第6話
上村は俺を見つけるや否や肩に腕を回し、
「おいおいそんなに睨むなって。これから一緒にサバイバル生活をする仲だろ。なっ? 大目に見てくれよ。ところでお前まさかとは思うけどあのことを村間先生に言ってないだろうな? 俺、実は先生のことも狙ってんだわ」
虫酸が走るその言動にいよいよ堪忍袋の緒が切れそうになる。
肩を振り払おうとした次の瞬間、
「……はぁ。ほんっっと最悪。よりにもよってぼっちと無人島とかマジ萎えるんですけど」
と香川。それはこっちの台詞だ。
「理沙の言う通りね。まさかぼっちと遭難だなんて……貞操の危機を感じるのだけれど」
続いて黒石。人の純情を弄ぶようなやつはこっちから願い下げだ。
まっ、相手は高校三大美少女様。クラスで浮いている俺が言ったところでただの僻みにしか聞こえないんだろうけど。
なんにせよこいつらとは関わらない方がいい。本能がそう告げるなか、俺は信じられない言葉を耳にする。
「にしても一輝ってマジぱねえよな。黒石たちの救命胴衣を取りに行っただけじゃなくて、予備でもう一着持ってたんだから。おかげでこうして海の藻屑にならずに済んだわけだけど」
中村の言葉に急いで反応したのは言うまでもなく上村だった。
「おいおい雅也。それは言わない約束だっただろ。友達のために命を張れるのが真のダチじゃねえか」
「なにそれ。ちょっと台詞がくさいんじゃない?でもまっ、ありがと一輝。私たちのために救命胴衣を取って来てくれて。あれがなきゃ今頃私たちどうなってたかわからないし」
金髪に指をくるくると巻きながら言う香川。
心なしか頬が赤いのは見間違いじゃないだろう。
そんな香川の言動に慌てた黒石も、
「わっ、私だって一輝に感謝しているわよ」
照れくさそうに言う。
やはりこっちも頬が赤い。
しかしこの場に不釣り合いななのは大原。
ずっと俯いている。
何か言いたそうに見えるのは気のせいだろうか。
上村が救命胴衣を取りに行っていないことを知っている村間先生は居ても立っても居られなくなったのか、
「どういうこと上村くん?」
問い詰めるような眼差しだ。
さすがの上村も俺が村間先生に真実を告げたことを察したのか、
「チッ。お前さえいなければ村間先生も手に入ったってのに」
俺にだけ聞こえる声で耳打ちをする。
「でどうすんの一輝。ぼっちくんも引き連れて生活すんのか?」
冗談きついぞ中村。どうして俺が助けに行ったやつの顔面を蹴ることができる人間と一緒に行動しなきゃならんのだ。
「あったりまえだろ。俺たちはクラスメイトだぞ?これから協力し合って生き延びていく仲間じゃねえか」
「はあっ? ちょっ、何言ってのよ一輝。閉鎖された島で一緒ってだけで嫌なのに何が悲しくて団体行動しなきゃならないわけ? あーし、絶対に反対なんだけど。襲われたらどうすんの?」
「理沙に同意だわ。この島には私たちを守ってくれる警察だっていない。何かあってからじゃ遅いのよ? 断固として反対だわ」
まるで吐瀉物を見るかのような眼差し。
クラスに馴染めない、誰とも仲良くなれないというだけでここまでの扱いを受けるのか。
いや、俺には彼女たちの偽告白を断ったという前科があったな。
たぶん俺みたいな陰キャに振られたことを根に持っているんだろう。プライドが高そうだしな。
「いい加減にしなさいよ。一体誰が貴女たちの命を――」
真実をぶちまけそうになった村間先生の手を取り、「いいから」と目でサインを送る。
ここで真相を告げたところで状況が好転するわけでもない。
なにより上村の誘いは「断れ。これ以上俺に干渉してくるんじゃねえぞ」という副音声だ。
きっとクラスの生存者に遭遇した手前、ぼっちくんでさえ見捨てない俺かっけえ、という演出だろう。
彼の思惑通りに乗ってやる義理はないが、俺としてもこれ以上関わるのは御免だ。
なるほど。これが空気を読むってことか。もっと楽しいものかと思ってたぜ。
「せっかくだけど俺はいい。別行動でいこう」
「「当然でしょ(だわ)」」
「で? 村間先生はどうします? ぶっちゃけ俺の方が頼りに――」
「――お断りよ。私は田村くんと一緒にいるわ」
村間先生の即答に苦虫を噛み潰したような顔を一瞬見せる上村。
「あっそ。まっ、俺たちはいつでもウェルカムなんで困ったことがあったらいつでも言ってください。それじゃあ。元気でな」
別れの挨拶を残し、踵を返す上村たち。
おかげでようやくまともに息が吸えた気がする。
やっぱり嫌いな人間と接するのはストレスがかかるんだな。
さて。問題はむしろこれからだよな。
これからの生活に思考を練ろうとする俺だったが、振り向くとそこには目に涙をためて、ぷるぷると震える村間先生がいた。
「ええっと……」
どうやらまずは村間先生を落ち着かせることから始めないといけないようだった。
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