第91話
【橘真司】
うっ、かはっ……苦しい——!
だっ、誰か助け……くそっ、なんでだよ!
なんで……なんで俺がこんな目に——。
先生の指示で三グループに分かれたあと、食料を調達するため森の中を探索していた俺は用を足すとことを建前に、みんなから距離を取っていた。
無人島の漂着——女を落とすには絶好の
俺はこれまでずっと上村にコキ使われてきた。恋愛関係においては、いつだってかませ犬だ。運動神経抜群のあいつに腕力では敵わない俺の境遇はまさに冷や飯だろう。
だからこそ俺はこの漂流というチャンスに下剋上を起こすつもりだった。
この島に漂流した村間先生や黒石、香川、大原、町田、西野、小山——。全員上玉だ。
探索隊に発見されるまでとはいえ、心細くなるだろう。こんなときに頼りになる男こそが、女はコロッといきやすいはず。まさに不幸中の幸い。いや、むしろ神様に感謝してもいいぐらいだ。
キャンプが趣味の俺はそれなりにサバイバル生活の知識・知恵、経験がある。
筋肉だけの上村やその親友、中村たちよりも上に立てる環境だ。いつもいつもマウントを取ってイキっているあいつらにはちょうどいいお灸だろう。俺はここでパワーバランスを完全にひっくり返してやる。
仲の良い(工藤)瑛太と一緒ってのも実に都合が良い。言うなれば上村派閥からの離脱。ここに町田か、黒石のグループの一人でも落とせば、完全に俺のターンだ。
そんな俺の野望に蓋をする厄介な存在がいた。そう鈴木先生だ。こいつは教員という立場上、生徒を見放すことができないのはわかっちゃいるが、クッソ邪魔だ。
本来ならあいつが口にした指示は俺がするつもりだった。鈴木先生は筋骨隆々の男性教諭でシュッとした佇まい、気さくな言動から女子からの人気も高い男。
まさかサバイバル生活を強いられる環境でも一切取り乱すことなく、あまつさえ、冷静に指示まで出してくるとは……こればかりは不幸中の不幸と言わざるを得ねえ。
こんな美味しいところを全部持って行かれるわけにはいかなかった俺は独断行動で水場を発見しようと閃く。
まさか鈴木先生が天候まで読めるハイスペックっぷりとは恐れいったが、雨水に頼らざるを得ない状況よりもいつでも、水を飲むことができる心理的安心はデカいはず。それを発見したとなれば女子からの評価も上昇するに違いない。
そうと決まれば話が早い。俺は湧水のある洞窟、もしくは沢のような場所を遭難しないよう目印を付けながら探索していく。
この環境下で水分を失っていく危険性は重々知っていたが、俺は全身に汗をかきながら必死に探す。
先に見つかったのは沢だった。沢は辿れば海に繋がっている可能性もある一つの標だ。
やった、やったぞ——! これは間違いなく橘グループの礎になってくれるはずだ。
俺のことを都合の良い子分か何かと勘違いしているあいつらに目にものを見せてやる。
ざまぁみやがれ。これでむしゃくしゃしてあの
山の中からそれを見つけた俺は鼻息を荒くしながらも、踵を返したそのときだった。
「うぐっ——!」
一瞬何が起きたのか理解が追いつかなかった。だが、命の危機に陥ったことはすぐに理解できた。
息ができなかったからだ。苦しい——!
背後からの奇襲。どうやら俺は首を絞められ、拘束されていた。
なんだ、なんだ、なんだ、なんだ⁉︎
一体、なんなんだ!!!!!!!
「かっ、あっ……」
俺の首を絞めるチカラはさらに強くなる。
苦しい、苦しい、苦しい、苦しい——!
なんとか拘束を解こうと手足両足で抵抗するが、膝と尻でがっしりと押さえつけられているせいで思っているよりチカラが出ない。
突然の首絞めに視界がぼやけ始める。
そのとき、俺はこれまで以上に死が頭によぎり、火事場のバカチカラが働く——が、せいぜい首を絞められながら、犯罪者の顔を視界の端に移す程度で精一杯。
そして、視界の隅に写ったそいつは俺が全く予想していない人物だった。
なんで……なんでこいつが——!!
いや、そんなことはどうでもいい。死ぬ! 死んでしまう! 嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ!!!!
やっと、やっと俺が活躍できるときが来たんだ。楽しくなるのはこれからだってのに!
なのにこんなところでくたばるなんて……嫌だ嫌だあああああああああああああ! 誰でもいい! 誰か! 誰か助けてくれ! 死にたくない! どうしてこんな目に遭わなくちゃいけねえんだ!
なんで生徒の命を守るべきあいつが殺人なんか——。
俺の首を握るチカラがさらに増し、指が首の骨を軋ませていく。もうダメだと諦めかけたときだった。
頭を地面に押さえつけられるように首を絞められている俺の視線の先に一人の生徒が写る。やった! やった! 助かった! 頼む早く助けてくれ! 声が出せない俺の代わりに叫んで——えっ?
九死に一生を得たと確信していた俺はそいつが楽しそうな、狂気的な笑みを浮かべていることに絶望を隠せなかった。
本格的に死に向かっている俺は藁をも掴む気持ちで手を伸ばし「うーん! ううーん!」と喉を鳴らす。
気が付いていないのかもしれない。そんな淡い希望はそいつの次の一言で、完全に消え去ることになった。
「……
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