第26話

 田村と上村の決着は意外にも早く訪れた。

 縦横無尽な上村に当初こそ苦戦していた田村であったが、癖や行動が徐々にパターン化されていったからである。

 少しずつ上村の手を捌きながら反撃カウンターの隙を伺う田村。


 やがて、

(イケる――!)

 上村がよろめいた瞬間。


 拳を握りしめて全力の一撃が上村の顔面に入る――

 調

 彼は上村と遭遇するまでに数時間以上、森の中を彷徨っていた。


(やべっ、前が――!)

 突如、田村の襲う目眩と倦怠感。

 本来であれば完璧な一発を浴びせて、縄で束縛すれば全てが終わっていた。


 

 目眩により狙いがぶれた田村の拳は上村の頬をかすり、そのまま前に倒れるような格好。

 九死に一生を得た上村がその好機チャンスを逃すわけもなく。


(ラッキー♪)

「がはっ……!」

 上村の強烈な一撃が田村の鳩尾みぞおちにヒット。

 

 その拳は重たく、田村はすぐさま呼吸困難に陥るほどの威力だった。

「ははっ……惜しかったな。あの一撃さえ入ってりゃお前の勝ちだったかもしれねえってのに」


 口を拭う上村。ポケットから獣の血がべっとり付着したナイフを取り出す。

 しかし彼はすぐにとどめは刺さずに何かを思案している様子。

 

(悪くはなかったが……なーんか違えんだよな。俺が味わいたかったのは弱った相手の息を止めることじゃなくて)


 何かが違う。すっきりしない。そんな表情の上村。

 とはいえ、その答えが田村を殺すことで得られるかもしれない彼はゆっくりと近付いていく。

 呼吸ができず、丸まって苦しむ田村。


「げほっ、げほっ……はぁ……はぁ……」

「お前……」

 上から顔色を伺う上村はようやくある異変に気がついた。


 田村の息の上がり方と汗の量が異常だということに。

 それを視認した上村の口の端がつり上がる。ゾクゾクと背筋に何かが込み上げていた。

 言うまでもなく上村にとってこの決闘は全力だった。


 熊を殺めた自分が負けるはずがないとさえ思っていた。

 しかし、蓋を開けてみればどうか。

 田村は体調不良の中、ずっと互角に張り合っていたのである。


 上村はこの事実に打ち震えて喜んでいた。


 もしも田村の体調が本当に回復した状態だったら。


 もしもさっきまでの子どもの喧嘩ではなく、互いに本気で殺し合いをすることができれば。


 そしてそれを制することができたならば。一体どれだけの愉悦が待っているのだろう。


 上村はあまりの楽しみから身体の震えを抑えることができずにいた。

 だからこそ田村に提案をするつもりでさらに距離を詰めていく。

 もう一度ヤろう。ただし、今度は最初から互いに殺すつもりで、と。


 上村が田村の前で膝を落とそうとした次の瞬間、

「やめてッ、上村くん! お願いだからやめて!」

 なんと田村を庇うように村間と黒石が庇うように駆けつける。


 身を呈して守ろうとする彼女たちを視認した田村は、

「……なん、で……」

 なぜこの場を去っていないのか理解に苦しんでいる様子。


 無理もない。ついさっき冷たく突き放したばかりなのだから。

 むしろこの場にまだいる方が絶望的だろう。

「黒石さんと相談して決めたの。今度は私たちが田村くんを守る番だって」


「ひゅー。なんかやっすいドラマ見てるみてえだぜ。んで、ツカサ? お前も田村が殺されるのは我慢ならねえってクチか?」


 その質問にガンを飛ばし首肯する黒石。

 強気にこそ見えるものの、全身は震え、恐怖を隠せない様子。

 目の前に数日前に犯されかけた男がいれば当然である。


 しかし彼女は例えもう一度あの恐怖と絶望を味わうことになろうとも田村の元に駆けつけることを選んでいた。

 今度は自分が田村を助ける番だと、言い聞かせて。


「おう、おう。お前もずいぶん尻の軽い女だな。ちょっと助けられたくれえでベタ惚れか? いつもはクールに振舞っているくせに意外と乙女なんだな。残念だよ司」


 罵られようとも鋭い眼差しをやめない黒石。

 ここで上村に敵対することが何を意味しているのかは十分認識している様子。

 それ相応の覚悟でこの場に挑んだということだろう。


「まあ……いい。どちらにせよ俺はもう女は抱けない身体だ。しかもただ弱い相手を痛めつけるだけじゃ満足もできない。ここで先生と司に暴力を振るったところで何一つ楽しくねえ。だがもしも俺がようやく見つけた楽しみを奪うつもりならここでまとめて殺す」


 殺す。その言葉に田村の腕を掴むチカラが強くなる村間と黒石。

「その……ようやく見つけた楽しみってなんなの?」


「ああ。それは――田村よく聞け。取引をしよう」

「……はぁ、はぁ。とり、ひき、だと?」

「一週間。一週間やる。そのあいだ俺はお前たちと理沙、結衣にも手を出さないと誓おう。その代わり、一週間後、俺ともう一度ヤれ田村」


 信じるべきか否か。

 その是非は別にして、彼女たちに手を出さない約束は田村にとって魅力的だったのだろう。

 つい聞き返してしまう。


「ちゃんと約束は守るんだろうな?」

「ああ、もちろん。ただし一つだけ条件がある」

「条件?」


「本気で殺し合うことだ」

「「「なっ……!」」」

 上村の提案に全員が驚きを隠せない。

 

「時間は無制限。どちらかが死ぬまでだ。この島にあるものなら何を使ってもいいことにしよう。決闘場所はそうだな……この島で初めてお前と顔を合わせた浜辺でどうだ。もしもお前が乗るなら今日のところは見逃してやる。だが、断るならここで全員を殺す。もちろん何も知らない理沙と結衣もな」


 冗談など微塵も感じさせない鋭い眼光。上村が本気で言っていることはこの場にいる全員が肌で感じ取っていた。

 だからこそだろう。

 田村は何の迷いもなく、決断する。


「わかった。それでいい。その代わりそれまでは絶対に他のみんなに手を出さないと、もう一度誓ってくれ上村」

「うしっ! 交渉成立だな。安心しろ。今さら俺より弱いやつを痛みつけたところで何の楽しみもねえよ」


「本当……なんだな?」

「しつけーな。約束する言ってんだろ」

「わかった。信じるよ」


 もちろん納得がいかない村間と黒石だが、田村が自分たちを守るために交渉してくれていることを知っている。

 ここで口を挟むのは邪魔をすることにしかならないと本能的に察知した彼女たちは口を固く閉ざしたままだった。


「じゃ、そういうことで。あっ、そうそう。くれぐれもこの島から逃げようだなんて思うなよ田村。もし俺がそう判断したら首を跳ねるからな。監視されているってことを忘れるな」


 そう言い残し田村たちからゆっくりと姿を消す上村。森の中に消えていく。

 気配がなくなったところで田村はようやくまともに息を吸う。

 これからどうするべきか。彼の苦難はまだまだ続くようだった。


 ☆


 休憩を挟み、息を整えた田村は村間と黒石に肩を借りながら森を抜け出していた。

 立ち上がった田村をすかさず村間が密着。

 それを見た黒石も負けじと反対の肩に回り込むという図だ。


 えっ、えっ? なんか俺に肩を貸すことで張り合ってない?

 なんて一瞬脳裏をよぎった田村だが、すぐさま頭を振る。

 ぼっちの自分を奪い合う。そんなことがあるはずがない。


 まして村間は教育実習生。明るい性格で男子生徒からの人気も熱い。

 さらに黒石においては三大美少女と称されるほどである。

 先日の偽告白で田村は彼女からの好感度メーターはマイナスに振り切れていると信じ込んでいる。


 田村が黒石の本心に気がつくにはもう少し時間がかかるようである。

 まさしく両腕に花。

 人生で一、二を競う幸運っぷりに鼻息が荒くなる田村だが、楽しい時間は長くは続かなかった。


 なぜなら、

「ちょっ、どこ行ってたのあんたたち⁉︎ ……というか、司あんた頭大丈夫?なに田村に肩を貸してんのよ? それよか上村と中村が全然いないんだけど、どこ行ったか知らない?」


 森を抜けた先に待っていたのは香川理沙と大原結衣だったからである。

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