第7話 お客様→天才甘党科学者さん
「店長。俺様のすんばらしい実験が成功したぞ、喜べ」
「ええと、おめでとうございます……」
テンションが無駄に高いヴァイスさんは自他ともに認める天才科学者で、ありとあらゆる研究をしている。そんな彼は常にポケットがパンパンになっている白衣を身に着けているのが特徴的だ。
「店長は大変だな。店を破壊されようともめげずに頑張っている。俺様も見習わなければ」
「見ていたんですか?さっきの……」
「いや、風の噂だ」
私は、このことがもうヴァイスさんにまで知れ渡っていることが純粋に恐ろしかった。先程来店していたクレアさんとモミジさんは想像していた通り壮絶な喧嘩を始めた。ステッキからビームを出す魔法少女とそれに物理で対抗する魔法使いによって私の店は半壊状態になってしまった。
まあ、魔法で直してもらったから問題はないけれど。
もうヴァイスさんの耳にまで入っているという事実が恐ろしい。
「今回は魔法使いが喧嘩を止めたらしいな。星の魔女、だったか……」
「なんかそう呼ばれてましたね。とっても上品な方でしたよ」
戦い方以外は。私は心の中でそう呟いた。
その星の魔女は、日傘を差しながら優雅に現れた。
『クレアさまとモミジさまは、いつもお元気そうで感心いたしますわ』
そう言った後、彼女は空から石のようなものを降らせた。
見事に二人の頭に当たるようにして。
落とす位置は計算しつくされてあったようでモミジさんは気を失っているようで、クレアさんは頭を押さえて痛がっていた。しばらくしばらく地面をのたうち回っていたが突然立ち上がり彼女をギロリと睨んだ。
『もっと加減しろよ!死んじまう!』
『わたくし、お師匠さまにお願いされて仕方なく来ましたの。建物を早く元に戻すことを友人としてお勧めしておきますわ。でないと、クレアさま。星になりますわよ』
その言葉を聞いた途端、クレアさんはみるみるうちに顔が真っ青になって急いで魔法を唱えた。
すると、何事も無かったかのように元に戻っていた。
結局、モミジさんは星の魔女に小脇に抱えられて連れていかれてしまったので商品を渡すことが叶わなかった。
私に二人の喧嘩を止めるくらいの力や迫力があれば、こんなことにならなかったかもしれない。恐らく今頃、クレアさんとモミジさんはお師匠さんに叱られているのだろう。そうなるのを防げたかもしれない。私自身の無力さを痛感してしまう。
「店長。悪いのはあの魔法使いどもだ。深く悩むな」
「え?声に出てました⁉」
「いや、顔に出ていたぞ」
私はそんなに顔に出ていたのか、と驚いたと同時に、ヴァイスさんの鋭い感覚もあるのかなと考えた。
彼は普段、目の焦点があっていなかったりと心配な面が目立つが、時々人の心を読んでいるかのような発言や悟ったような発言をする。その時は不思議と目の焦点があっているのだった。
そんな彼の私を気遣ってくれたような言葉が有難かった。
そんな私を見て安心したのか、ふわりと微笑んで口を開いた。
「今日はな、店長。料理をするためにエプロンを買いに来た」
「……?あの、もう一度お願いします」
「エプロンだ」
……なんで?という言葉が頭をよぎる。
ヴァイスさんは料理には無頓着なはずだ。
三食お菓子でも生きていけるほどの無類のお菓子好き。
それがヴァイスさんだ。
彼が今まで料理の話をしたことは一度もなかった。
「何かあったんですか」
「いや、今度研究所で第一回親睦を深める的な意味で行う部署別対抗ワクワクお料理大会が行われることになってな」
「なんですかそのツッコミどころ満載の大会名は……」
「大会名は所長が付けた。俺様は参加する気はなかったのだが……全員参加らしくてな」
そのような理由があったのか。
だけれどそのためにわざわざエプロンを。
形から入るだけなのかもしれないが慣れないことに挑戦しようとしているヴァイスさんを応援したい。
「ヴァイスさん!任せてください!ヴァイスさんにぴったりなエプロンをご提供します」
頼むぞ店長、という声を聞きながら私は奥の部屋へと向かった。
「俺様にぴったりなエプロンはあったか店長」
「ええ!ありましたよ」
私は胸を張って答えた。
一番手前のクローゼットの中のそれは、ヴァイスさんにぴったりだと思える品だった。私は丁寧に、カウンターの上にエプロンを置いた。
「こちらのエプロンはいかがですか」
「おお」
私が勧めたのはデニム生地で大きなポケットが四つほど付いているものだ。シンプルだが、デニム生地は使えば使うほど味が出るし、これから料理を頑張ろうとしているヴァイスさんにはピッタリではないだろうか。いつも白衣のポケットがパンパンに膨らんでいるからポケットも多い方がいいのでは?と私は考えた。
「シンプルで、長く使えそうだな。お菓子もいっぱい入りそうだ」
満足げに頷くヴァイスさん。
エプロンのポケットにお菓子を入れる人はあんまりいないと思うんだけどなあ。
とりあえず、気に入ってもらえたようで良かった。
「対価はどうします?」
「対価か……。じゃあ、これでも良いか?」
そういうや否や、ヴァイスさんは白衣のポケットの中に手を突っ込んだ。取り出してきたのは大量の飴だった。カウンターの上に飴が山盛りに置かれた。
そうか。
いつもパンパンになっているポケットには飴が入っていたのか。
「苺と蜜柑と葡萄だ。俺様は果物系が好きでな……。手持ちがこれしか」
「大丈夫ですよ」
「ならよかった。店長、今日は疲れただろう。これをやろう。疲れた時こそ糖分だ」
彼はそう言うと私に棒付きキャンディーを差し出した。透明なビニールに包まれカタツムリの殻のように渦巻いているそれは、私に子供時代を思い出させた。
良く父が買ってくれていたっけ。
何だか懐かしいな。
「ありがとうございます。あの、ヴァイスさんはお料理、できるんですか?」
「いや、あまりしたことはないが……。俺様は天才だから頑張ればできるだろう!
それに……」
「それに?」
「アイツのいる部署に負けるわけにはいかんからな!また来るな、店長!」
彼はそう言って店を後にした。
今日は大変な一日だったが、彼の優しさに救われた。
私はそんな彼の新たな挑戦をこれからも応援していきたい。
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