第5話 お客様→紳士的な(皮を被った)悪魔さんと契約者さん

「まだ、開いているかい?」


「ええ、開いてます」


じゃあ、お邪魔するよ、と言って扉を開けたのはクラウズさんだ。いつも物腰が柔らかく丁寧な人、というか悪魔。悪魔はスーツを着るのが基本のスタイルらしく、ほとんどの悪魔がスーツを着ている。角や羽を隠しているので人間とさほど変わらない。まあしかし、クラウズさんのような悪魔は珍しい。良い悪魔は多いけれど、豪快だったり少し粗暴な悪魔がほとんどだ。礼節丁寧で下手に立ち回る悪魔はクラウズさんか、幼いころに助けたあの悪魔ぐらいだろう。私がまだ、そんな悪魔にあまり出会っていないだけかもしれないが……。


「今日は紅茶を買いに来たんだ。苦手な人でも飲みやすい紅茶が欲しいのだけれど、あるかな?」


「苦手な人って、もしかしてヒロさんのことですか?」


クラウズさんがパッと顔を輝かせ、そうだと言うと同時に乱暴に扉が開いた。

クレアさんほど乱暴ではないけれど……。


「いらっしゃいませ」


「ちょっと、僕のこと置いていきましたよね」


「やあヒロ。置いていったつもりはなかったよ」


「嘘つかないで下さい。僕が会計している間にダッシュでここまで来たのなんてお見通しです」


大きなため息が店内に響き渡る。いつも大変だなあ……。

ヒロさんはクラウズさんの契約者だ。悪魔と契約する人は多くいる。悪魔と契約すると、代償と引き換えにどんな願いでも叶えてくれるからだ。まあ、代償は契約者の魂や寿命など物騒なモノらしいのだが……。しかし、ヒロさんの場合好き好んで契約したわけではなさそうだった。店に来るたび、不当契約を結ばされたと話すからだ。ヒロさんの願いが何なのかは皆目見当もつかない上、いつもクラウズさんに振り回されているので何だか苦労している人だなあと思う。


そんなヒロさんに悪態をつかれてもニコニコしているクラウズさん。

メンタル強いな……。いや、ヒロさんを困らせるのが楽しいだけか。

私はそんな二人についていけるよう、口を開いた。


「ええと……。ヒロさんは紅茶、飲めないんですか?」


「飲めないというか、なんかダメなんです。例えば、幼いころから嫌いな物とかありますよね……。僕は葡萄がダメなんですけど。そんな感じです。はっきりした理由はないけれど、嫌いで」


「君はコーヒーの方が好きだよね」


そうですね、とヒロさんが素っ気なく答えた。

ヒロさんはクラウズさんにどこか素っ気ないというか、冷たく接しているように思う。まあ、散々遊ばれているようだから仕方ないけれど。


「とりあえず、紅茶を持ってきますね。苦手な人でも飲めるような」


「ああ。お願いするよ、店長さん」


取りに行こうとした際、僕は飲みませんよ、と言うヒロさんの声が聞こえたが気にしないでおこう……。




「店長さんは酷い人だ……。そんなに、僕をいじめるのが楽しいんですか?こんな悪魔の言うことに耳を貸すなんて」


「こらこら。あまり店長さんを困らせてはいけないよヒロ。それに、君も悪魔なんかと契約しているじゃないか。私はね、君が紅茶が苦手だと知って、面白そ……

いや、私の好きな物の良さを知ってもらいたいと思ってね」


クラウズさん、あんた鬼か……。面白そうと言っていたのが隠しきれてないし。そこは、良くも悪くも悪魔らしいというか。


ギロリと睨んで毒を吐くヒロさんと相変わらずニコニコしていてどこか掴めないクラウズさん。

私はそんな二人を眺めながらカウンターに茶葉の入った缶を並べる。


「どれが良いかな?」


「僕はもう何でも良いです」


「じゃあ、私が決めても文句はないんだね?」


「はあ、もうお好きにどうぞ」


もう何度目か分からないヒロさんのため息が聞こえた。大分疲れているようだ。それに反し、クラウズさんは生き生きとしている。クラウズさんが缶を一つずつ丁寧に見ていく様子をぼーっと見ていた。

クラウズさん、ヒロさんのことを考慮せずに自分の好きなのを選びそうだな。


「これで、いいかい?」


「このフレーバーティーですか?確かに味がしっかりしている方が飲みやすいですよね。どれどれ……」


クラウズさんの選んだ紅茶を見る。

流石クラウズさん。これを選ぶとはお目が高い。


「これは完熟した秋葡萄の紅茶です。芳醇な葡萄の香り、濃厚な甘さと交わる少しの酸味。大変味わい深い紅茶です。しかも、なかなかないレアモノなんです。きっと、ヒロさんも美味しくいただけますよ」


「それは良かった。私は見る目がある、ということかな?」


そう言ってクラウズさんはそっと目を細めた。

クラウズさん、ヒロさんのために真剣に考えていたのか。

だからあんなに丁寧に……。

やっぱりクラウズさんはどこか優しいというか、悪魔っぽくないというか……。


……?

葡萄?

少し前の会話に、葡萄が出てきたような?


そういえば


『飲めないというか、なんかダメなんです。例えば、幼いころから嫌いな物とかありますよね……。僕は葡萄がダメなんですけど。そんな感じです。はっきりした理由はないけれど、嫌いで』


ってヒロさん、言ってたよね?


「クラウズさん……」


「何かな、店長さん」


「葡萄、ヒロさんは苦手ですよね?」


「おや、店長さんにバレてしまうとは。いや、飲んだ時の反応が楽しみで。さぞかし面白そう……、いや、びっくりするだろうと思って。サプライズだよ」


「ちょっと、何もかも隠せていませんし面白そうって言っちゃってるじゃないですか。全く。やはり貴方は最低だ」


「最低、か。悪魔にとっては最高の誉め言葉だよ」


目の前で不敵に笑うクラウズさんは紛れもなく、だれがどう見ても、悪魔だった。

また、ヒロさんのため息が店内に響く。


「もう、僕は帰ります。貴方に付き合っていられないので。店長さん、また来ますね。次は、もちろんこの悪魔のいない時に」


「つれないね、ヒロ。まあ、そういうことなら今日はこの辺で帰るとしようか。せっかく出していただいたのにすまないね。紅茶は次の機会に。また、ヒロと二人で来るよ」


そう言って二人は店を後にした。

なんだかんだ言って結局この店に二人そろって来るので仲は悪くない、むしろいいはずだ。


後日、この二人が契約した時の話を聞いたのだがそれはまた別のお話。





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