第74話 剣聖、バトルマニアに迷惑する2
その日、声を掛けてきたのは、数日前から何度も試合を申し込んできた男であった。
最初は人違いだ、自分はコジローなどと言う者ではないと惚けていたのだが、顔を知っている冒険者に金を渡して案内してもらってきたため、惚けきれなくなった。
コジローは、わざわざ案内してきた冒険者には、後でキツク釘を刺して置くつもりであったが・・・冒険者以外にも顔見知りも増えてきている状況である。街全体でコジローを匿ってくれるレベルでない以上、焼け石に水であった。
当初、声を掛けられた時、コジローはどうしたのかというと・・・
走って逃げたのであった。
日本での愛読マンガだった「小次郎が行く」にも、『戦う気がないのであれば、走って逃げるのが最大の護身術である』と書いてあった。
コジローは決して足が速いわけではなかったが、コジローには加速の魔法がある。追いつける者はそうは居ない。
現在のコジローの加速の魔法は二十倍速。小次郎の全力疾走でも、100メートルを1秒以下で走れるのである。もちろん、全速力では短時間しか走り続けられないが、物陰に入って転移で逃げてしまえばよいのである。
何度かこの方法を使ってコジローは逃げ果せていた。
『コジローは勝負を挑まれても逃げる臆病者である。剣聖という噂は嘘である。』
そんな噂が流れても構わない。いや、そうなってくれれば良いなとコジローは思っていたのだが、あからさまに逃げまくると、それはそれで「臆病」という噂にはならないようで。「実力がない者は相手にされない」「追いつけない程度の者では相手にしてもらえない」などという噂とともにレア度が上がってしまう始末であった。
今回その男は、コジローの逃走を阻止するために、仲間を集めて取り囲んできたのである。
そんな囲いは突破して逃げる事も可能に思えたが、コジローもいい加減腹が立ってきていた。
市場で食材を物色してる時を待ち伏せされるので、買い物もできない。もちろん、コジローには転移魔法があるのだから、他の街の市場に行って買い物をすれば問題ないのだが、だんだん、
「なんで自分は何も悪くないのに、自分が別の街に追いやられなければいけないのか?」
と腹が立ってきたのである。
このまま、相手が諦めてくれるまで逃げ回るのも限界があるだろうし、こちらが理不尽に不自由を強いられるのも何かおかしい。
仕方なく、コジローは挑戦を受けることにした。
一応、ギルドの練習場で木剣を使っての模擬戦も提案してみたが、男はそれでは納得しなかった。ギルドで模擬戦となると、殺したり大怪我を負わせるのは禁止というルールになるが、それでは真の実力が発揮できないというのだ。
つまり、それは真剣で殺し合いがしたいと言うことになってしまうのだが・・・
断っても逃げても諦めず、しつこく迫ってくる。挙げ句には、こちらの意志を無視して襲いかかってくる。これはもう、犯罪と変わらないだろう。
むやみに暴力を働く戦闘狂が居れば、地球であれば、警察などのしかるべき機関に排除してもらう事になるだろうが、この世界ではそうもいかない。
この世界にも警備隊や騎士団というものはある。
騎士団は街の領主などに雇われている者達であるので、治安出動も場合によっては行われるが、基本的には雇っている領主や貴族の指示によって動く私兵である。
警備隊も領主に雇われているが、こちらは街の治安を維持する仕事が専門の、地球で言う警察と同じような組織ではあるのだが、そこは地球の警察組織と同じ、事件が起こって呼ばれれば駆け付けてはくれるが、一介のの市民を常時護衛などしてくれるわけもない。
ましては、コジローは一応冒険者登録している身である。冒険者同士のトラブルは冒険者ギルドで解決するのが基本である。そもそも腕の立つ冒険者なら警備兵に守ってもらうまでもなく、自分でなんとかできないのか?という話になってしまうのである。
このままでは拉致があかないと思い、コジローは、男の挑戦を受けることにしたが、街の中で暴れたら迷惑になるから場所を移動する事、その場所はコジローが指定する事、そして二人だけで戦う事を条件にした。
罠でもあるのではと警戒されるかと思ったが、意外にも相手がその条件を飲んだので、人目につかない森の奥へ移動してきたのだ。
コジロー:「戦う前にいくつか訊いておきたい。まず、名前は?」
テムジン:「最初に遭った時に名乗ったと思うが、まぁいいだろう。改めて、俺はテムジンだ。」
コジロー:「これは決闘か?」
テムジン:「・・・試合、だな。どちらが強いか、俺は強い奴と戦ってみたいのだ。」
コジロー:「試合ってなんだ?」
テムジン:「・・・?」
コジロー:「つまり、どちらが強いかはっきりさせたいから試合をするって事だよな?実力が分かれば、真剣で殺し合う必要はなくないか?」
テムジン:「模擬戦では、真の実力は分からん。」
コジロー:「真剣を使って殺し合いをしたら、最悪、どちらかが死ぬことになるぞ?」
テムジン:「仕方がない。弱かったら負けて死ぬ。それだけだ。」
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