第111話 ミトの理由
ミトは部屋に運び込まれ、シーラが必死で治癒魔法を掛けるが、毒の作用が強すぎるようで効果が薄い。治癒魔法を阻害する作用が含まれている毒のようだ。
治癒魔法を掛けると、治らないまでも状態を現状に留める事はできた。しかし、それはつまり、毒に侵され苦しんでいる状態を長期間維持し続けるという事でしかない。
このままずっと苦しめ続けるならいっそ死なせてあげるのが情けでは?という考えも出てくる。
シーラも、いつまでも治癒魔法を掛け続られる魔力もない。マルスも治癒魔法を使えるが、シーラには及ばないし魔力も少ない。
だが、シーラはミトを見殺しにすることを絶対に良しとしなかった。なんとか助ける方法はないかと必死で考えている。
解毒剤のない猛毒……だが、ゼフトなら治療できるはずであることをコジローは思い出した。
かつてコジローも、解毒剤のない毒の塗られた矢で射られた時、ゼフトに助けてもらった。おそらくゼフトなら、毒物に仕込まれた治癒魔法を阻害する術式を解読、解除する事も可能であろう。
それ以前に、以前コジローを助けた時のように、その毒そのものを体外に排出させてしまえば問題ないはずである。
問題は、ゼフトにとっては見ず知らずの人間であるミトを助けるため力を貸してくれるかどうか……
そもそもゼフトはとうの昔に人間を辞めたアンデッドである。人間の価値観とは大幅に違うのである。自分の研究成果であるコジローや、ゼフトの研究を手伝ってきた者などに対しては以外なほど親身に力を貸してくれるゼフトであるが……
だが、シーラの強っての願いを受けて、コジローはオーブのペンダントを使い師匠に頼んで見る事になった。
すぐにゼフトから念話(テレパシー)で返答があったが、ゼフトは今、実験中で手が離せないと言う。
ゼフトもコジローやモニカ、マドリーやネリーなど自分と関わりが深い相手であれば、重要な実験を中断してでも駆けつけたかもしれないが、ミトを助ける動機は薄い。
だが、基本的にゼフトが優しいのを知っているコジローはそこをなんとかと食い下がる。そんなコジローに、ゼフトはコジローが自分で治療すればよいと言ったのだった。
ゼフトが言うには、コジローの現在の時空魔法のレベルなら、そろそろ治癒魔法も使えるはずだと言う。
時空魔法の中にある治癒魔法は、時空魔法の中でも相当にレベルの高い魔法であるが、加速が60倍速に到達しているコジローなら、そろそろできるのではないかと言う。試してみてどうしてもうまく行かなかったらもう一度呼べと言ってゼフトの念話は切れた。
コジローは、時空魔法による治癒魔法の使用方法を、自分の中の脳内魔法辞典から引き出してみる。確かにそのような魔法がある。
時空魔法による治癒魔法、それは、普通の聖属性(光属性)の治癒魔法とは全く異なるものである。それは、体の状態を、怪我や病気をする前まで戻してしまう、時を遡らせる魔法なのである。
怪我をする前の状態に時間を巻き戻してしまうのだから、これで治療できない怪我や病気はない。例え体を欠損していても、当然時間を巻き戻せば元に戻る。時空魔法による治療魔法は非常に強力なのである。
ただ、治せないケースもある。例えば、生まれつきの病気や障害。健康な状態が、ある時を境に害されたというケースであれば、被害を受ける前に遡らせてしまえば治るが、生まれつきの病気や障害など、最初から健康でないケースでは、時を巻き戻しても元に戻しようがないのである。
だが、今回のように後天的な毒物を摂取したという場合は、当然治療可能である。毒物を摂取する前の状態まで時間を巻き戻してしまえばよいのである。
問題は、コジローに使えるのか?だが……
初めての事であるが、なにはともあれ、ぶつけ本番でミトに魔法をかけてみるコジロー。
多大な魔力を消費したが……
……どうやら、成功したようである。ミトの体が薄っすらと光り、徐々に状態が戻っていく。
やがて、ミトが目は覚ましたのであった。。。
念の為、手足は拘束しておいたが、ミトもシーラ暗殺は諦めたようでこれ以上暴れる気はないようであった。
落ち着いたところで、ミトは、シーラを殺そうとした訳を話し始めた。
――――――――――――――――
ミトは、実は、バネダス共和国内にある孤児院の出身であった。両親は盗賊に襲われ死んだが、ミトと幼い妹は両親が必死に隠したため無事であった。生き延びた二人は放浪の後、孤児院に保護された。
そこは王族が支援していた孤児院であったが、実は、孤児の中から才能のある者が居た場合は、訓練を施し、国の諜報機関のメンバーとして就職させていた。
もちろん、無理やりというわけではなく、本人が希望すればであるが、孤児院に感謝していたミトは、自ら望んで訓練を受け、国の諜報機関で働くようになったのであった。
ミトは、気配を消す能力に長けていたため重宝された。その能力故、やがて、暗殺のような裏仕事も請負うようになっていったのである。
国を守るため、妹を守るためと割り切って、王族の政敵や国をひっくり返そうとする組織の重要人物を抹殺してきた。
だが、クーデターが起きた。
王族は全て抹殺されたが、王直属の諜報部隊、特に暗殺者としてのミトの力を惜しいと思った革命政府のリーダー・バッタは、ミトをそのまま新政府の諜報機関で働かせようとしたのである。
もちろんミトは断ったが、バッタは孤児院の子供たちを人質に取ったのであった。
孤児院には、ミトの血の繋がった妹も居た。またそれ以外の子供たちも、ミトにとっては大事な弟・妹達なのである。
ミトが駆け付けた時には、孤児院の子供たちは既にどこかに連れ去られていた。子供たちを人質にとられ、ミトはバッタに従わざるを得なくなったのである。
そして、シーラとマルスをなかなか捕らえられない事に苛立ったバッタによって、ミトに二人の暗殺の指令が下ったのであった。
ミトもさすがにそのような仕事は引き受けたくはなかったが、断れば妹達を殺す、失敗した場合も殺すと脅されて、従うしかなかったのだ。
結局、ミトが最後に選んだのは、自分が死ぬことであった。自分が先に死んでしまえば、弟妹達をバッタが殺す意味もなくなるだろうと考えた。
だから、ミトは自分を殺してくれという。暗殺に失敗し、自分も生きている事が革命政府にバレたら、弟妹達が殺される……
だが、一通り話を聞いたコジローが言った。
「弟・妹達を救出すればすべて解決だね?」
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