第57話

【大原結衣】

 田村くんが決闘する数日前。

 私はとある人物と森の中で遭遇していました。

 それが誰かは言うまでもありません。


 上村一輝くんです。

 視認したとき私は驚きを隠せませんでした。

 私の知っている上村くんではなかったからです。


 なかなか的確な言葉が出て来ませんが、幼稚な人格は死んでいた、とでも表現すればいいでしょうか。見てくれこそ、まごうことなき本人ですが、中身は別人。一目見ただけなのに空気がピリついていました。


 私はできるかぎり足音を立てないよう木の影に隠れます。

 上村くんが司ちゃんを犯そうとした現場は目撃していますから、面倒はごめんでした。偶然見つけた銃の試し撃ちも済んでいません。


 しかし物音を立てずに息を潜めていたにも拘らず、

「さっきからコソコソと。いい加減出て来たらどうだ?」

 なんと上村くんは耳の穴を指でほじりながら、面倒くさそうに言ってきます。野生の感。それとも嗅覚が効くのでしょうか。


 もちろんすぐに姿を出すようなことはしません。

 ただの演技で言っている可能性を探ります。

 男という生き物は中二病により意味のわからない症状が出ると聞いたことがあります。


 実は前世は魔王などと虚言を吐き、封印されたチカラが解き放たれるときは右腕に痛みが走るなど、理解に苦しむ妄想で楽しんでいると聞きました。

 つまり本当は私に気が付いていないにも拘らず、そういう雰囲気で言っただけ。その可能性もあるんじゃないかと思ったわけです。


 しかし事態は急変します。

 木の影に隠れる私にしびれを切らした上村くんが凄まじいスピードでこちらに迫ってきたのです。

 スカートの中に忍ばせた銃を手に取るかどうか悩みました。


 しかしこのとき本物かどうか裏が取れていなかった私は非としました。

 銃を突きつけたものの偽物だった場合、色々と面倒です。

 ですから私は彼と対峙することを決意しました。この間おそらく0.3秒。


 けれど姿を現した私に予想外な展開が待ち受けていました。

「なんだ。てめえ大原か」と止まると思っていた上村くんの動きが止まりません。

 制圧することしか考えていない目をしていました。


 またまたシンキングタイムの結衣ちゃんです。

 上村くんは間違いなく私の自由を奪いにかかってきている。

 殺気こそ感じませんが、暴力を振るうことに躊躇はなさそうです。


 彼の知っている大原結衣を演じるためにはここでやられた振りをして、

「きゃあっ! なっ、なにするの上村くん……!」的な台詞をチョイスすべき場面でしょう。

 しかし。しかしですよ?


 私のスカートの中には銃です。発砲こそできるかどうか不明ですが、これが子ども用のおもちゃでないことぐらい女の子の結衣ちゃんでもわかります。つまり使い物になるか、ならないか、の二択。二分の一です。


 もしもやられた振りをしてスカートのブツを奪われるような事態になってしまったら。

 そしてそれが本物だったとしたら。

 急転直下で絶対絶命になります。


 グングンと距離を詰めてくる上村くん。

 さて、いよいよ決断を迫られます。

 さすがの私も演じ続けてきた『引っ込み思案の美少女』のまま、対応することはできません。


 ですので、チカラでねじ伏せようとする上村くんの手を払います。

 文武両道という言葉は私のために生まれてきたような四字熟語です。

 彼は手を弾かれたことに驚きを隠せない様子でした。


 まあ、上村くんにとって私はか弱い美少女だったわけですから、驚きもひときわだったのでしょう。

「お前……本当に大原か?」

「お久しぶりです上村くん。もしよければ少しお話をしませんか?」


 こうして私は上村くんのサポートをすることになるわけですが、その真意についてはまた後ほど。

 ふふっ、女の子のお腹ってダークマターのように真っ黒なんですよ? 知ってましたか、上村くん?

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