第110話 暗殺者ミト

「コジロ、来た。」


アルテミルの門の外、街道から少しはずれた木陰でマロを枕に昼寝していたコジローに、マロが馬車の到着を教えてくれた。


馬車は門の前で止まり、入門手続きに入る。


最後尾の馬車に近づくと、ミトの姿が見えたのでコジローは手を上げた。


「戻ってこないから心配したアル。商人さんからお礼もらったアルよ。」


「なんか、おかしな喋り方がパワーアップしているような……」


「馬車の中で練習したアル。」


「練習?」


「なんでもないアル。」


「お姉ちゃんバイバイ!」


馬車から子どもたちが手を振っていた。


手を振り返すミト。


コジロー:「子供が好きなんだな。」


ミト:「……弟妹達を思い出してしまうアル。。。」


コジロー:「弟妹がいるんだね?」


ミト:「なかなか会えないケド。」


コジロー:「国に残っているのかい?」


ミト:「その話はまぁいいアル。それより、今日はこの街に泊まるアルか?」


コジロー:「いや、村までもう少しだから、行ってしまおうか。」


コジローは街に入らず、そのままマドネリ村に向かうことにした。




村に到着し、門をくぐったら、マロはコジローと別れて狼牧場のほうへ向かう。最近あまり村に帰っていないので、奥さんと子供たちに会うためである。


コジローはミトを連れてマドリー&ネリーの家に行った。


ネリーがコジローを見つけて、おかえりと言ってくれる。


モニカは居ないようだ。


コジローの後から入ってきたミト。ちょうどそこに、客が帰ったテーブルから皿を引き上げるため、シーラとマルスが食堂に入ってくる。


「……シーラ様……」


シーラの顔を見て、呟くミト。


その言葉に反応して、ミトの方を見たシーラは……


「ミト!無事だったのね?!」


駆け寄ってきてミトを抱きしめたのだった。




ミトは、以前、シーラに仕えていた事があったのだそうだ。シーラに、というか、王家に使われていた、護衛やその他特殊任務を引き受ける精鋭部隊だったそうだが。


その中でも、ミトはシーラと関わる事が多く、二人は姉妹のように親しくしていたのだとか。


だが、クーデターが起きた時、王族直属の部隊だったミト達がどうなったのか、王宮を離れていたシーラとマルスには分からなかったので、心配していたらしい。


とりあえず、積もる話もあるだろうからと、シーラとマルスは気を聞かせた別の従業員が仕事を変わってくれ、従業員用・村人用の食堂で食事をしながら話をすることになった。


その従業員用の食堂の隅では、人間に化けたゼフトが食事をしていたのだが


(ゼフトはしょっちゅう、人間に化けてマドネリ村に来て食事をするようになっていた。コジローがネリーに教えた日本の料理が気に入った模様である。。。)


そのゼフトが、ふと顔を上げ、ミトの方を見た。


「あの娘……・」




その日の夜、ゼフトがコジローに、念話(テレパシー)でミトに注意せよと伝えてきたのであった。


とは言っても、あまりゼフトには関係がない事なので、どうなろうとゼフト自身は構わないという事であったが。


コジローは気にするだろうから、まぁ気をつけておけ、と。。。




その日は、従業員用の宿舎の空き部屋にミトは泊まってもらい、少し村でゆっくりしてもらうと言う話になったのだが、特に動きは何もなかった。


翌日も、ネリーが気を効かせて、ミトとゆっくり話ができるようシーラとマルスは休みにしてくれた。シーラは村を案内したりしながらミトとゆっくり話をしたのだが……


ゼフトの忠告通り、人気のない場所でシーラと二人きりになったとき、ミトはナイフを抜き、背を向けているシーラを刺そうとしたのである。


だが、ナイフがシーラの背中に刺さる寸前、ミトの腕は突如現れたコジローによって掴まれていた。




ゼフトの忠告は、ミトがシーラに対して殺意を持っている、と言うものであったのだ。


ゼフトにとってもコジローにとっても、隣国のお家騒動で誰が殺し合おうがあまり関係ないと言えば関係ないのであるが……やはり、マルスとシーラは知り合ってしまった以上、殺させるのも忍びない。


仕方なく、コジローは隠れて影から警戒していたのであった。


とは言え、コジローには殺気など読めないので、マロに協力してもらって、ミトが行動を起こす瞬間を教えてもらったのであったが。


ミト:「まったく接近に気が付かなかったわ……姫様を殺るのに、緊張していたかしらね。。。」


接近に気付かないのは当然であった。コジローは、ミトがナイフを振り上げた瞬間、転移を発動して直近に移動、同時に加速を発動してミトの腕を掴んだのである。


だが、腕利きの暗殺者であるミトは、一瞬の隙を突いてコジローの腕を振り払い、戦闘態勢に入った。


シーラ:「なぜ、こんなことを?!」


ミト:「……仕方がないんです……」


ミト:「問答無用!」


だが、ミトの前にコジローが立ちふさがる。


「姉上!」


トイレにでも行っていたのか、姿が見えなかったマルスが戻ってきて、状況に驚いて立ち尽くしていた。


ミト:「出てこなければ命を失うことはなかったのに……見られたからには、全員殺す……王子も、コジローも。」


マルス:「ミト!どうして?! 師匠、お願いです、命だけは助けてあげてください。きっと何か訳があるんです、お願いします!!」


ミト:「私の命乞い?! コジローの腕では私は止められはしないぞ?」


マルス:「師匠は剣聖ですよ、勝てません。ミトさん、どうか降伏して下さい。」


ミト:「剣聖?それは単なる噂で、実力はないと自分で言ってただろう?」


コジロー:「うーん、確かに、腕は大したことないけど……仕方がない、少し本気出します。」


コジローは、次元剣を出して構えていたのだが、殺すなというマルスの言葉で剣を引っ込め、別の武器に切り替えた。


殺さずに相手を制圧できる武器……


つい先日、ダンジョンの宝箱でみつけた、そう、「ピコピコハンマー」である。


ミト:「……馬鹿にしてるの???」


コジロー:「いや、そう見えるかも知れないが、これはダンジョンから出てきたマジックアイテムだから! これで頭を叩くと、怪我をさせずに気を失わせる事ができるんだ。」


ミト:「そう……でも、当たらなければ意味はないがな。」


その瞬間、ミトが攻撃の気配を見せたが


加速を発動したコジローは、同時に転移を併用しミトの背後に移動、ピコピコハンマーでミトの後頭部を打ったのだった。


コジローの加速は、60倍速まで到達していた。さすがにその速度領域では、どんな達人の動きであっても、もはやスローモーションで動く恰好の標的でしかない。コジローは加えて転移も使用している。いかにミトが腕の立つ刺客であったとしても、対応できる領域ではなかった。


ミト:「バカ……な……」


ミトは、まったく見えなかったコジローの動きに衝撃を受けながら、崩れ落ちていった。


頭など打たないように、倒れていくミトをコジローは支えてやろうと服を掴んだのだが……倒れた拍子に頭を打つのは回避できたのだが、掴んだ服が破れてしまい、胸が開けてしまった。とりあえず、ミトが落としたナイフを回収したコジローであったが、しかし目のやり場に困ることとなってしまった。


慌ててシーラが駆け寄り、ミトをコジローから奪い取る。危険だから下がっているようにとコジローが言ってもシーラは大丈夫と聞かず。マルスに女性の従業員を呼んで来てくれるよう頼んだ。


……だが、ピコピコハンマーによる衝撃を頭に受け、動きを止められたものの、ミトは意識を失っていなかった。


ミトの暗殺者としての「勘」が、コジローの攻撃を直前に察知し、僅かであったが、回避行動を開始していたのである。そのため、当たりが浅くなっていた事に、コジローは気付いていなかった。


コジローは亜空間収納からロープを取り出しミトを縛るように言ったが、大丈夫だと言ってシーラは聞いてくれない。


その時、ミトの手が動いた。ミトの指先には極小の注射器が仕込まれていた。刺された相手は致命的な毒を注入され死に至る。ミトの動きはシーラの影になってコジローには見えていなかった。


もしシーラを刺すことができれば、暗殺は成功である。しかし、針がシーラの体に刺される事はなかった。ミトが刺したのは、自分自身の体だったのだ。


シーラ:「ミト?!」


慌ててコジローが駆け寄り、手に仕込まれていた針を取り上げるが、既に毒は注入完了、手遅れであった。


ミト:「この毒には解毒剤も治療法もない……アル」


コジローに向かって微かに微笑みながら言うミト。


ミト:「シーラ様、ゴメンナサイ……こうするしかなかった……」


ミトはそういうと意識を失った。


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