第38話 脱走
チリッソは男爵家の長男であり、貴族である事を妙に鼻にかけていたが、内面はチンピラとあまり変わらない男だった。
そもそも、男爵というのは原則として世襲できない一代限りの爵位である。父親が亡くなればチリッソは平民に戻ってしまうのであるが。チリッソ自身もそれは理解しており、なんとか貴族の地位を維持できるようにと、レメキ子爵に取り入ろうと立ち回っているのであった。
チリッソは、屋敷に連れてきたコジローを代官の元には連れて行かず、牢に入れておけと騎士に命じた。
「平民の冒険者風情が、領主様の令嬢と直接遭うなどありえん。レメキ様もわざわざ 丁重に と言っていたのは、いつも通りやれという意味だろう。」
とチリッソは妙な勘違いをしていた。
コジローが屋敷の騎士に案内───というより連行───されて来たのは、どうみても地下牢である。警備兵が呼びに来たときから、なんとなくそんな事になる雰囲気は感じていたが。
「なぜ?」
理由を尋ねたコジローであったが
「黙れ!」
と取り付く島もなく、牢に押し込まれてしまった。
◆脱走
牢に一人残されたコジローは、どうやら貴族が横暴でクズなのは本当のようだと理解した。
この街に来て以来、宿屋や肉屋、その他、街の人間たちからは、貴族の悪口しか聞こえてこなかったのである。
冒険者は税金を免除されているのであまり関係なかったが、この街は数年前から異常に税率が上がり、生活してくいくのがやっとという状況になっているらしかった。
領主に対してクーデターが計画されている、などという噂まで耳にした。
さて、どうするか。
とりあえずマロが心配なので、宿に戻ることにしよう。
ほとんど抵抗もせず、すんなり牢に入ったのは、いつでも出られるからである。転移魔法を使える魔法使いを牢に閉じ込めておくなどできるわけがない。
そもそも、理不尽に牢に入れられて、黙って従う義理など無い。コジローはこの街に来て間もない。街に愛着も未練もないし、生活の基盤があるわけでもないのだ。気に入らなければ出ていけばよいのである。
牢の床に魔法陣が浮かび、コジローは姿を消した。
宿に戻ったジローは、宿を引き払い、マロを連れて出た。ギルドを訪れギルドマスターに面会を求めたのである。
ギルドマスターは忙しいからアポ無しで来られても会えるかどうか分からない、と受付嬢のエイラは半分冗談のつもりで答えたのだが、コジローは、
「ならば会わずとも良い、このまま自分は街を出るので、そう伝えておいてくれ。」
と真顔で言った。
ただ事ではないと悟ったエイラは慌ててコジローを引き止め、奥へと走っていった。
すぐに奥の執務室に通されたコジロー。
ギルドマスターであるリエに、自分が領主に理由もなく逮捕された顛末を説明した。
冒険者ギルドは、国や領主とは独立した組織であり、ある程度自治が認められている。またコジローは、リエは悪い人間ではないと思ったので、事情説明と抗議(それに別れの挨拶)くらいはしておいてもよいだろうと思ったのである。
「それで、転移で逃げ出してきてしまったというわけね?」
頭を抱えるリエ。
コジロー:「そうだ。脱獄犯のお尋ね者という事になるだろうか?ならば、このまま出奔して他の国にでも行こうか・・・。特にこの国に留まる理由もないしな・・・」
リエ:「ちょっとまって!!」
冒険者はどの街でも貴重な戦力なのである。街から実力のある冒険者が出ていくのはできるだけ避けたい。
リエ:「ちょっと信じられないわ・・・領主の事はよく知っているけど、あの人がそんな理不尽な事をするとは思えない。」
ジロー:「そうか?街の住民も重税と領主の横暴に苦しんでいて、逃げ出すものも多いと聞いたが?」
それはリエももちろん知っている。
それどころか、水面下ではクーデターの計画まで進んでおり、街の人に同情した冒険者からも協力者が出ているのを、リエは必死で抑えている状況だった。
おそらくは、代官のレメキが好き勝手しているのだろう事はリエも気付いており、友人である領主に状況を説明する手紙をリエは送っていた。
「お願い、街を出るのは少し待って。私が領主に掛け合って、悪いようには絶対しないから。」
コジローを残してリエは厳しい表情でギルドを飛び出してしまった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます