第9話 突撃‼︎隣のブックカフェ‼︎ (セクシーな店長と毒舌な店員とポーカーフェイスな店員を添えて)

私の店の隣には随分と年季の入ったブックカフェがある。カフェというよりも、古書店と言われた方がしっくりする。私はそこに、予約していた本を受け取りに来た。もう閉店時間は過ぎているが隣だから別に構わないと言われ店に入ると、本を取ってくるので適当に座って待ってくれと言われたのでそれに従っただけなのだ。彼と話すなど、考えていなかった。


「喧嘩が起こった時以来だね。最近どうよ店長ちゃん……」


「えぇと……お店の方は順調です」


「なら良かった。俺、店長ちゃんのこと気になってたんだ……」


うまくいってて良かったよ、と言って向かい側で微笑むのはこの店の店長であるセノさんだ。私はセノさんのことが好きだ。恋愛感情で。

しかし、それは叶いそうにない。セノさんは、いつも女性に囲まれている印象がある。まあ、私の店のお客さんにもセノさん目当てで古書店に通い詰めている人もいるくらいだ。どこか、セノさんには容姿に溢れんばかりの艶めかしさと人を引き付けるような何かがあった。今、セノさんと向き合って話しているが全身の血液が顔に集中してゆくような熱を感じている。


「気にしていただいて、その……ありがとうございます。私なんてまだまだです」


「自分を卑下するのはいけないよ店長ちゃん。俺が褒めるなんてなかなかないんだから、ね。」


「はぁ……」


真っ直ぐな翡翠色の中に、私が写り込んでいる。

セノさんは呑気にいつも頑張ってるね、なんて言って頭をぽんぽんしてきた。

より、自身の熱が高まるのを感じた。これが、これが恋愛ドラマでよく見るときめきに違いない。誰にされたってこうなるわけじゃない。セノさんだからだ。彼の瞳に私が映り、私に触れるたび私の心はどうしようもなく締め付けられる。この人はきっと誰にでもこうしているだろうから。そんなことを考える自分自身に嫌気がさすのはいつものことだった。


「難しい顔してるけれど、悩みがあるなら聞くよ?」


貴方のことで悩んでいるんです、なんて言えるわけないじゃないか。誰にでもこんなことしているんでしょ、なんて口が裂けても言えないし。

だから私は普通に疲れていることにした。


「最近ちょっと疲れてて……」


「それは大変だ。そういうことなら、店長ちゃんが暇な日にさ、俺と食事に行かない?最近街で流行りのバーに行って、店長同士悩みとか話そうよ。いい気分転換になると思うよ」


「えっ?私と?」


私は思わず声を上げた。彼に誘われるなんて。

まるで夢みたいだ。


もしかして、これは夢なのか?

そう思って頬を少しつねってみたら、普通に痛みを感じた。

その痛みで、これが夢でないことが分かった。

彼は私の様子があまりにも可笑しかったようで、口を手で抑えて笑っていた。

私の顔に、さらに熱が集まっていくのが分かる。私の顔は今、リンゴのようになってしまっているに違いない。


「いいんだよ、店長ちゃん。俺のこと、もっと頼ってよ」


純粋に嬉しい気持ちとともに何処か、懐かしい気がする。

以前にもこのようなことがあったような……。

セノさんの手が私の頰に触れー












「うぉぉぉぉぉ!失礼!」













パシッと言う音が店に鳴り響いた。セノさんが頭を抱えて震えている。

一瞬何が起こったのか分からなかったが、セノさんの後ろで立っている女性を見て私は瞬時に状況を理解した。


「……ごめんなさい、店長さん。ラブコメの波動を感じたもので」


不機嫌そうに立っているのはモナさんだ。手に新聞を丸めて握っているあたり、それでセノさんにダイレクトアタックしたのだろう。強い。

頼むから空気を読んで欲しかったよモナさん……。


「それはないよモナ……。地味に痛いなぁ」


「いつも言ってるけど女と店でイチャつくな。迷惑なんだよ。それにほら、店長さんだって困ってるよ」


静かに息を吐きながらモナさんは言った。真面目なモナさんのことだ。どちらかと言えば真面目ではないセノさんにいつも頭を悩まされていそうだ。


「可愛い店長ちゃんを俺に盗られて、嫉妬しちゃった?それとも俺を店長ちゃんに盗られて怒ってんの?」


「後者は絶対にない。というか、調子乗んなよ。お前を明日のスープの出汁にしてやる。店長さんが可愛いのは激しく同意」


「えーと…セノさんもモナさんも落ち着いて下さい…!」


この二人、本当に仲が悪そうなんだよなあ……!例えば、うちのお客さんのクラウズさんとヒロさんは何だかんだで仲が良さそうな雰囲気だ。持ちつ持たれつ、みたいな。しかし、目の前には目の奥が全く笑ってないセノさんと笑顔が引きつっているモナさんしかいない。怖すぎる。このままではバトルが始まってしまう。誰か助けに来て欲しい、そう思った時だった。













「店長……この本で……あってる……のか……?」
















「ビアスさん!その本です!」













何という素晴らしいタイミングだろうか。本を取りに行っていたビアスさんがそこにはいた。私はまだ、神に見捨てられてはいないようだ。有り難い。


「ありがとうございます!ビアスさん!助かりました!」



「……?そうか……良かった。セノ……またモナに……変なことを……言った……のか。懲りない……な」


無表情でぼそぼそとビアスさんが言った。ビアスさんは毎回、この二人が喧嘩した時に仲介しているのだろうか。苦労していそうだ。



「聞いてくれビアス。モナは俺が店長ちゃんとばかり話すから、店長ちゃんに嫉妬してるんだ。モナは俺のことが大好きだから」


「あーはいはい!もうそれでいいから!否定するのが体力の無駄だわ」


「セノさん!言いすぎです!モナさんもムキにならないで下さい!」


……。言ってしまった。大きな声を出したことに驚いたのか、セノさんとモナさんがこちらをじっと見ている。ふと、私ってお客さんだよね?と思った。この店でツッコミスキルが鍛え上げられている気がする。しかも、普段から個性的なお客様が多いからかツッコミを入れてしまう癖がついてしまっている。


静まり返ってしまった店内で、最初に口を開いたのはビアスさんだった。


「セノ……。モナは……お前のこと……嫌っているだろう。それに……モナが……大好きなのは……俺のほう」


「おいっ、そんなことない、自惚れるな」


否定はしたけれど、声はしぼんでゆく風船のようにだんだん小さくなった。彼女はパッと手で顔を覆ったが覆えたのは顔だけだから、髪の毛の隙間から真っ赤な耳が見えた。あ、首まで真っ赤だ。


「店長ちゃん、実はあの二人、付き合ってるんだよ」


ふと、耳元でセノさんにそう囁かれた。少しくすぐったくて、恥ずかしい気持ちになる。と同時に私は冷静になった。付き合ってる……二人が……?とても信じられなかった。今までここにはかなりの頻度で足を運んでいたと思う。しかし、この二人が付き合っている雰囲気は全くなかったしモナさんやビアスさんが浮いた話をすることもなかった。こんな場面は今日初めて見たし。到底、信じられる話ではなかった。


「セノさんの勘違いとかではないですよね?現実味がないと言いますか」


「それは無いと思うよ。キスしてる所見ちゃったから……。偶然、ね」


…………。少女漫画をこよなく愛する私はこの話だけでどんなシチュエーションだったのか気になってしまうし胸キュン、という感じだ……。自分の語彙力が失われてしまう……!駄目だ!

しかし、そんなに都合のいい偶然があるのだろうか。

それに、さっきのだってビアスさんはポーカーフェイスだから分かりにくいだけで、モナさんを揶揄ってみただけかもしれない。それに、モナさんは照れ屋な所がある。だから、恥ずかしくなって赤くなってしまっただけかもしれない。

セノさんが私に嘘をついて楽しんでいるのか、はたまた事実なのか。それは分からないが付き合っていると言われればそう見えるような気がするし、否定されればそれで納得してしまいそうな気がする。まあ、気になるからと言って本人に聞く勇気は持ち合わせていない。ふと二人の方を見るとビアスさんがモナさんに注意していた。



「モナ……セノを……叩いたのは……よくない……。店長と……話したい……気持ちは……分かる……」


「いや!まじで店長さんがやばかったからさ。叩いたのはその……よくないと思ってるよ……ごめんよビアス……」


「なぜ……俺に……謝る……」



……ビアスさんが来たことで何とか話が丸く収まっている。

凄いな……ビアスさん。


「店長……も。危機感を……持った方が……いい。危険は……思うよりも……自分に……近しい……もの。本……どうぞ……」


「……気をつけますね。本、ありがとうございます。」


私まで怒られてしまった。

セノさんと話していただけなんだけどなぁ……。何が危ないんだろう。

なんだか理不尽な気はするもののビアスさんから本を受け取った。


「店長さんも伝記とか、読むんですね」


「普段はあまり読まないですけど…これは少し興味があったので。」


「なるほど!」


その本、面白いですよ、とモナさんは言った。以前話した時にモナさんは伝記が好きだと言っていた気がする。流行りの小説や、漫画が好きな人は多くいるけれども、伝記が好きな人はなかなかいないと思う。私の周りにいる人がそうなだけかもしれないけれど。


「店長……そろそろ……夜の……帳が……降りる……。早めに……帰らないと……危ない……」


「大丈夫です。もう大人ですし」


「ビアスの言う通り危ないよ店長さん。最近物騒な話も聞くしね」


「なら今日はこの辺で。また来ますね」


そう言うと二人は少し悲しいような、哀れむような、慈しむような、そんな表情をしていた。私が帰ってしまうのが余程名残惜しいのだろうか?


「お二人とも、心配せずともまた来ますから!」


「店長ちゃん。君さえよければ俺が家まで送ってあげるけど」


ふっとセノさんが微笑む。先程の熱が戻って来そうだ……。誰だって、好きな人にこう言われたら胸が疼いてしまうのは必然だ。どうして、こんな気持ちになるのだろう。この人といると、どうしようもなく、心がかき乱されてしまう。


「セノ……店長が……困ってる。やめろ」


「えっ、ええと……今日はもう帰りますね!」


失礼します、と言って店を出た。扉のベルの音が綺麗になっている。


逃げるようにして出て来てしまったが良かったのだろうか。セノさんが折角送ると言ってくれたのに。そんなに私は困っているような顔をしていたのだろうか。そうでないならばビアスさんも空気を読んでくれぇ……。全く困ってなかったよ……。うーん。今度店に行った時に謝ろうと思いつつ、勿体ないなと残念に思っている自分に気がついたのだった。


私はセノさんのことがやっぱり好きなんだ。



……好き?本当に……?恋愛感情を?自分は……?抱いて?いるの?



どうして?



何かおかしい気がする。この感情は何なのだろうか。


……。考えすぎか。



セノさんにモナさんにビアスさん。

愉快なお隣さんと、もっと仲良くなろうと思う今日この頃の私だった。そして、セノさんともっと近づきたいと思うのだった。そして、あわよくば……なんて。


そう思ってしまう自分がいる。


ちっとも冷めない顔と浮足立つ気持ちを引き連れて私は家に帰るのだった。




































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