第6話 お客様→そろそろ限界魔法少女さん
「店長さん!例の品を取りに来ましたよ!」
ド派手な音。
原形を保っていない扉。
爽やかな朝に到底似合わない光景。
それを生み出したのはモミジさんだ。
いつでもお人形さんのような服を着ていて、綺麗な髪はいつでもツインテールにセットされていた。
そして、ピンクのハートの宝石の付いているステッキに隣にはいつも謎の生物。ちなみに、謎の生物が話すところを見たことはない。
彼女は、何処からどう見ても魔法少女だ。
実際、魔法を使って扉を破壊して店に入ってくる。
毎回思うのだが、魔法使いは扉を破壊しなければ店に入ることのできない呪いにでもかけられているのだろうか。
「あの、扉を壊さないでもらえます?」
「店長さんごめんなさい!すぐに直しますね!えいっ☆」
ステッキを振りかざすと、扉のあった部分がピンク色の光に包まれた。
その眩しさに、私は思わず目を塞いだ。
一瞬だ。
私が目を塞いだ一瞬の間に、扉は元通りになっていた。
「あぁ、クレアさんもモミジさんみたいに素直に直してくれたらいいのになあ」
「店長さんっ、クレアに直接言いましょうか?ドアを壊さないよう直接身体に教え込んだらいいんですよねっ?」
私は、しまったと思った。
何故だかは分からないのだがモミジさんとクレアさんは犬猿の仲だ。それが良く分かる例の一つとして、二人は相手の名前を聞くたび嫌悪感を露わにしている事が挙げられる。
クレアさんはモミジさんの名前を聞くだけで苦虫を噛み潰したような顔になり、モミジさんはモミジさんでクレアさんの名前を聞くと物騒なことを可愛い声で言うのだった。
「大丈夫です!大丈夫ですから」
私は必死だった。
また前回のような事を引き起こしてはならない。
「そうですか……。クレアなんかのことよりも、店長さんっ!例の品、届いていますかっ?」
「はい。確かにここに」
私は予約品をまとめている棚の中からモミジさんの商品を取り出した。
……。
…………。
…………………。
商品は確かにここにある。
が、本当に、これ、なのかな?
「あの、本当にこの商品で間違いないですか?」
私は恐る恐る彼女に問いかけた。
「うん!これが欲しかったの!バッチリだよ店長さんっ!ありがとっ☆」
そう言い、彼女は私にウインクをした。彼女は随分とこの商品を探し求めていたようだ。私自身もお客様が喜ぶ姿を見るのは嬉しい。
彼女が予約していた商品は、悪魔が作っている恋愛運上昇イヤリングだった。
単に恋愛運を上げてくれるような生ぬるいアイテムではない。
効力としては種族性別関係なく意中の相手に魅了をかけることができるという使用者にとってプラスになる嬉しいものだ。しかし、裏を返せば自分の意中の相手を確実に落とすための道具と言っていい。相手の意思など関係はない。
しかし、この品はそんな使用者だけに都合の良いようにはできてはいなかった。この品は使用者の全魔力と引き換えに効力を発揮する。そのため使用者は魔力を持っている人に限られ、使用しても魔力を失ってしまう。願いをかなえるならそれなりの対価を求める悪魔らしい品だ。
ちなみにこれは、本気で結婚したい人が多くお求めになる商品だが、そのような強力かつ危険な品のため高額で、年齢制限が設けられて売られている。
「モミジさん……。魔法少女、そろそろ引退されるんですか」
私は恐る恐る彼女に声をかけた。
これを聞くのは、本当に恐ろしい。
彼女の目からみるみるうちに光が失われていく。
「店長さん、そろそろね、そろそろ白馬の王子様とか、運命の王女様とかが私の目の前に現れてくれてもいい時期だと思うんですよ。結婚、前提、お付き合い……」
彼女の声は地の底を張っているようだった。
顔は死んでいる。
普段が明るく、可愛らしい声や表情である分、余計に怖さが増していた。
そんな彼女をどうしようかと悩んでいる時だった。
ド派手な音が流れ込んできた。
目の前には、木っ端みじんになってしまった扉と仁王立ちの女性。
まずいなあ。非常に、まずい。
そう思っている私のことなど知る由もないクレアさんは扉を気にせずにずかずかと店に入ってきた。
「店長、ネックレスのお礼に来たぜー、ってお前がいるのかよ。最悪だ。最悪。今日はついてねえな」
「クレアじゃーんっ★久しぶりー!」
クレアさんはあからさまに嫌な顔や態度を隠そうともしていなかった。
その分、モミジさんは笑顔でクレアさんに接しており、大人の対応を見せたように思える。
しかし、それは表面上の話だ。
私はモミジさんの顔にうっすらと浮かんでいる血管を見逃してなどいない。
彼女たちの戦いの火ぶたが切られるのは時間の問題だ。前回の悲劇が脳裏に浮かんだ。あれを、あの悲劇を繰り返してはならない。そうだ、私が止めなくてどうする。二人とも少し興奮しているだけだ。
「あの……お二人とも落ち着いて」
「モミジ、お前さあ、もう魔法少女とかやめろよ。魔法使いとか魔女とか……年相応ってもんが」
「あ?誰が年増じゃ?あ?ぶちかましたろか?」
「あー、そっちの方が俺は好きだぜ。手加減せずにやれそうだからな」
「手加減されるほど落ちぶれておらん。不快じゃ」
これはもう駄目だ。
私の話を聞いていない上に、一応理性を保っていたモミジさんの素が出てしまっている。
まずい。これは非常にまずい。
この二人が鉢合わせてしまうと、いつもこうだ。
この二人の関係に、仲良くという言葉は存在しない。
こうなると、もうどうしようもない事を私は知っていた。そのため、二人に気づかれないよう、そっと店から出た。
「あれ?店長ちゃん、どうかしたの。こんな時間に外に出てくるなんて珍しいじゃない」
「セノさん……」
雑貨屋の隣にあるブックカフェの扉前に、セノさんはいた。一人でいるセノさんは珍しいかもしれない。なぜなら、彼は普段、取り巻きの女の子に囲まれているからだ。賑やかに話す声が聞こえるたび、胸が締め付けられるのは彼には内緒。優しく話しかけてくれて、その度に胸がときめくのも内緒だ。
彼はいつものように優しく話しかけてくれた。取り敢えず、どうしようもない今の状況を彼に話してみることにした。
「また始まりそうなんです」
「ああ、いっつも扉蹴り飛ばす子が入っていったから大丈夫かな、とは考えていたんだ。またか」
セノさんは呆れているようだった。
それもそうだ。
これが起きるのは一度や二度の話ではないから。
「またです。まずいですよ……」
「そうだね。この前は店長ちゃんの店が全壊、うちの店が半壊になったからね。前はブチ切れたビアスが喧嘩に割り込んでなんとかなったから良かったけど」
そう。この前は本当に大変だった。先にクレアさんが来店していて、店を出た時にたまたまモミジさんがいた。そこからお互いに相手を煽り、先に手を出したのはクレアさんだった。そこからは地獄だ。破壊される建物、聞くに堪えない罵詈雑言、それを見て沸き立つ観衆、世紀末世界のような光景。
その地獄を終わらせたのがブックカフェの店員の一人であるビアスさんだった。
いつもは無表情な彼だが、その時は明らかに怒っているように見えた。あの時の張りつめた空気や、動いた人の首を片っ端から刎ねてしまいそうな彼の視線や雰囲気を思い出すと今でも身震いしそうになる。
「あの時のビアスさん、怖かったですよね」
「多分モナに何かあったんでしょ」
「いったい何が……ってこんなこと話してる場合じゃないけど、止めようが無いし……。ああ、今日は、店が破壊されなければいいんですけど」
「魔法のステッキから鉄を溶かすようなビームを出す魔法少女と、関節技とか決め込んでくる完璧武闘派魔法使いが揉めて、店が破壊されない未来が見えないよ店長ちゃん」
「そんなこと言わないでください!そうとは限らないー」
私がそう言った瞬間、店の二階部分が爆発し、大きな音が鳴り響いた。
道行く人がまたか、というようにその場を見ていた。次第に戦いが激しさを増し、野次馬も多く集まってきた。もはや、二人の喧嘩はこの街ですっかり名物となっているのだ。この二人の喧嘩は規模が大きく、建物が損壊するが(損壊しても結局二人が魔法で直してくれる)不思議と怪我人が出たことはなかった。そのため、これは一種の祭りのようなものであり盛り上がるのも仕方のないことであった。
私は考えるのを止めた。
昼からの営業に支障がないことを祈りつつ、セノさんと一緒に、二人の喧嘩を見守ることにしたのだった。
割り込んで止める勇気のある人なんて、私を含め今この場にはいないだろうから。
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