第9話『初めての』

「さぁ〜!はりきって作るわよ〜!!」


「は、はい!」


 厨房の少しのスペースとエプロンをお借りして準備万端です!メモはありませんので気合いで覚えます…!


「あわわわ…」


「どうなさいました?ブレイズリーダー。

そんなシンクに隠れて震えるなんて。」


「んぇ!?あぁお前か。いや、もしユムル様が包丁で怪我したら俺怒られるどころじゃ済まない気がして…!極刑になりそうで気が気じゃない!!更には食事メニューを勝手に変えたとバアルさんからも怒られるかもしれないんだぁあ…っ!!」


「あぁ…。(察し)頭ガシガシすると禿げますよ!それに大丈夫なのでは?ほら…」


「ん?」


「まぁ!!お嬢様ったら手際がとっても良いわぁ〜!もう出来ちゃった!!」


「本当ですか!!えへへ、嬉しいです…!」


「後は卵黄を塗って焼くだけよ〜!」


「え?えぇっ!?もう作ったのですかユムルお嬢様!!」


「ひっ」


大声に驚いてしまいましたが、声の正体は少し見ないだけで髪がボサボサになっているブレイズさんでした。


「あ、ブレイズさん。セレネさんの教えが分かりやすくてもう焼くだけです!」


ブレイズさんは驚きの速さで距離を詰めてきた。


「は、早すぎる…!!お嬢様は人間だとお伺いしましたけどもしや魔法を使えるのですか!?」


勢いと圧が凄い…!!


「え、えぇ…と、つ、使えません…よ。」


たじろぐ私の両肩を優しく掴むセレネさん。


「ブレイズちゃん、ユムルお嬢様はね?

しゅぱぱーってお野菜とお肉切って炒めて、しゅぱぱーってパイを包んじゃったの!!

この子凄いわ!人間とは思えない!!」


ほ、褒められているのでしょうか…。


「よく分からないけど手際が良い事は分かりました!な、何故そんなに手際が宜しいのですか!是非御教授願います!!」


 いつの間にか料理人の皆さんがメモを持って集まっていた。ひぇ〜…。お、お話するしか無いのでしょうか…。き、期待の眼差し…喋らねばなりませんね…。


「え、えっと…わ、私…昨日言った通り使用人の真似事をしていまして…。その、急がないと…いけなくて。それで…この速度に…なりまし、た?」


 疑問形になってしまいちらっとブレイズさんを見ると彼は瞬きもせず固まっていた。え、え?

ブレイズさんだけでなく、他の方々も固まっていました。暫くしてブレイズさんが瞬きもせず口を開いた。


「ゆ、ユムルお嬢様…つかぬ事をお聞きしても宜しいでしょうか…?」


「は、はい…。」


「急がなければならない理由って…?」


「急がないとすっごく怒られちゃうんです。それが凄く怖くて…」


理不尽な叱りと暴力が待ってましたからね…。ブレイズさんはまだ瞬きもせず、下を向いて震え始めた。


「そ」


 そ?


「そんな手が震えるほどにお辛い話をさせてしまい申し訳御座いませんでした…。反省と同時にこのブレイズ=ベルゼ、貴女に喜んで頂けるような料理を作らせていただこうと強く思いました…!お前らやるぞ!!調理再開ぃっ!!」


ブレイズさんに返事をし持ち場に戻る皆さん。ど、どうなっているのでしょう…。私の手は震えていたのですかね?気付きませんでした。


「お前ら死ぬ気でやるぞ!!バアルさんに殺されそうになったあの時を思い出せ!!!俺らも切羽詰まったら早くなるかもしれん!!」


バアルさんに殺されそうになった?


「あぁ〜…あのことねぇ〜!」


「セレネさん、何かあったのですか?」


気になってパイの焼き具合を見ていたセレネさんに話しかけた。


「あのねぇ〜?お嬢様が来るちょっと前のご飯でねぇ?ティリア様の特にお嫌いなお野菜をすり潰して形が見えないように提供しようとしてねぇ、お出しした瞬間ティリア様にバレちゃったの〜。」


「何故バレてしまったのですか??」


ふぅ、と小さな息を吐き右手を頬に当てるセレネさん。


「その時、ミキサーが不調ですりおろし器使ってて…。ほら、すりおろし器って素手だと最後がすりおろしにくくなってるでしょう?急いでいたこともあって誰かが面倒くさくなったのかペーストに比べたらちょっと大きめの状態でそのままにしちゃって。その欠片1つでバレてティリア様はお怒りになっちゃって大変だったわぁ…。それで野菜すりおろし担当の子の連帯責任としてバアルさんが調理班皆にお説教。鬼の形相で容赦なく杖で叩きながらね。」


アズィールさんがたんこぶ出来てましたし…お茶会の時も怖かったですし…。バアルさんに怒られるのは恐ろしいですね。


「確かに死にそうですね…。でも…ティリア様がお怒りになるのは少し気になります…。」


「うーん…お嬢様の前じゃあまり怒らないようにしちゃうかもしれませんねぇ〜?気にしちゃうから〜。」


気にする…?


「何故気に」


私の言葉を遮るようにチンッとオーブンが鳴った。


「あ、焼けたわぁ〜!見て下さいお嬢様〜♪」


ミトンを付けたセレネさんが取り出して下さり、美味しそうに焼けたツヤツヤのミートパイが黄金色に輝いていた。


「わぁ…!」


「美味しそうねぇ!!これならティリア様も喜ばれるに違いないですよぉ!!」


ティリア様が喜ぶ…?


「本当ですか??」


「えぇ〜!お嬢様が作った好きな物なんて最高に決まってますわ〜!早速持っていきましょー!」


「え、早速?」


セレネさんは美しい器にパイを乗せて私に持たせた。そして私の手首を掴み半ば強引に扉を目指す。


「ささっ行きましょう!」


「あわわわっ!!」


「俺達も後ほどお料理をお運び致します!」


というブレイズさんの声を背に私は厨房を後にした。


 …


「こっそりとダイニングルームでティリア様をお待ちしましょうね〜!」


 セレネさんが扉を開けて私を通して下さった瞬間、何故か既に座っていらしたティリア様と目が合った。


「「え」」


硬直する私に疑問を持ち扉の奥を覗くセレネさん。


「ん〜?あらまっ!ティリア様じゃない〜!何故もう席に座ってるのかしら〜!」


私たち2人を見て慌てて立ち上がって駆け寄るティリア様。


「ユムルにセレネ!?どうしたのよいったい!アタシを突き飛ばして逃げちゃったユムルがパイ持って一緒にいるってどういう事!?」


「そ、その節は誠に申し訳ございませんでしたっ!」


 土下座したいですがパイを持ってるので頭を下げることしか出来ません!!


「あのね〜ティリア様、ユムルお嬢様がティリア様に作ったのよ〜!!」


「え、あ、アタシの為…?」


期待の眼差しで見つめてくるティリア様に頷いた。


「は、はい…。昨日のお礼と、これからお世話になりますという意味を込めて…それにティリア様のお好きな物だとお伺いしたので…あの、毒とか入ってないので…その、よろ、宜しければ…」


差し出したパイを20秒ほど見つめた後、ティリア様の目から涙が溢れた。…え!?


「アタシ、ユムルに嫌われたかと思ったぁあっ!!良かったぁ…っ!!パイ嬉しいわっ!ベルーーっ!!」


白銀の呼び鈴をこれでもかというくらい振り始めるティリア様。すぐにバアルさんが現れましたが先端が少しとんがったお耳を塞いで眉間に皺を寄せています。


「うるっ…煩い!!バアル=アラクネリアは此処に居ますから!1回呼び鈴をその場に置け!大馬鹿者!!」


「ベル!!見て!!ユムルが作ってくれたのよ!!永久保存よ!!処理を施しなさい!」


怒っているバアルさんをスルーし、興奮気味にパイを渡した。ちょ、ちょっと待ってください!


「えっ永久保存!??私は今食べて頂きたいのですが!!」


「食べたいけどユムルが初めて作ってくれた料理よ!!保存もしたいもの!!ずっと眺めていたいもの!!ニヤニヤしたいもの!!」


「う、嬉しいですが…」


食べて欲しい、そう思った時バアルさんがパイを見て呆れた表情を浮かべる。


「…というか、私に言わず勝手に作られても困ります。こちらはティリア様の栄養管理もしてメニューを考えているのですよ。ブレイズから聞いてませんか?お嬢様。」


「う…」


き、聞いてません…。ですが普通に考えれば分かることですよね…。


「か、勝手な事をしてしまいすみません…。」


「勝手なことじゃないわ。アタシの為っていう意味があるもの。…頂きます!」


「は?あ、ちょっと坊ちゃん!!」


 ティリア様はバアルさんからお皿を取り、魔法か何かで取り出したフォークでパイを切り、その場で口に運んで食べてくださった。

…私が怒られた直後に食べてしまった。

ティリア様は味わうようにゆっくりと噛み、飲み込んで1拍置いたあと、


「お、美味しすぎる…。セレネ、作り方変えた?」


とセレネさんを見た。セレネさんはにっこり嬉しそうに微笑んだ。


「同じレシピですわ〜!私はレシピを口で話しただけでユムルお嬢様が1人で作られたのですよ〜!100%ユムルお嬢様ミートパイです〜!!」


それ私がお肉になっていませんかね?


せめてお嬢様とミートパイの間に“作”を入れて欲しいです…。


「ユムル、お料理上手なのね。ほんっとうに美味しいわ。ねぇベル。」


「…何か。」


腕を組み不機嫌に返事をなさるバアルさんに向けてティリア様は新しく切り分けたパイが刺さったフォークを口元目掛けて突き出した。


「えいっ」


「っ」


ティリア様、凄い速さでしたのにバアルさんは避けられました…!


「ちょっと避けないでよ!ユムルの手作り避けるとか罪よ!!」


「その勢いを口でまともにくらう訳にはいきませんよ普通。殺されかねません。」


バアルさんの返答を聞いた瞬間、真顔になったティリア様はフォークを小さく揺らした。


「喰え、命令よ。」


「畏まりました、頂きます。」


ティリア様が恐ろしく見えたからか命令だからか、右頬に触れる髪の毛を耳にかけティリア様のフォークからパイを食べたバアルさん。

ど、どうなのでしょう…お口に合いましたかね…。


「………」


あぁ、しかめっ面というやつですかね…。

眉間の皺が深くなってます…。やがてバアルさんは飲み込み眉間の皺を無くして私を見た。


「…正直驚きました。ブレイズと大差無い腕ですね。えぇ、吃驚です。人間なのにお上手ですね。」


ほ、褒めてくださっ…たのでしょうか?


「でひょー?ずっとサクサクしてておいひいのよ。」


「食べながら話さないで下さいお行儀の悪い。」


「美味しくてついね。ありがとうユムル。とても美味しかったわ。さ、ユムルも席に着いて!一緒に朝ご飯を食べましょう!

ってそうだ!良いこと考えた!えいっ」


ティリア様が杖を手にして机に魔法を掛けました。すると縦にとても長かった机が一瞬にしてダイニングテーブルに変わった。


「坊ちゃんはまた勝手に…」


「ご、ごめぇん。ご飯食べたらちゃんと戻すから!ユムルとのご飯は絶対こう!対面でお話ししながら食べるの!いっつも1人で寂しかったんだからっ!」


 いつも1人で?ティリア様でもお一人で?こんなにお部屋は広いのに…。

と首を傾げた私を見てバアルさんが小さく溜息を吐いて教えてくださった。


「疑問に思っているお顔ですね。坊ちゃんはこの城の主です。使用人が同じ席に着くことは許されません。私が料理を運び、坊ちゃんは静かにそれを食べる。それだけです。」


「…そう、なのですか…。」


 本来それを“寂しい”と言うのでしょうか。

私はそれが毎日で、料理を運んでくれる人なんて居ませんでした。

だからこそ私とは違って周りに人が沢山いらっしゃるのにおひとりなんて…私とは別の…


「し、失礼致します。だ、誰かとこうやって向き合いながらご飯を食べられるなんて…初めてでどういう顔をすれば良いか分かりませんが…お邪魔致しますね、ティリア様。」


ゆっくりと席に座るとティリア様は少し目を大きくしていた。


「……。貴女は貴女らしい顔をしてれば良いのよ!さ、ベル。ご飯宜しく!」


「……畏まりました。」


バアルさんは一礼し、退出なさった。セレネさんも小さく手を振ってバアルさんの後について行かれた。ティリア様は机に肘を付け手を組み、顎を乗せ私に微笑んだ。


「ユムル、ご飯食べたら御粧しして貴女の元お家に突撃訪問よっ!!」


「………あ。」


忘れてました…っ!!!

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