第56話

「……はぁ」

 視線が合うや否やため息である。

 大原が黒幕であることを告げるどころか、まともに会話することさえ怪しい。


 だが気後れはしていられない。与えられた五分間を無駄にしてたまるか。

 今日がダメなら明日。明日がダメなら明後日。

 繋げられるように何か爪痕を残さないと。


「大原とは長い付き合いなのか?」

 手始めに世間話から振ってみる。

 大原の正体を香川に思い知らせる必要があるわけだが、二人の関係がわからないことには崩しようがない。


 だがそんな俺の想いなど知らない香川は、

「……」

 視線も合わせずにシカトを決め込む。


 早速心が折れそうだ。女子生徒に無視されることのトラウマが蘇ってくる。

 最近になって黒石と会話できるようになったが、考えてみれば年齢=彼女いない歴の俺に好感度が低い、というより無い女の子と仲良くなる術なんて知らないわけで。


 なんてウダウダ悩んでいる間にも時間は過ぎていく。

 ……まずい。気まずいのはもちろん、どうしても焦ってしまう。

 なっ、何を話せばいい。何から話せば彼女は俺の言葉に耳を傾けてくれるようになる?


 とっ、とにかく何でもいい。会話の糸口になるタネを見つけないと……!

「この島での生活は慣れてきたのか? もしなにか不都合があれば俺に「あのさ」」

 話し終える前に遮ってくる香川。その目は鋭く、そして冷たい。敵意のこもったそれだ。


 どうしてそんな目を向けられなければならないのか。そんな思考がよぎる。

 こっちはお前の命を救うために不慣れながらも話しかけているってのに。理不尽にもほどがあるだろ。もちろんこの不満や不安が大原の思う壺なんだろうよ。


「もしも結衣を騙したらあんたのこと一生許さないから」

「騙す……? どういうことだ?」

「一輝のことは結衣から聞いた。協力者がいたんだってね。そいつから身を守るために結衣と手を組んだんだっけ?」


「ああ……そうだ」

 ここは大原の作り話に乗っかる。違うと言ってもこの状況では信じてくれないだろう。

「全部あんたの思惑通りなんじゃないの?」


「はっ?」

「一輝と雅也が司のことを犯そうとしたってのも嘘なんでしょ? 本当はあんたが犯人じゃないの」

 さすがの俺でもこの疑いにはムキになって否定してしまう。それが悪手だとはわかっているにも拘らずだ。


「ちょっと待ってくれ! 俺は司に酷いことなんか――」

「――つかさぁ? ずいぶんと親しげじゃない。ついちょっと前までまともに会話もできなかったやつがさ。まさか本当に調教でもしたんじゃないの?」


 香川の突き放しに呼吸が浅くなる。頭を冷やせ田村ハジメ。

 最初から上手くいくとは思っていなかっただろ。思い上がるな、これが現実だ。

 ここでカッとなって冷静さを欠いた行動を取れば全てが水の泡。修復が不可能な関係になってしまう。


「黒石を襲ったのは俺じゃない。上村と中村だ」

「どうだか。司が話せないんじゃあんたを信じることなんて到底無理よ」

「……じゃあどうすれば信じてもらえるか教えてくれないか」


 答えがわからない俺は気が付けば聞いてしまっていた。

「そうね。じゃあまずは

「お前……!」


 さすがの俺もこれには怒りを通り越して呆れ果てていた。

 嫌われている、信じられていないとは思っていたが、まさかここまでとは……。

 上村が死んだことさえも信じてもらえてなかったのか。


 これじゃXの正体どころの話じゃない。それ以前の問題だ。

 だが同時にこうも思うわけで。

 もしも上村の死体を見てもらえれれば少しは俺の言葉に耳を傾けてくれるようになるんじゃないかと。残り時間のことを考えれば、上村の死を突きつけるだけで今日は終わってしまうだろう。だが、次には繋がる。話を聞いてもらえるかもしれない。


 大原と香川の関係についても話してくれるかもしれない。

 しかしそれと同時に葛藤もしていて。

 俺のことを信じさせるために女子高生に死体を目撃させるのか。それも掘り起こしてまでだ。やはりその行動の是非は問われるわけで。


 だが今の俺に手段を選んでいられる余裕はあるのか。

 なにより今は殺すつもりで行動している人間とそいつのことを信じ切っている人間が共に生活しているような緊急事態だ。

 今の俺には香川の命を救うという大義名分がある。


 死者を利用するという愚行に出ても今日だけは許してくれるはず。いやそうだと信じるしかない。


 俺は塾考の末、

「……わかった。ただし決して気分の良いもんじゃないぞ。それだけは覚悟してくれよ」

「あんたなんかに言われなくてもわかっているわよ」


 ☆


 上村を埋葬したところに移った俺は手を合わせる。内心で謝ったあと、土を掘り返す。

 ちなみにすぐに腐った死体が出てくることはない。

 ブルーシートを巻いてから埋葬したからだ。


 複雑な心境で土を掘っていく俺。

 しかし人一人分の穴を掘り返すわけだ。それなりに時間は要するわけで。

 体感だとすでに五分間以上は経過しているが、大原の姿は見えなかった。


 このときの俺は香川に少しでも信じてもらおうと必死になってタイムキーパーが登場しないことをラッキーだと思ってしまっていた。楽観的に捉えていたんだ。

 だが、掘っても掘ってもなかなか青色が見えて来ない俺は少しずつ違和感を覚え始めていた。


「……ねえ? いつまで掘ってんの?」

 香川もしびれを切らしていた。

 そりゃそうだ。そろそろブルーシートぐらいは見え始めてもおかしくない深さだ。俺自身、ここまで深く掘った記憶はない。


 嫌な予感がした。背中の脂汗がとまらない。

 しかしそれからどれだけ掘っても上村の死体は出て来ない。

 気が付けば香川は俺から後ずさるようにして疑いの目を向けていた。


「田村……あんたまさか……!」

「違う、俺じゃない!」


 さすがにそれは――それだけは考えたくなかった。

 香川と俺の溝を深くするためだけに死体を掘り起こし、どこかへ移した人物がいるなんて。そしてその犯人が女子高生だということを。


「あれれー。何をしているんですか田村くん」

 わざとらしい演技で森の中から姿を現わす大原。

 やられた……! 完全にやられた……! まさかここまでするのか……香川を殺すために、俺を信用させないためだけに!


「結衣ダメ……ここから早く離れなきゃ。話があるの」

「どうしたんですか理沙ちゃん。顔が真っ青ですよ」

「いいから早く!」


 大原の手を取りこの場から逃げ去ろうとする香川。

 彼女の反応は当然だろう。自殺したはずの人間の死体がない。

 それはもう恐怖でしかないはずだ。まさか犯人が手を握っている人物なんて思うわけがない。


 動揺してはいけない。焦ってはいけない。怒ってはいけない。

 わかってはいるものの、叫ばずにはいられなかった。

「自分が何をやったのか、わかってんのか大原っ⁉︎」


 恫喝する俺に大原は口元だけ動かす。

 声にこそ出なかったその言葉は、


 ――


 彼女はそれだけを言い残しこの場から立ち去っていく。

 二人の姿を見えなくなったのを確認してから俺は吠える。


「うわああああああああああっ‼︎」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る