第五章 コジローの恋
第87 剣の修行は長く厳しいのです1
自分は剣聖ではないと言ってマルスの弟子入りを拒否し続けているコジローであったが、マドネリ村を乗っ取りに来た盗賊達を撃退した時から、マルスの目はさらに輝きしつこく志願してくるようになってしまった。
コジローは毎朝、村の中に建てたの自宅の裏庭で素振りをするのが日課であったが、ふと気がつくと、マルスが覗き見をしている・・・。
裏庭は高い木の塀で囲ってあるので外からは見えない。マルスは敷地の中に入り込み、建屋の影から覗き見しているのだった。
それは不法侵入だろうとコジローは思った・・・そもそもこの世界にそういう法律があるかどうかは知らないが。
結局、マルスの行動に呆れて、本当の事をもう少しちゃんと話してやる事にしたのであった。
自分は何の剣の技術もなく、ゼフトに貰った次元剣のお陰で活躍できていること。それから、時空魔法の才能があるので「加速」と「転移」が使える事。その魔法の力と剣の力で活躍できているだけなのだと。
相手より何十倍も早く動けるのであれば、たとえ剣を振るう技術がド素人でも大抵の相手には勝てるに決まっている。
もしマルスに時空魔法の才能があって、加速が使えるようになれば、同じことができるだろう。その才能があれば、次元剣はなくても普通の剣で十分活躍できるだろう。
だがそれはあくまで魔法の力なのであって、教えてどうにかなるものではない。(数十年・数百年単位で努力すれば、あらゆる魔法は身につけることができるとゼフトは言っていたが、普通の人間の寿命はそれほど長くはないのである。)
残念ながら、どうやらマルスには魔法の才能はないようだった。そもそも時空系の魔法の才能がある人間は珍しいのだが。何らなかの魔法の才能があれば、それを生かす方法を考える事もできるが、マルスに唯一あったのは、治癒系の魔法の才能であった。それも大したことはないという。
努力してどうにかなる事ではない事を理解して、すっかり意気消沈してしまったマルスだったが、すぐに気をとりなおし、違う方法で強くなる方法を探しますと言った。
その意志の強さが気になり、コジローは、どうしてそんなに強くなりたいのか尋ねてみたが、仇を討ち、家族を助け出すとしか言わなかった。
何か事情があるようだったが、それ以上は本人が語ろうとしないので仕方がない。
そこまで聞いてしまうとちょっと気の毒にもなってくるので、現状で自分が知っていることは教えてやる、強くなる他の方法を模索することも協力するとコジローは約束し、魔力を増やす基礎的な呼吸法と体操、それから魔力操作の練習を教えた。
コジロー自身が、もし何の才能がなかったとしても、何とかこの世界で生き延びるための力を模索してきた、そういうつもりで生きていたので、マルスに親近感があるのだった。
確かにコジローにはゼフトに与えられた時空魔法の才能があるのではあるが、それ以外は極めて凡庸。時空魔法にすべての才能を注ぎ込んでしまった結果、この世界で生きていくための基礎的な能力がないという状態であったのだから・・・。
地球では平々凡々な、良くも悪くもない普通の人間だったコジローだが、この世界の人間を比べると、基礎的な能力がかなり劣っているようにコジローには思えた。もしかしたら平和ボケした日本の状況だからこそであって、戦国時代の人間であれば、この世界の人間のように能力が高かったのかも知れないが・・・
コジローは、背後から襲われても、気配を察知してそれを避ける等という芸当ができなかった。だが、この世界の人間を見ていると、その程度は皆当たり前にできているように見えるのだ。もしかしたら、できない人間は死んで居なくなっているだけなのかも知れないが、それを言うならば、コジローも背後からドジルの毒矢を受けた時に死んでいたはずであった。
ゼフトが防御についても強力なアイテムをくれたので生き延びているが、それらがなくなったら・・・丸裸の状態になったらコジローはこの世界では最弱の部類である自覚があった。
危機感を持ったコジローは、日夜、自分で努力するようになった。ゼフトにも相談し、色々と修行法も教わって続けてきたのだ。
気配を察する。そう言葉で言うのは簡単だが、何を感じ取っているのかは、実に複雑である。視覚、聴覚、触覚・・・温度や皮膚にあたる空気の感触・・・言ってみれば、あらゆる外界の情報から、僅かな違和感を見逃さない観察力、とも言える。また、五感に頼らない第六感も確実にあるようである。
ただ、一つ言えるのは、この世界には地球と違って「魔力」というものがある。(もしかしたら地球にもあったのかもしれないがコジローは知らない。)それを感じ取る事は、自身の魔法の制御力を増すことでも重要なのである。その魔力を感じる訓練をすれば、強い魔力を持ったものが近くにいれば感じ取れたりするようになるのは確かである。コジローはそのような訓練も続けてきていた。
そういうことで、コジローなりに、マルスに教えられる事は教えてやる事にしたのであった。
また、この世界の人間は、魔法の才能は生まれ持って決まっており、一生変わらないと思い込んでいる人が多いが、実はそれは違う。ゼフトがそう言っていた。才能がない種類の魔法も、努力を続けていればいずれ全て使えるようになるのである。ただし、その努力が身を結ぶためには数百年単位の時間が必要であり、百年程度しか生きられない人間には無駄な努力となってしまうと言う事なのだが。
結局、長く生きられない人間は、現在才能があるジャンルの魔法を磨いていったほうが効率が良いということになってしまう。マルスには治癒系の魔法の才能が少しとは言えあるのだから、それを伸ばしていく事を進めた。
また、魔力を増やすために、毎日魔力を使い切る事も教えた。筋力や肺活量と一緒で、魔力もまた、使えば使うほど、僅かずつであれば増えていくのである。
それから、剣の稽古。この世界で生きていく以上は、才能があろうとなかろうと、ある程度剣術は使える必要がある。そのための基礎的な訓練は必要だろう。マルスにも、とりあえず素振りと立ち木打ちを毎日やるようにと教えた。
立ち木打は、寝かせた状態または立たせた状態に丸太を固定し、それを木刀で打ち続ける訓練の事である。日本の九州に伝わる示現流という流派の練習で有名であるのを、コジローも「小次郎が行く」を読んで知っていたのだ。
堅い木を直接打つのであるから、当然、手には強い衝撃を受けるが、それに慣れて、より強い剣撃が打てるようになっていく事は、剣で本気で殺し合う事が多いこの世界ではかなり有効なのである。
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