第69話

 地図が示す鍾乳洞にたどり着いた俺は中を覗き込む。

 やはり海水が満ち引きするだけあって足元は安定していない。

 しかも薄暗くて視界も悪い。


 深淵に足を少し踏み入れるだけで、蝙蝠こうもりが飛び回る。

 ……ふぅ。落ち着け、落ち着くんだ田村ハジメ。

 時間がないことは百も承知。


 けれどここで俺が足を挫けばミイラ取りがミイラになってしまう。

 はやる気持ちを抑えて、まずは松明を準備だ。

 一旦鍾乳洞から出て周囲を見渡す。


 さすがに火おこしの道具まで気が回らなかった俺は一番シンプルな摩擦式発火を試みる。

 木屑が黒色になったことを確認してから繊維に移して火口ほくちを作る。

 乾燥した木々を重ねて持ち、先端に火をつける。


 ……よし!


 視界を手に入れた俺は躊躇することなく鍾乳洞の中に足を踏み入れた。


 ⭐︎


 長い年月を経て形成されてきた鍾乳洞は見るからに脆そうな場所もちらほらと見受けられる。

 この細い穴を塞がれたら入り口に戻れないかもしれない。

 そんなところもいくつかあった。


 大原が相手だからこそ、その可能性が大いにあることはわかっている。

 だが俺が取れる選択肢は前に進む以外になかった。

 現に奥に進めば進むほど水かさが増している。


 すでに膝あたりにはひんやりとした感触。

 村間先生にあれだけ「冷静に」「焦るな」なんて注意をしたにも拘らず、当の本人である俺は呼吸が浅くなっていく。

 ドクドクと心臓が加速する。


 やがて開けた場所に出るとぐったりと頭を垂れている香川の姿が目に入る。

 それだけでも十分衝撃的な光景だ。

 だが、俺は目を見開かずにはいられなかった。なぜなら香川の両手が鎖で拘束されていたからだ。


 すぐさま香川の元に駆け寄る俺。

 おそらく息はしているだろうが、とにかく自分の目で無事なのを確認したかった。

「香川っ! おい香川っ! 大丈夫か、しっかりしろ!」


 彼女の頬をペチペチと叩く。

「……たっ、むら……?」

「良かった! 意識はあるようだな」


 香川の意識が戻ったことを横目に俺は鎖が繋がれている岩を確認する。

 できれば目を背けたいのだが、香川の両手には鎖が幾重にも巻き付けられている挙句、南京錠までかけられている。

 

 もちろん鎖の強度は頑丈だ。素手で引きちぎるには無理がある。いや、不可能か。そっちの線でいくなら道具が必要不可欠だろう。

 だが、俺はほとんど物を持っていない。香川をここから避難させるためには、鎖が繋がっている大元から釘を引き抜くしかないわけだが――。


「クソッ、固い! なんでこんなところに鎖なんか――」


「――おそらく監禁場所に使われていたんだと思います」


 岩から釘を引き抜こうとしているときに、背後から聞き覚えのある声がした。

 正直に言えば振り返ってその姿を確認するだけで憂鬱だ。

 けれど視認せずにはいられない。


 なにせ俺はもうわかっていた。

 この釘を岩から引く抜くには俺一人だけのチカラじゃ不十分だ。しかもどんどん水位が上がってくる。いずれ踏ん張ることさえできなくなるだろう。

 そして、鎖を破壊することも不可能。


 となると残る選択肢は何か。

 簡単だ。

 施錠された南京錠の鍵を貰い受けるしかない。むろん、それが誰かは言うまでもない。大原結衣だ。


 俺は深呼吸をし、ゆっくりと振り返る。

 どこかに潜んでいたのであろうそいつは暗闇の中からゆっくりと姿を現した。


「ふふっ。まさか司ちゃんを捨てて理沙ちゃんを助けに来るなんて……さすがの私も予想外でしたよ田村くん?」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る