第15話
【黒石司】
「……はぁ」
森の中で花を摘み終えた私はため息を吐かずにはいらなかった。
心なしかお腹の調子も悪い。たぶんさっき飲んだ雨水のせいかしら。
やっぱりろ過が必要だったに違いないわね。
正直、私はストレスを感じ始めていることを自覚していた。
当然と言えば当然よね。
雨風凌げる小屋さえなく、まさかの野宿。
飲み水もそれなりに確保できたとはいえ、私たちの人数を考慮すれば決して十分な量とは言えない。しかも安全性が担保されていない始末。
日没から食料を探索することもできずほぼ飲まず食わずの状態。
夜になれば当然気温も下がる。
せめて火ぐらいは起こして欲しかったのに、
「ダメだ! 水に濡れちまって全然火が起こらねえ!」
木をロープで擦る一輝と雅也だったのだけれど、火はおろか煙さえ立たなかった。
……これから私たちどうなるのかしら。
下着を穿き直して立ち上がった瞬間。
「えっ⁉︎」
何かに監視されているような視線を感じた私が急いで顔を上げると暗闇の中に赤い二つの点が揺らいでいた。
闇の奥にいる何かは私の視線に気が付いたようで、ゆっくりと近付いてくる。
本能が命の危険を知らせてくる中、急いでこの場を後にするため振り返ろうとした刹那、
「
「ひゃっ!」
突然肩を叩かれた私は思わず悲鳴を上げてしまっていた。
「なっ、なんだ一輝ね。驚かせないでよ」
一輝だと視認した私は跳ね上がった胸をなでおろす。
こんな最悪のタイミングで肩をたたくとかやめてもらえるかしら。心臓に悪いのよ。
「なぁ、少しだけいいか?」
一輝にしては珍しく歯切れが悪い。いつもなら目を合わせてくる視線も逸れている。
私はこの仕草をよく知っている。
男子が私に告白してくるときのお決まりだから。
一輝から好意を寄せられることに対して嬉しい気持ちもあるものの、たぶん私たちは何かに迫られかけている。
だからこそ、
「話があるなら後にしてもらえるかしら。とにかく今は森を抜けたいの」
「待ってくれ! 今じゃなきゃダメなんだよ!」
一輝の横を通り抜けようとすると私の手が握られる。
手汗がすごい。それに息も荒いような……。
「俺ってさ、司たちの救命胴衣を持って来てやっただろ?」
「えっ、ええ……そうね。とても感謝しているわ。けど話はあとに――きゃっ」
強引に私を押し倒してくる一輝。
がっしりと関節を固定しながら、欲望を露わにした顔で、
「一生のお願いだ。救命胴衣の見返りに一回だけヤラせてくれ」
「ちょっと、こんなときに何を言っているのよ一輝。早く退いてもらえるかしら」
「なあ頼むよ」
「退いてって言ってるんでしょう!」
「痛ってぇ!」
私の必死の抵抗は運悪く、爪で一輝の左目を引っ掻いてしまう。
ぽたっ、ぽたっと赤い滴が私の頬に滑り落ちてくる。
「ごっ、ごめんなさい。でも一輝が――」
「――痛ってえなクソ野郎が」
私の知っている、私がカッコ良いと思っていた一輝はこの瞬間、死んだ。
慣れない無人島生活。彼にもストレスは重くのしかかっていたのかもしれない。
理性を抑えきれず、怒髪天を突くとばかりの形相になっていた。
「誰がお前の命を救ってやったっと思ってんだ。あアん? もういい雅也。監視はいいから出てこい」
……中村? それに監視って何? えっ、ええっ⁉︎
「おっ、おい一輝。いくらなんでもやり過ぎだろ。これぐらいにしとけって」
「うるせえな。おめえも分かってんだろ。俺たちはあと何日生き延びられるかわかんねえんだぞ。やることやらずに死ねるかっての」
一輝は完全に自暴自棄を起こしていた。
「黙って見てないで司の脚を抑えろ雅也」
「……はぁ。後でどうなっても知らないからな」
一輝の凄みに当てられた雅也はしぶしぶといった感じで私の脚を押さえてくる。
「いや、助けなさ――むぐっ」
助けなさいよ! そう叫ぼうとした口を一輝に押さえられてしまう。
いよいよ貞操の危機を覚える私。
嘘でしょ……こんな環境で、こんな状況で、こんな最低な男に
――嫌だ!
そう思った私は最後のチカラを振り絞り全力で抵抗する。
しかし、男二人に女一人が敵うはずもなく。
雅也の手は私のスカートの中に忍び込み、下着をつかんでいた。
「うんんんんっ! んっ、んんっ‼︎」
「あーもう今さら抵抗すんなよ司。安心しろ。優しくしてやるから。むしろ暴れられる方がこっちも歯止めがきかなくなるぞ」
こんな最低な男のことが気になっていたんだ私って。
自分の男を見る目がなさ過ぎて涙が溢れ出してくる。
怖い。怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い。
「それじゃ一輝より先にご開帳〜」
「あっ、おい雅也。なに先に見ようとしてんだ俺が先だぞ!」
「見るぐらいいいじゃん」
「ダメだっ言ってんだろ」
胸の中を冷たい泥が埋め尽くされていくような感覚。
誰か助けてっ!
胸の中で必死に叫ぶ私。
けれどどこかでこの状況を客観視している自分がこう告げてくる。
――誰に? 誰に助けてもらうの?
理沙や結衣は寝ている。いや、あれだけの悪環境だから寝付けているとは思えないけれど、でもここに駆けつけられるわけがない。
じゃあ他に誰がいる?
村間先生?
そうね。いま一番駆けつけて来て欲しい人かもしれない。でも深夜の森の中。
叫び声や悲鳴もあげられないこの状況でどうやって私を見つけるの?
どう考えたって無理だ。
じゃあ最後に――田村は?
いや、ありえないわよね。
彼なら万が一この状況を目撃しても見て見ぬふりをするだけ。
あれだけの仕打ちをしてきたんだからきっと「いい気味だ」とか思うに違いない。
因果応報。
結局、他人に冷たく当たってきた報いというわけかしら。
何もかも諦めて、上村と中村の気が済むまで感情を押し殺そうと決めた次の瞬間だった。
――ボコッ‼︎
私にのしかかっていた上村が回転しながら、中村は背後に吹き飛んでいた。
えっ、嘘っ、何が起こったの?
私の頭近くにはもう一人の脚が。それを辿っていくと――、
「なにやってんだよ、上村、中村ぁぁぁぁっ‼︎」
そこには赤鬼以上に顔を真っ赤にさせた――、
――田村ハジメの姿があった。
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