないシンプルな剣だが、その分頑丈で長持ちする良い剣をオヤジに選んでもらった。


買ってやったとは言ったが、代金はコジローが建て替えただけで、分割払いでコジローに返すという話にした。タダでやると言っても遠慮するだろうとの配慮である。




コジローは、実は店のオヤジに前から相談していた事があった。それは、相手を殺さない剣が欲しい、ということ。


何でも斬れる次元剣は、相手を必ず斬ってしまう。つまり、魔物と戦う時は良いが、人間と戦う時、次元剣を使えば必ず殺すか傷つける事になってしまうのである。


この世界では、多少の怪我ならポーションや治癒魔法で治ってしまうからなのかも知れないが、簡単に人に絡んだり挑戦したりしてくる者が多い。そういう時、次元剣は切れ味が良すぎて、なかなか人間相手に使う気になれないので、困ってしまうことが多いのだ。


コジローの最近の戦い方は、加速が四十倍速に到達していたこともあり、高速移動で相手の背後に回り後頭部を殴って気絶させる、というパターンが多くなっていた。魔獣相手の時など、全て殺してしまえば良い場合は次元剣を使えばよいのだが、人間相手の場合は何で殴るか、という問題がでてきてしまうのである。


たとえ相手が盗賊であっても、人間は、できたら生かして捕える事が推奨されている。捕らえられた犯罪者は犯罪奴隷という労働力として活用できるからである。人間が簡単に死んでいく世界で、人間の労働力は貴重なのである。犯罪者を捕らえて生かして引き渡せば、最終的に奴隷として買い取った代金も貰えるのである。裁判で有罪確定後になってからとなるので、代金をもらうのは後日になるが。


次元剣はコジローの手に渡ってからは常に片刃で使っているため、殺したくないなら「峰打ち」を使う事ができる。だが、それでも相手にかなりのダメージを与えることは確実である。コジローが加速魔法を使った状態で相手を打てば骨折は免れないであろう。


あえて相手に痛い目を見せたい時には腕や足、肋骨などを狙って峰打ちを放ったりもしてきたが、なるべく傷つけずに気絶させたいと言う時にはやはり使えない。


気絶させるなら後頭部を打つのが手っ取り早いのであるが、当然、頭蓋骨骨折の可能性があるし、骨折を免れても脳へのなんらかのダメージが残る可能性もある。


そこで、コジローは、もっと気軽に使える、相手を傷つけずに気絶させるような武器がないか、武器屋のオヤジに相談していたのである。


「そんなものはない」


というのが武器屋のオヤジの答えであったのだが。。。


次元剣の峰打ちではダメな理由はもうひとつ、重量が軽い事である。ほとんど重さを感じない(短刀分の重さしかない)次元剣は、武器の重さ自体を攻撃力として利用する事ができないのである。


斬ってしまうなら問題がないが、峰打ちで使うとなると、当たった時にしっかりと握り込んで自分の体重を剣に伝えるようにする必要がある。コジローも立ち木打ちなどで鍛錬は続けているので、それなりに握りもしっかりしており適切に力を伝えられるようにはなっているが、相手が多いとやはり疲れてくるのである。


オヤジはちゃんと話は聞いてくれて、コジローが求めている事に近い武器は「棍棒」だろうとという話になった。


棍棒と言っても、鬼が持っている金棒(カナボウ)のようなモノではなく、剣の刀身部分が鉄パイプになっているものを試作してもらった。太いもの、細いもの、短いもの、長いもの・・・最近のコジローは金に余裕があるので、マジッククローゼットにいろいろ試作してもらった武器などが溜まっているのであった。


高速移動しながらすれ違いざまに相手を打倒していくにはこれでも十分ではある。次元剣での峰打ちよりはかなり小次郎の負担は減るが、それでも鉄の棒で打たれたの方のダメージは相当なものだろう。


そこでコジローが思い出したのが、地球にあった「ブラックジャック」とよばれている武器であった。重量のある芯材を綿などのクッション材を入れた皮袋で包んだ短い棍棒のような武器でである。これで頭を殴ると、外傷を残さずに相手を気絶させる事ができるそうで、用心棒などが使うと聞いたような記憶がある。


要するに、重量のあるものを柔らかい素材で包んで衝撃だけ浸透的に与えるようにする。厚いグローブを嵌めたヘビー級ボクサーのパンチを簡単に再現するような武器である。



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