第六章 ミト

第106話 ミト

コジローはあまり街の宿には泊まらなくなった。テントを買い込み、森の中で野営することが多くなったのだ。


家を持ってからは、転移で自宅に帰れるので外泊などほとんどする必要がなかったのだが、今は、マドネリ村に帰りたくなかった。


気持ちがやさぐれており、森で魔物を狩って鬱憤晴らしをしているような状況であり、街の宿屋に泊まる気もあまりしなかったのである。


ウィルモア領内の街で魔物の討伐依頼を受けまくっていたが、ネビルで危険な魔獣が出ているという噂を聞いたので、討伐に行くことにした。



――――――――――――――――



ネビルの冒険者ギルド。


そこに併設された酒場で食事をしている女が居た。


女の名はミト。バネダス共和国から派遣されている、いわゆる「裏の仕事」を担当する諜報部の者であった。


今回の任務はふたつ。ひとつは、バネダス共和国から脱出して姿を消した旧王族の姫と王子を探し出し暗殺すること。もうひとつ、剣聖と噂されている人物を探し出して正体を探り、危険であれば抹殺することであった。


ウィルモア領に何度か魔獣をけしかけて襲わせた実験が、ことごとく失敗した。その原因に、どうやら最近「剣聖」と噂されている者の活躍があるという事が分かり、バネダス共和国は、その剣聖が本当に存在し、危険な者であるなら事前に排除しておきたいと考えたのである。


剣聖と呼ばれるほどの者である。正面から戦えば、勝てないとは言えないが、多大な被害が出る可能性がある。だが、暗殺であれば・・・


歴史に名を残す達人も、最後は暗殺されて終わる例は多いのである。。。




だが、刺客の女は、王女も王子も、噂の剣聖も、足取りを掴めずに居た。


コジローは転移で移動してしまうのだから、足取りを追うのはそもそも困難である。そして、王女と王子=シーラとマルスも、コジローと出会い、転移で逃げおおせてしまったのであるから、足取りは途絶えてしまったのである。


ミトもそれで諦めて帰るわけにはいかない。


情報を求めて、冒険者として噂を探っていたのである。




ギルド併設の食堂で女が食事をしていると、一人の男が入ってきた。


中肉中背、平凡な顔立ち。特に強者のオーラもない。ランクD程度の冒険者であろう。チラと見てミトはすぐに目を離したが・・・


入ってきた男を知っているらしい冒険者が声を掛けているのが耳に入ってきた。


「お、剣聖様!ひさしぶりだな!」


剣聖?!


だが、改めて見ても、その男に強者のオーラは感じられない。女は任務でたくさんの強者と戦った経験がある。それらの強者には、皆共通のオーラがあった。だが、その男にはそこまでのオーラはやはり感じられないのであった。


「だから俺は剣聖じゃないって言ってるだろ!!誤解を招くから変な噂を立てるな!」


とその男が怒っている。


ああ、なるほど。そうだろう、実力が並程度の男が、剣聖と呼ばれて迷惑している、と言ったところか。


だが、なぜ誤解されるような噂を立てられたのか?もしかしたら噂の剣聖に似ているのかも知れない?


ミトはあらためて男をよく見てみると、白い犬を連れていた。


そういえば、剣聖は狼の従魔を連れているという情報があった。なるほど、それで剣聖と間違われて、誂われているのだろう。



――――――――――――――――



コジローは、ネビルの冒険者ギルドで、危険な魔獣の討伐依頼が出ていると聞き、それを受けに来たのである。


どうやら、北にある山にハーピーの群れが住みつき、峠道に出没して通行する馬車を襲っているらしい。


ハーピーというのは、上半身は人間の女のようであるが、両腕は翼になっているモンスターである。


空を飛ぶ魔物なので、遠距離攻撃の手段がないコジローとは相性が悪いが、最近練習している弓を試す良い機会でもある。正直、弓の腕はそれほど上達していなかったのだが、最悪、マロに頼めば問題ないだろうと、コジローは依頼を受けた。




それを見ていたミトは、少し興味を持った。討伐依頼はBランク以上のパーティで受けるような内容である。Dランク程度にしか見えない男がそれを一人で受けた。ギルドの受付嬢も、止めることもなくすんなり受理している。


まさか、やはり剣聖なのか?


いずれにしても、現状で他に何も情報がない状態である。ミトはコジローを探ってみる事にしたのであった。。。

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