第14話
村間先生が沿岸沿いで拾ってきた物には、つっぱり棒や洗濯バサミ、紐、中華鍋etc……。
一体どういう経緯で漂流したのか分からないが、生徒が座る教室のイスまである。
いずれも俺がお願いしたもの以外だが選択にセンスが感じられる。特に『ナイス!』と叫びたくなるのが傘。この天候でこれほど適材なものはない。
もちろん内心で呟いたつもりだったのだが、
「お褒めに預かり光栄だよ田村きゅん」
「もしかして口に出してました⁉︎」
「いえ、わたくし田村加代は田村くん限定で読心術を極めようと思っておりまして」
「やめてもらえません⁉︎ あと名字! というかなぜ敬語⁉︎」
「申し訳ございませぬ」
「もう、ふざけてないでやりますよ」
「……ふふっ、可愛い。それでわたくしめはどうすれば」
正直に言えばブルーシートが手に入った時点でイージモードは確定している。
まず俺は教室のイスに立ち上がり、つっぱり棒を洞窟の窪みにはめ込む。
長さが調節できるつっぱり棒って本当に便利だ。
続いて、ブルーシートを三角形に折りたたんで、と。
見つけたら拾って欲しいと村間先生に伝えていたナイフでブルーシートの角端に切り込みを入れる。
あとはその切り込みに紐を通して、つっぱり棒に結び、必要に応じて洗濯バサミなどで固定していく。
逆三角形の頂点にある輪っかに紐を括り付け重石を結び、地面とブルーシートの間にバケツなどの容器を設置すれば――。
「よし! 集水ネットの完成です」
簡易式雨水集水システムの出来上がりだ。イメージはブルーシートの滑り台と言ったところかな。
「すごっ……もうできちゃった」
見るからに「早っ」というのが表情が見て取れる。
村間先生の素直な反応はありがたい。俄然、やる気が出る。
「続いて、ろ過装置を作ります」
「ろ過装置……って何だっけ?」
ろ過装置を知らない⁉︎ えっ、教師ですよね⁉︎
と、ツッコミを入れようと村間先生の顔を見上げる俺だったが、
「うん。それでそれで? それってどういう装置なの?」と猫のように丸い目をキラキラさせながらこっちを見つめていた。
まさしく興味津々。先生の頭上に犬の耳と尻尾が錯覚で見えたほどだ。
もちろん尻尾は大振り。「早く、早く!」である。
さすが教師。男子生徒、というか子どもの扱いに長けている。
言ってみれば俺は自分の知識や知恵を見せびらかしているわけで普通なら「ふーん」「そうなんだー」「へえ、物知りだね」と退屈そうにされるのが関の山。
なにせこれまでがそうだったからだ。
そんな経験しかしてこなかった俺に前のめりで話の先を促してくれる女性がいる。
聞き上手な女性に惚れる男が多いってのはこういうことなんだろうな……。
「ああっ! もしかしてまた私の胸を見ようとしてるなブレーン。さすが策士。まんまと乗ってしまうところだったよ。けど残念。今はちゃんとボタンを閉めてますぅ」
「ちゃいますけど」
「また関西弁で否定された⁉︎」
ごほんと咳払いをした俺は、
「湧き水や雨水には不純物が混じっているんです。ろ過装置ってのはそういう不純物を取り除いて清浄するためのものですよ」
「そう言えば習ったような気がする。でもそんなの簡単に作れるの?」
「もちろん。大きめのペットボトルの飲み口を下にして布、小石、砂利、炭、布を引き締めます」
ろ過するための材料を集めて海水で綺麗に洗っていく。
あらかじめて火を起こしていたのは炭を活用するためでもあったわけだ。
「ふむふむ」
「あとはろ過された水を受けるペットボトルをはめ込んで集水を流し込めば――」
「――ようやく飲料水の完成だね」
「ちゃいますけど」
「違うんだ⁉︎」
「最後に消毒が必要です」
「しょっ、消毒……?」
「はい。沸騰消毒ですね」
焚き火については雨の濡れない位置に移動させている。
洞窟は閉鎖されたものじゃなく、ところどころ吹き抜けになっているし、煙が充満することもない。
あとは石囲みをしている火の上に中華鍋をセットして浄水を沸騰させてやれば……。
「今度こそ飲料水の完成です。お疲れ様でした」
「私は何一つしてないけどね。でもここまでしないと飲めないんだね」
「日本は除菌や殺菌が好きですからね。綺麗好き過ぎるんです。だからここまでしないと下痢を起こしてしまう。そうそう。最近の子どもは泥を触ったことがないなんてザラらしいですよ。触らせたくない気持ちも分からなくはないですけど、おかげで日本人はめっきり菌に免疫がなくなって医療関係者の中では警笛を鳴らしているほどなんです。それと――」
息継ぎをした俺は続ける。
「こうやって飲料水に取りかかることができたのは先生が役立ちそうなものを拾って来てくれたからです。お礼を言わないといけないのはこっちですよ。ありがとうございます」
「ふふっ。初めての共同作業だね」
「ちゃいますけど」
「またそれ⁉︎」
☆
シェルター、火、飲み水と優先課題を次々に解決していく田村&村間ペア。
一方、その頃上村グループは、
「ぷはー、生き返るー!」
バケツなどの容器をただ外に設置しているため、雨水の貯まる速度は鈍い。
ようやくコップ数杯分が貯まるや否や、それをそのまま飲み込む上村と中村。
「ねえ……雨水ってそのまま飲んでもいいわけ?」
と香川。
これまで安全な水しか口にしてこなかった彼女が疑問に思うのも無理はない。
しかし、
「あアん? んなの大丈夫に決まってんだろ。つーか、どっちにしたって飲まなきゃ死んじまうんだぞ? 飲む他ねえっつうの」
「でもほら……小学校の頃に実験したじゃない。覚えてない? ろ過よ」
女子陣は雨水をそのまま飲むことにやはり抵抗がある様子。香川に賛同する黒石。
「バカ言え。そんなことしている間に脱水しちまったらどうすんだ。ほらっ、いいからお前らも飲んどけって」
ろ過も消毒もされていない水を強引に手渡そうとする上村。
そんなことをしている間に、などと言っていたが、実はろ過の仕方を知らないだけである。
消毒においては発想そのものが頭にない様子。
「大丈夫かしら……?」
不安になりながらも危険な水を喉の奥に流し込む黒石たち。
いずれこの軽率な行動が彼らたちの運命を大きく変えることになるとも知らずに。
☆
――それから数時間。深夜。
結局、家造りが完成しなかった上村グループたちは野宿を強いられていた。
無人島生活での生命線であるシェルター、水、火、食料の全てが不十分。
まさしく劣悪な環境。
これまでの生活がいかにぬるま湯であったかを思い知った彼らたちのストレスは相当のものであった。
故に。
「……雅也。お前を親友と見込んで相談がある」
「うん? なんだよ一輝」
尿意をもよおした上村は中村を引き連れて立ちションをしていた。
「俺ってよ、こう見えて実は童貞なんだ」
「なんのカミングアウトだよ。まさか俺とヤラらせてくれとか言いだすんじゃねえだろうな」
「バカ。気持ち悪いことを想像させんなや。ちげーつうの。ようは死ぬまでに一発やりてえって話だ」
「それで?」
「黒石にお願いするつもりだ。ヤラせてくれって」
「おまっ……いくらなんでもそれは」
「楽勝だろ。なにせ俺はあいつらの命を救ったヒーローなんだぜ?恩人の頼みを無下にできるか? つーか拒否する権利ねえだろ」
「……はぁ。で? 俺は何を手伝えばいいんだよ」
「雅也!」
「その代わり俺は理沙か結衣ちゃんのどっちかとはヤラせろよ。お前だけで三人独占はなしだからな」
「おうよ。おめえにはどっちか好きな方を選ばせてやるよ。だから監視をお願いしてもいいか?」
「へいへい。わかったよヤリチン」
「それじゃ手順についてだが――」
下品な悪巧みは暗闇に吸い込まれていった。
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