第90話

【大原結衣】


 さてさて。お手並拝見ですね。

 田村くん&村間先生と別れた私たちは鈴木先生の後を付いていきます。


 先導する彼を注意深く観察したところ、なにやら海辺を散策しながら、思考に耽っているように見えます。


 訓練されていない学生たち__それも複数人を、どんな危険が潜んでいるか分からない森の中に入るような暴挙に出ないあたり、まずまずといったところでしょうか。


 今後、この島でどれだけ生活しなければならないかはわかりませんが、誰がこのグループのリーダーを務めるかで生活の質が大きく変わってくることは間違いないでしょう。


 本音を言えば成熟した男性__田村くんにお願いしたいところでしたが……周囲は彼の魅力が分からないバカばかりですね。


 クラスで浮いているという理由だけで田村くんを除け者にする__異物を容赦なく攻撃する排他性には吐き気がします。

 日本人特有の同調圧力ですね。


 見ていてイライラします。

 某女芸人風に言えば、結衣、イライラする、でしょうか。


 私はそんな内心などおくびにも出さず、このグループで生活していけるかどうかを慎重に見極めます。

 さあ、第一声は誰の、どんな言葉でしょうか。


「__よし」


 何かしらの方針が固まったのか。

 そう声を出したのは鈴木先生でした。


 教諭という立場ではありますが、腕力では決して敵わない男性です。


 しかも、こちらのグループには上村くんや中村を始め、性欲の塊である男子生徒が多くいます。


 人間は命の危険を感じた際、子孫を残そうとするのは有名な話ですし、襲われる可能性がないとは言い切れません。


 なによりここは島ですから、一度秩序が破壊されてしまえば無法地帯となります。


 これからぬるま湯のような生活から一変し、状況によっては命の危機に立たされる環境にもなるでしょうし、強姦の被害に遭わないよう一層気を引き締めないといけません。


 漂流者の中で私の処女バージンをあげられるのは田村くんだけ。


 他の有象無象__どこの馬の骨とも分からない無能になんて死んでも御免です。


 というわけで警戒心を三段階ほど上げながら、鈴木先生の次の言葉を待ちます。


「これから大切な話をしますので、耳を傾けてもらえますか」

 

 そう切り出した彼に注意が集まります。

 先生を簡潔に説明すると、彼は男女共に人気の__生徒の心を掴むのが上手い人間です。


 ときには友人のように、ときには男として、ときには教員という立場として。

 色んな顔を持ち合わせ、その時々に応じて最善の言動を取るような__立ち回りがとてもお上手です。


 ゆえに、漂流で精神的に疲弊してしまっている学は彼に惹かれていることでしょう。

 頼り甲斐のある男性__それも教員となれば、彼に依存してしまうのも当然です。


 上村くんや橘くんでさえ、頼れる大人が傍にいてくれることに安心しているように見えます。ふふっ、子どもですね。


「まだ断言はできませんが、おそらくここは無人島でしょう。ですが心配要りません。船が沈没したニュースはすぐに広まるでしょうし、探索隊が出動するのも時間の問題です。なので彼らが発見してくれるまでの辛抱です。それまでここで生活をします」


 当たり前のことを口にしただけですが、周囲では安堵の声が漏れます。

 橘くんが「さすが先生。頼りにしてるぜ」なんて口に出しながら不安を隠し切れていない町田さんに声をかけます。

 頼り甲斐のある男アピールでしょうか。

 

 うーん、このノリ、嫌いです。それに邪魔者が多すぎて。

 せっかく漂流という非日常が発生しているのに、これじゃ理沙ちゃんに復讐する機会がないじゃないですか。

 

 ここは鈴木先生の言う通りにして、向こうに戻ってから復讐するのが得策でしょうか。勿体無い気もしますけど。


「で? 俺たちは何すりゃいいんだよ先生」

 と上村くん。


 さてさて、ようやく本題ですね。

 果たして結衣ちゃんを満足させられる解答が得られるのでしょうか。


「シンプルに考えましょう。私たちは発見してもらうまで生き延びればいい。そのためには、水と食糧、そして睡眠できればいいのです。まず水ですが__これは不幸中の幸いとでも言えばいいでしょうか。もうすぐ雨が降ると思います」


 ……へえ。思わず内心で感心してしまいます。これは鈴木先生の評価を上方修正しないといけませんね。


 まさか天候を読めるとは__さすがに予想外でした。

 彼の言う通り、雲と風の流れからするに雨が通る可能性は大きい。


 島を物色しながらたまに空を見つめていましたが……まさか結衣ちゃんと同じように天気予想をしていたとは。


 よもやよもやです。お見事。結衣ちゃんが褒めて差し上げましょう。


 さらに鈴木先生は私の評価を上昇させる判断と指示を口にします。


「三手に別れましょう。黒石さん、香川さん、大原さんをAグループ、町田さん、西野さん、小山さんをBグループ、そして残りをCグループとします。Aグループは雨水を集められるベットボトルや容器、その他生活に使えそうな物を拾って来てもらえますか。Cグループは海辺を歩きながら雨風が凌げそうな洞窟や窪みを探してください。そして女子生徒のみなさんは未だ森の中に入らないように注意してください。これから私たちCグループが中の状況を確認してきます。もちろん食糧調達も兼ねてね。以上が私の方針ですが、よろしいですね?」

 

 うーん。いい班分けです。それにしても生徒たちのことを良く見てますねー。

 教室というのは言わば派閥__小さな社会の縮図です。


 十人十色の思考と性格、そういったものが小さな箱の中に集められるのですから当然です。


 その中でこの采配は私たちのことをよく観察していないのと出てきません。

 なにせAとBグループは犬猿です。上村くんや中村くんはクラス内ヒエラルキーでトップの男子生徒ですからね。

 

 男女の問題やケンカ、修羅場といった面倒なことにならないよう、森の探索という建前を出すことで男女別にさせたところも上手いです。


 鈴木先生の提案は論理的、かつ配慮が散りばめられています。

 他人を安心させるためにはどうすればいいかをよく知っています。


 反論__というより、口を挟む余地がありません。いやはや、天晴れ。


 体裁こそ提案という形ですが、これで先生がリーダーとなることに異を唱える者はいなくなりました。


 男子生徒の反応は安堵と女子生徒の安心を勝ち取った先生への負け惜しみが半々ぐらいでしょうか。


 上村くんあたりを観察すると、すでに嫉妬しているようなにも見えます。その内心は邪魔だな、という感じでしょうか。


 そんなわけで三手に別れ、各グループの使命を果たすべく、別行動を取ることになりましたが__。


 正直に告白すると何となく嫌な予感がしていました。

 その要因の一つに鈴木先生のまばたきの少なさが挙げられますが、上手く言語化できないあたり、女の勘と言う他ないのですが……。


 とはいえ、嫌な予感ほど的中するとは良く言ったもので。





















 __結論から言うと、調

 行方不明ということですが……はぁ。これはちょっと色々と考えなければいけないことが多そうですね。

 まずは事故が事件か、それを見極めなければ。

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