第7話

「どうしてよ……どうして本当のことを言わせてくれなかったのよ。全部言ってしまえばよかったじゃない」

 立ち尽くす村間先生。

 納得がいかない、そんな表情だ。


「そうですね。たしかにその選択肢もあったと思います。けどあれで良かったんです」

「良くない!」

 頬をぷぅーと膨らませる村間先生。年齢に反して思った以上に子どもの反応……可愛い。


「先生は気が付いていないかもしれませんけど俺にとって良いことがあったんです」

「なによそれ……」

 ぐすんと鼻をすする村間先生。


「先生が俺を疑うことなく信じてくれたことです」

「えっ……?」

「だってそうでしょう? クラスメイトに裏切られたなんてふつう信じます? それも上村にですよ? 失礼ですけど先生って教師として入って来てまだ日が浅いじゃないですか」


 俺の感覚で言えば上村は腐っても鯛なのだ。

 容姿も整っているし、運動・勉強もできる。順応性という才能に怠けることなくきっと影で努力だってしているだろう。

 明るい性格で教師や生徒を惹きつけるカリスマ性だってある。


 そんな生徒にクラスで馴染めない俺が酷い仕打ちにあったと。そう告げて俺の味方をしてくれる人がどれだけいるだろうか。

 少なくとも俺には思い当たる節がない。ただの僻みや妄言だと思って聞き流されていたに違いない。自分で言ってて悲しくなるが。


 だからこそ村間先生に真相を打ち明けたとき、俺は内心、緊張もしていたのだ。

「上村くんがそんなことするわけないじゃない!」そんな言葉が返ってくるかもしれないと思っていたから。


 だけど先生は何の迷いもなく俺の話を信じてくれた。俺にとってはそれだけで十分報われたのだ。

 そんなことを口にした俺に、


「……これ以上はダメよ田村くん」

「はい?」

 何がダメなのかさっぱりだ。


「それ以上言われたらお姉さん、教師という立場を忘れて抱きしめてしまうから」

「たしかにそれはダメですね」

「だけど今回は特別に許します」


「いやダメでしょ⁉︎」

 ……まったくこの人は。

 なんだかんだやっぱり大人だな。俺を励ますために……。


 両手を広げてハグをせびる村間先生を横目に俺は神経を研ぎ澄ませる。

 これからすべきことの整理だ。

「まずはやっぱり身の安全の確保――住居だよな」


 俺の呟きを聞いた先生は目をキラキラさせながら、

「もっ、もしかして建てるの?」

「そうですね……そうしたいと思っています」


「その言い方だと今日は取りかからないんだね? どうして?」

「まあ理由はいくつかありますが……」


 村間先生とはこれから長期間一緒にいるかもしれないからな。

 できるかぎり会話は大切にしていきたい。

 女性って耳で恋をするなんて言葉があるほどだし、きっと不安を取り除くのにも一躍買ってくれるはずだ。


「もし俺たち二人で建てることになった場合、それ相応の労力と時間を費やすことになります」

「そうね。だって私たちの愛の巣だものね」

「からかわないでくださいよ。そもそも家を建てる最大のメリットは何だと思います?」


 村間先生はうーんと悩み始める。

 俺の言葉をきちんと聞いて真摯に考えてくれている。その光景だけで嬉しかった。

「……わかった!」


「おっ、察しがいいですね」

「他人の目を気にせずに田村くんとイチャイチャできることね!」

「ちゃいますよ」


「関西弁で否定された⁉︎」

 なるほど。村間先生は俺を元気付けるためにそういう、お姉さんタイプで接するわけですね。教師としてどうか、というのは置いておくとして懐に飛び込むのが上手な先生だ。

 他人との接し方は本当に勉強になる。


「答えは立地です」

「りっちぃ?」

「はい。まだ探索していませんから確定しているわけではありませんが、もしここが本当に無人島だった場合、やはり自然災害を意識しないわけにはいきません。どこに建てれば影響を最小限にできるのか、まずはその見定めが必要です。なのでこれからその確認を含めて一時的に雨風を凌ぐことができる洞窟を探そうかと」


 俺の思考を聞いた村間先生は感情の読み取れない表情を浮かべたあと、

「もしかして田村くんって頭も良い子なの⁉︎ いや、前々からそうじゃないかとは思っていたのよ? でも客船でバラ、バラ、バランス水がどうのこうの」

「バラスト水ですね」

「そう、そのバラスト水を抜いてって話を聞いたときもそうだったし」


「うーん、ま、そうですね。頭が良いという定義がペーパーテストで高得点が取れるという意味なら……最近だとだいたい全国模試で五位以内ですね」

「はっ?」

「あっ、でもこれ自慢じゃありませんよ。俺はただ事実を伝えただけで。いや、この言い方がたしか鼻につくんだっけ。とっ、とにかく俺は別に自分の学力を誇っているわけじゃ――」


 自慢と事実を伝えることは別物。それが俺の持論なのだが、中学時代これを言った途端、さらにぼっちが進んだ。

 高校ではやらかさないと強く思っていたのだが……とんだ失態だ。


「……田村くん。これから教師失格の宣告をしてもいいかな?」

「教師失格ならダメなのでは?」

「わたくし、村間加代は田村くんのお嫁さん候補に立候補します!」


「ガチで失格のやつですよ先生⁉︎」



 一方その頃。


「ねえ、これからどーすんの一輝」

「決まってんだろ理沙。家を建てるんだよ」

「すっげえ一輝! 勉強や運動ができるだけじゃなくて家まで作れんのかよ」


 上村を褒め称える中村。

「ああ、まかしとけって。俺の小学校のときの図工の成績いくらだったか知ってるか。五だぜ五!」

「小学生の図工なんて関係ないんじゃないの?」


 と笑みを浮かべる黒石。上村の発言がウケを狙ったものであることはこの場にいる全員が知っていた。


「それでどこに建てるんだ?」

「そうだなー。とりあえず海に近い方がいいと思うだよ。だから砂場に作っちまおうぜ」

「うし。そうと決まれば機材の調達だな!」


 漂流しておきながらも新たな生活にどこか心を踊らせる彼ら彼女たち。

 きっと内心でなんとかなるだろう、そう思っているに違いない。

 しかし彼らは思い知ることになる。


 無人島で「なんとかなるだろう」は「なんともならない」ということに。

 この後、大雨が待っていることなど。

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