第52話

 気分転換のため、砂浜に来ていた俺は意味もなく石を海に投げる。

 隣には黒石が寄り添ってくれていた。

 できるかぎり二人一組ペアで行動して欲しいと伝えている中で、隣にいるということは、村間先生に「一人にしておいて」と言われたのかもしれない。


 いずれにせよ黒石の気遣いがありがたかった。

「村間先生はどうだった?」

『ふて寝してるわ』

 ははっ、ふて寝か。


 内心で笑う俺に黒石は必死にペンを走らせる。

『ごめんなさい』

「ごめんなさい?」


『私の余計なお願いでこんなことになってしまったから』

 とても申し訳なさそうな表情で胸の内を明かしてくる黒石。

「お前はその……怒っていないのか?」


『怒る?何にかしら?』

「村間先生とのケンカにだよ」

 俺が何かを隠していることはさっきのやり取りを見ていれば察しがつくだろう。


 ムキになれば『隠していることがあります』って言っているようなもんだしな。

 あれは完全にやらかしてしまった。俺の失態だ。

 隠し通すと決めたなら、それに相応しい態度を取り続けるべきだった。猛省だ。


『最初に断っておくと』

「ああ」

『村間先生はハジメが心配なだけ。だから彼女もムキになってしまった。悪気はないわ』


「そうだな」

 知っている人は知っているが、好きの対義語は嫌いじゃない。無関心だ。

 村間先生があそこまで感情を露わにしてくれたのは、俺の身を案じてくれているからこそだろう。それがわかっているだけにむしゃくしゃしてしまう。


『ハジメがムキになっている理由も同じ。村間先生のことを大切に思っているからよ』

「今となっては司のことも大切だけどな」

 と何気なく言うと黒石は急に視線を外して、ごにょごにょしていた。


 名実ともに仲間になった今では俺なんかの言葉でもそれなりに思うところがあったんだろうか。喜んでくれていれば嬉しいのだが。


『大事なところで口説かないでもらえるかしら』

「口説いてねえよ!」

 見れば黒石は意地の悪い笑みを浮かべていた。


 なるほど。村間先生の次は俺のフォローか。

 本当に頼もしい仲間を手に入れてたんだな。

『話したくない――話せないことがあるなら無理に言う必要はないわ』


 その言葉を想いを目にしたとき、なぜか俺は報われたような気がした。

『元はと言えば私が助けて欲しいと言ったのが原因。ハジメを責める資格はないし、するつもりもない。何より信じているもの』

「司……」


 黒石は必死に書いては消し、書いては消しを繰り返す。

 その姿がただただ嬉しかった。俺のことを想ってくれていることが嫌でもわかってしまう。

『村間先生のことは心配いらないわ。私に任せておけばいい。今回は私がハジメをサポートする番。自分の頭で考えてできることをやっておくわ』


 ダメだ。こんな温かい感情に触れてしまったらまた――。

『だからハジメは自分がすべきだと思ったことをすればいいの。もちろん助けが必要なときはいつでも言って欲しいけれど』


『それと』

 その文字を見た瞬間、俺の唇には何かが触れていた。

 それは黒石の唇だった。

 ゆっくりと離れた彼女は、胸に手を当てながら必死に想いを伝えようとする。


「……すっ、すっ、っす、好き。ずずずっと、つつたえたかった」

 ずっと伝えたかった。そう言えば黒石は上村との決闘後に伝えたいことがあると言っていた。協力者の存在でなかなか時間が取れずにいた。


 まさかあの黒石が俺のことを好き……だって?

 もしかして夢か?

 両手で頬をひねる俺だが、痛覚はきちんと機能していた。夢じゃないときた。


 黒石は目をバッテンにさせながらボードに何かを書いていく。

 早くこの場から立ち去りたいんだろう。摩擦で火が走っている。


『今回のことが落ち着いたら続きをしてあげるわ』

 そう言い残し、この場を光の速さで後にする黒石。


 ここまでされたらもう『大原に惨敗しました』はありえない。

 なんとしてでもゲームに勝ってやる。まさかあの黒石に鼓舞されるなんてな。自分でも信じられないよ。

 だが、見ていろ大原。必ずお前に勝ってみせる。


 ――こうして俺と大原の新たな戦いが幕を開けた。

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