第55話

 クズウコンを発見した俺は棒を打ち付けるようにして地面を掘る。

 塊茎を慎重に取り出していく。

 このときポイントは植物を傷付けずに塊茎を回収すること。


 植物を再び土の中に戻すことでまた塊茎が再生するからだ。

 この作業を何度も何度も行なっていく。

 澱粉でんぷんを豊富に含む塊茎と言えどこのまま食すのは難しい。苦味がどうしても勝ってしまうからだ。やはり調理が必要になってくる。


 俺はかごに詰めた塊茎を小川で綺麗に洗い泥を落とす。

 下準備が完了した塊茎は粗い瓦で擦りおろしていく。

 瓦は黒石から余っていたものを拝借した。

 

 これをひたすら延々と繰り返すと容器に真っ白でどろどろの液体が出来上がる。

 澱粉水だけを救って別の容器に移しきった後は、沈殿を待つ。底に溜まった澱粉を一緒に流さないよう上澄みだけを流していくのがポイントだ。


 大原の機嫌を損ねないようなパンケーキを献上するためには苦味――不純物を取り除くことは必須。綺麗な水を継ぎ足しながら澱粉を沈殿。上澄みを捨てる。これを繰り返す。

 根気がいる作業だが、村間先生と黒石の顔を思い浮かべれば、退屈じゃなかった。むしろ楽しかったぐらいだ。


 たったこれだけのことで澱粉を口に入れた瞬間、「美味しい」という感想になるのだから面白い。あとは澱粉を板や瓦に敷いて、炉で乾燥させる。水分を強制的に弾き飛ばす。

 何分クッキングなどでよく見かける片栗粉のような乾燥した澱粉が完成する。


 これがパンケーキの材料となる。あとは板の上に粉を置き、綺麗な水でこねていく。両面に焼き色をしっかりとつける。

 パンケーキと聞いて思い描くのは、ふわっふわな生地。小麦粉、卵、牛乳、ベーキングパウダーを中心に砂糖などを加えてスイーツとして食すものだろう。場合によっては塩をまぶして甘みを抑えて食事として口にすることもあるだろう。


 しかし俺の目の前にあるのは平らな生地。ふわっふわなどとは程遠い。

 ゼラチン状で粘着質のあるそれはまさかの透明だ。

 あとはこれを大原に差出せるものかどうかだが――、


「……うっめ」


 パンケーキをちぎって口にした俺は唸るように感想が出た。

 もちもちの食感。日本人ならば決して忘れられないそれだ。この島に来てから久しく食べていないからか、感動もひときわだった。


 でんぷんが身体に染み渡るように浸透していき、すぐに活気を起こしてくれる。

 おそらく血糖値が上昇している作用だろう。気分が晴れてくるオマケ付き。

 こうなってくるとパンケーキ以外にも使途がいくつか思い浮かぶ。


 悔しいが大原に言われるまでこの発想はなかった。なんとかこれまでの知識や知恵で騙し騙しやってみたが、思わぬ収穫だった。これはきっとあの二人も喜ぶだろう。

 俺は主の元に帰還することした。


 ☆


 正直に言えばパンケーキには自信があった。

 あれだけ瞬時に元気になる食べ物だ。

 やや甘みが足りないとはいえ、久しく糖質を取っていない大原なら絶対に響くと確信していた。いくら彼女が天才とはいえ、我慢や諦めを強いられる場面があっただろう。


 まして彼女は見下している香川と生活を共にしている。ストレスも相当あるはずだ。

 大原は訝しげな表情を見せながらも匂いを確認したあと、


「うっ、うーん♡ 美味しい! 美味しいです田村くん!」


 まるで頬が落ちるといわんばかりに手で押さえ喜びを見せる。

 その表情は今にも天に昇ってしまいそうな多幸感が見て取れる。

 気持ちはわからないこともない。俺も最初口にしたとき、逝ってしまうかと思ったからだ。


 だが、彼女に限ってはあちらに行ってもらっても構わない。不謹慎にもそんなことを思っている自分がいた。


「さすがですね。パンケーキと聞いてすぐさまでんぷんの存在を思い浮かべたのでしょうけど、まさか本当に作ってくるなんて。ちゃんと丁寧に下処理もされています。きっと苦味を取るのに苦労したんでしょう。ありがとうございます」


 パンケーキを作るのに俺が何に苦労したのか、何が大変であったのかを即座に理解し労ってくる大原。このあたりはさすがとしか言えない。そもそも自分ならできると宣言したのは彼女自身だったな。表面上こそスイーツを楽しむただの女子高生のせいで、中身が悪魔だということをつい忘れてしまいそうになる。本当に厄介な相手だ。


「それで? お題は合否は?」

「んもー、せっかちですね男の子は。今は美少女がスイーツを楽しんでいるでしょうが」

 北の国からかよ。


「でも、もちろん合格ですよ。当然です。ますます田村くんのことが欲しくなっちゃいました。これは私も本腰を入れて攻略に挑まなければいけませんね。とはいえまずは報酬です。今回はボーナスポイントもありますから理沙ちゃんと二人きりで会話する時間を五分間与えます。頑張って説得してくださいね」


「その余裕がいつまで続くか見ものだな」

 これから香川と二人きり。五分間の猶予付き。

 説得するには短すぎる時間だが、それでも確実な一歩だ。


「あっ、理沙ちゃんが戻ってきましたよ」

 大原の視線の先に目を向けるとそこには森の中から戻ってくる香川の姿が。

 視線が合うや否や、いきなり敵意がこもっている。


 だが、今の俺に怖気ついている時間はない。

 おそらく大原の性格から考えて五分間は本当に聞き耳を立てずに放置するつもりだろう。彼女はこれをゲームだと考えている。盗み聞きは明らかにルール違反。そんなことをするぐらいなら初めから香川への説得時間など設けない。

 つまりこの五分間は本当に貴重な時間だ。一秒たりとも無駄にはできない。この積み重ねが大原の牙城を崩す糸口になるのは間違いない。


「あっ、そうそう。理沙ちゃんにはXが存在するため、田村くんと私が手を組むことになった。だから互いの拠点を通っている、という風に簡単に説明していますので。それじゃ頑張ってくださいね。田村くん」


 耳元で囁いた大原は香川に見られないよう手を振って俺たちの元から立ち去っていく。

 大原が香川の前を通り過ぎるとき、香川が一瞬不安そうにしていたが、別れ際に「大丈夫だから。信じて」と残し完全に去っていった。


 おそらく香川が俺と二人きりになっても安全だということを何かしら事前に説明していたということだろう。どういう説明をしたのかはわからないが、それもこれから探っていくしかない。


 こうして俺は。

 この島で最も嫌われているクラスメイト、香川理沙と。

 二人きりで五分間、過ごすことになった。

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