第107話 ミトとコジロー
コジローは翌朝、ネビルの街を出てハーピーの討伐に出かけた。
マロとコジローの二人だけである。
それを、隠れて追っている女が居た。隣国の諜報員、ミトである。
ミトはバネダス共和国の諜報員の中ではナンバーワンの実力者である。
特に、気配を消す事に長けていた。高名な実力者が、気配を消したミトの接近に気づくことができず、何人も倒されたのである。
コジローの追跡も、街道を歩くコジローに見つからないよう気配を完全に消して、森の中に身を隠しながら行っていた。
にも関わらず、コジローにあっさり気付かれてしまったのである。
コジローはハーピーが出るという峠に向かって歩いていた。コジローは魔物の討伐の時には、ゼフトニもらったブレスレットの索敵機能を活用している。
周囲に居る者の生命力や魔力、敵意などを感知し、色のついた光でレーダーのように教えてくれるのである。
いつもの通り索敵機能をオンにして街道を歩いていたコジロー、周囲の森の中にいる魔物や動物の位置が表示されている。その中に、ずっと一定の距離を保ったまま付いてくる存在が居ることに気づいたのである。
ミトの気配を消す能力は完璧であった。魔力さえも漏らしていない。たとえ索敵の魔法が使える者が居たとしても、察知できないほどである。
だが、コジローの索敵はゼフトの術式である。この時代にある平凡な魔法とは違う、古代魔法をゼフトが独自にアレンジしたものなのである。気配をどれだけ消していても感知可能なのであった。
だんだん気になってきたコジローは、ミトが居る森の中に視線を送るが、しかし姿は見えない。
一瞬、自分の方をコジローが見たような気がしてミトは焦ったが、コジローの視線は自分をはっきりと捉えている風でもなかった。念の為、身を隠したミトであったが、その瞬間、コジローを見失ってしまった。
コジローが転移で移動したのである。
焦ってコジローを探すミトであったが・・・
「どうかしたか?」
森の中でコジローに後ろから声をかけられる事となったのである。
コジローも、違和感は感じていたものの、はっきりと自分が尾行(つけ)られているという確信はなく、また、自分が尾行られる見に覚えもまったくなかった。そのため、もしかして何か困った状況にでもなっているのではないかと心配して声を掛けたのであった。
だが、尾行がバレたミトは、焦って、
「あなたがハーピーを退治しにいくと聞いて、見学させてもらいたいな思て」
などと言ってしまったのである。
「じ、じつは・・・そう!私もハーピー達に峠で襲われてね、旅の途中で、ここじゃないけどねっ!アナタがハーピーを狩る聞イテ、でも私強くナイから、邪魔しないように隠れて見る思タネ」
さすがにそんな言い訳通用しないだろうとミトも思ったのだが・・・
「そうか。」
信じた?!
「外国から来たのか?」
すこし言葉がおかしかったのでコジローは尋ねてみた。
「そ、そうある。」
ミトは優秀な諜報員である、その気になればこの国の言葉も普通に話せるのだが、思わず変な言葉になってしまった。もうこうなったら隠しても仕方がない、外国人で押し通すしかない。
「よ、よく私のこと分かたね、隠れてたのに?」
「いや、マロが気がついて教えてくれたんだ。」
マロ?
ああ、犬の名前か。犬も街道からこちらに走ってきていた。
ってよく見たら犬じゃない、狼?魔狼?!
「マロはフェンリルなんだよ、凄いアルネ」
コジローは思わず変な喋り方が移ってしまい、ちょっと赤くなった。
「じゃぁ、もうそろそろ、ハーピーが居るらしいから、見ててもいいけど隠れてるヨロシ。見つかったら襲われるかもしれないアルからネ。」
コジローは強引に変な喋り方を押し通しながら、街道へ戻っていった。
いや、フェンリルって、ありえないでしょーと思ったが、自分の気配完全消去を察知するなど、普通の魔獣ではないのは確かだとミトは思った。
峠に近づき、ハーピー達の鳴き声が聞こえた。
空中を高く舞っているハーピーは、さすがに次元剣で戦うのは無理がある。
マロに乗って空を駆けるとか、亜空間作成で足場を作って空中へ近づく事もできなくはないが・・・
予定通り、弓で攻撃してみることにした。
亜空間収納(マジッククローゼット)から弓を取り出し矢を放ち始めるコジロー。
・・・やはり当たらない。
ただハーピーを煽って怒らせただけであった。
ハーピー達が怪鳥音を発する。魔狼やドラゴンの咆哮に似たもので、聞いた人間を一時的に混乱に陥れ行動不能にする効果があるが、ゼフトのマジックシールドはその種の攻撃にも耐性があるため効果がない。ハーピーより遥かにランクが上のモンスターであるマロにも通用しない。
逆にマロが咆哮を放ち返すが、さすがに距離が遠いため、数羽が墜落しただけであった。
墜落したハーピーは動けなくなっている。すかさず矢を射てそれを仕留めるコジロー。
いくら弓が下手くそなコジローでも、動きがとまっている獲物に対して外すはずがない。
・・・数本はずれたが、気にしないことにした。下手な弓も数打てば当たる。矢はマジッククローゼットに大量に収納してあるから問題ない。
やはり、コジローにはちょっとむずかしい相手であるようだ。今回は見ている者がいるので、あまり奥の手も明かさないほうがいいと判断したコジローは、あとはマロに任せることにした。
最近出番のなかったマロは張り切っている様子なのである。
マロは戦闘体形に変身、角からサンダーアローが十数本放たれ、あっという間に近くに居たハーピー達が撃ち落とされていった。
マロの攻撃を逃れたハーピーが数匹、逃げようとしている。
「マロ、逃がすな!」
マロは空中へ駆け上がっていく。フェンリルは空を蹴り空を駆る事ができるのである。さすが神獣。
コジローもハーピーを追って森の中へ走り込んだ。
森に入ってからさらに加速を発動、ミトはおそらく着いて来られないだろう。ある程度進んだところで、転移を発動し、さらに奥へと進んでいく。
山の方からさらにハーピーが数十羽、こちらに向かって飛んでくるのが見えた。その集団の奥には、少し大きく、羽の色の違うハーピーがいる。あれがハーピークイーンか?
その他のハーピーはマロに任せて、コジローは転移でクイーンの近くに転移、重力魔法を使って、高重力をクイーンに浴びせた。不意に数十倍の重力を受け、クイーンは抵抗できずに地面に落ちる。
瞬間、背後からコジローの転移斬がハーピーの首を刎ねた。
マロのハーピー殲滅も終了したので、仕留めたハーピーをマジッククローゼットに収納しながら街道に戻ったコジロー。
途中でコジロー達を追ってきたミトと出会う。
落下しているハーピーの死体を収納しているのを見て、ミトが驚いた顔をしていた。
途中、戦闘が森の奥になってしまってついていけないところはあったが、ミトはコジローの戦いを見て、なるほどと納得していた。
あの魔狼―フェンリルの攻撃力と機動力。これだけの討伐を一人で請け負える理由が分かった。あの魔狼が居れば、およそ恐いものなどないだろう。つまり、コジローはテイマーなのだろう。そして、どうやらコジローはマジックバッグを持っているようだ。大量に仕留めた獲物を持ち運ぶのにも人手が不要である。
おそらく、従魔を使って大量に魔物を仕留めている内に、剣聖という渾名を付けられてしまったのだろう。従魔は確かに脅威ではあるが、コジロー自身の戦闘力は大したことはなさそうだ。だいたい、剣聖というわりに、コジローは剣を持っていないではないか。腰に差しているのは異国風の短刀だけである。
(以前、普通の剣を買って、格好だけでも腰に差しておくようにしていたコジローであったが、森の中を動き回る時には、腰の剣が邪魔になるのでマジッククローゼットに収納していたのである。必要な時はいつでも剣を瞬時に取り出すことができるし、実際のところ、普通の剣を使う機会はほとんどない。剣の練習で木剣を使う事のほうがよほど多いのであるが、木剣を帯に挿しているのも子供みたいで格好が悪い。結局、ほとんど帯剣する事はなくなってしまったコジローであった。)
コジローはハーピーとの戦いで弓を使っていたが、弓の腕も大したことはなかった。つまり、コジローの正体は従魔だよりのテイマーであるとミトは結論づけたのであった。
従魔は・・・おそらく国の魔物を洗脳する技術を適用できれば、逆に強力な戦力とすることができる可能性もある。コジローが噂の剣聖だという可能性は濃厚だが、コジロー程度の実力ならいつでも殺す事はできるのでまったく問題ないだろう。いざとなったら、コジローは暗殺して従魔は生け捕りにして利用することも考えられる。
ミトはコジローの危険度を低と判断し、逆に利用できないかと考え始めたのであった。。。
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