第8話『朝ご飯を』

「ふぅ、ご馳走様でした。ベルったらアタシの嫌いな物までちゃっかり入れやがって…。」


ティリア様がご機嫌ななめなようです…。

ですが、私に微笑みかけてくださった。


「ユムル、体調どう?」


「お陰様で大丈夫です。」


「なら良かった。食事を見られるって恥ずかしいわね。アタシずっとユムル見てて飽きなかったから嫌な思いさせちゃったかしら。」


腕を組んで気まずそうに目を逸らすティリア様。私は首を横に振った。


「いいえ。恥ずかしかったのは確かですが嫌ではありませんでした。ティリア様のお綺麗な顔を眺めれますし!お腹いっぱいになったのは本当に久し振りでとっても嬉しかったです!」


「アタシも嬉しいわユムル。もっと嬉しいこと沢山しましょうね。これから時間は沢山あるのだから。」


「はい!あ、あのティリア様は歯磨きの習慣はございますか?」


「えぇ、あるわよ。そっかユムルの歯ブラシとか用意しないとね。」


ティリア様は白銀の呼び鈴を鳴らした。


「バアル=アラクネリア、此処に。」


バアルさんが先程のアズィールさんのように跪き現れた。皆さん、ティリア様き呼ばれたらあのようにするのが規則なのでしょうか?


「歯ブラシ新しいのあるかしら?ユムル用にしたいのだけど。」


「確認して参ります。」


バアルさんはシュンッという音と共に消え、数秒で戻られました。速…。


「ございましたよ。」


ピンク色の歯ブラシとコップ、歯磨き粉をティリア様にお渡しするバアルさん。


「ありがとう、下がって良いわよ。」


「は。」


今度は音も無く消えました!不思議です…。


「じゃあ一緒に歯を磨きましょっか!こっちよ!」


ティリア様の後について行き洗面所へ。

私とティリア様を映す汚れ1つないピカピカな鏡と部屋全体を明るく照らす白い光。この城で当たり前になるほどとてつもなく広いです。


「人間が作ったやつだから安心して使ってちょうだいね。」


「はい!」


確かに字が読めます。何故言葉は交わせるのに字は読めないのでしょうか。…それに魔王様であるティリア様と並んで歯を磨くなんて不思議です。背が高くてお綺麗なんて羨ましい…。


「んー?なぁにユムル。まだアタシを見るの?」


「ふ、ふみまふぇん!」


「っふふ…良いわよ減るもんじゃないし。」


笑うお顔も綺麗…見惚れるとはこの事ですね。ティリア様はくすりと笑い口を漱いだ。私も遅れて口を漱ぐ。


「じゃあアタシお風呂入ってくるわ。ユムルはどうする?」


「わ、私は…えーと…どうしましょう。大人しくお部屋に戻りますね。」


「分かったわ。じゃあ、ゆっくりおやすみなさいユムル。」


「おやすみなさいませ、ティリア様。」


一緒に部屋を出て私は左へ、ティリア様は右へ向かった。


 お部屋に入るとお茶会の跡は無く、机の上にはチュチュさんに貰ったオレンジの呼び鈴が1つ。アズィールさんから貰った赤の呼び鈴を鳴らさないように隣に置く。うん、とても綺麗。その後ベッドに寝転がってみた。ふかふか…。床と離れて寝れるのはいつぶりなのでしょう。温かい毛布に包まれるのはいつぶりなのでしょう。ウトウトとした瞬間、私は意識を手放していた。


 …


「何でこんなのも出来ないの!?」


「不味い!!不味すぎるわ!!とても食べれたものじゃない!!」


「アンタを見るだけで気分が悪くなる!!」


「何でお前が泣くんだ!!泣きたいのはこっちだ!!高い洋服に水を零されてるんだぞ!!?」


あぁ、いつもの夢…。冷たい夢…。


「すみません、すみません…。」


いつものように謝ってやり過ごす。

救いなんて無い。ずっと願って叶わないとやっと分かった。私は一生奴隷のまま…。



「お前なんて生まれて来なければ良かったんだ!!」


痛い、痛い。


「お前に価値は無い!!」


辛い、辛い。


「誰のお陰で生きていると思ってるの!!」


私は…私はっ…………私は、


「お前なんて死んだ方が」

 私なんて死んだ方が…



「…!!」


罵声の中に何か別の声が聞こえる…?


「…む…!!…る!!」


よく聞こえない。でも光が見える。なんとなく手を伸ばす。


「ユムル!!」


「っ!!」


ティリア様の声が聞こえ飛び起きた。

ベッドの横には心配そうに私を見ている黒い寝巻き姿のティリア様がいらっしゃった。


「てぃりあ…さ、ま…?」


「あぁ良かった…!貴女静かに涙流して苦しそうだったから心配で起こしちゃった。

ごめ」


「ティリアさま…!」


温もりが、優しさが欲しくて私はティリア様に抱きついた。


「ふぇあっ!?」


驚きの声をあげたティリア様でしたがゆっくりと私の背中に手を回して抱きしめてくれる。


「辛かったわね、大丈夫。もうあんな生活は無いわよ。」


「ごめんなさい、ごめんなさい…っ!」


生きててごめんなさい…っ!


「謝らなくて良いのよ。アタシが貴女を人間から護ってあげるんだから。…ベッドにお邪魔するわよ。」


スリッパを脱いで片手で私を抱え、ベッドの真ん中に移動したティリア様。


「アタシがずっと傍に居てあげる。安心して眠りなさい。」


優しく頭を撫でて下さり、それがとても落ち着く。私はそのまま、そっと意識を手放していた。


 …


「んむ…っ」


熟睡していたはずなのに勝手に目が開き、体が起きろと訴える。


まずい起きなきゃ…っ!!急いで朝の準備しないと怒られる…!!


「きゃっ」


何かに腕を掴まれベッドに戻される。


「ゆむる…?…どこいくの…。」


寝惚け眼の美しい男性…。


「え?…あれ??」


あ、そうでした。ここはティリア様のお城で…ってことは昨日の事は夢じゃなかった…?


「ティリア様…?」


「んー……もう少し…ぎゅってさせて。」


「えぇ…?」


「ほら、アタシの方を…向いて?」


向いてと仰る割には私を転がし、強制的に向き合わされた。


「ひぇ…」


顔が…近い…。


「ふふ……すぅ…すぅ…」


満足そうに微笑んだ後で微睡むティリア様の周りには沢山のキラキラが見える。そして私は今抱きしめられてて…綺麗なお顔が近い。これは…これは…っ!!


「わ、私には…刺激が強すぎますーっ!!」


「うぐぅっ!??」


私は両手でティリア様の体を強く押してベッドから下りて部屋を飛び出した。


「ゆ、ゆむ…っ…鳩尾やられた…っ!!」


「おやおや坊ちゃん、お嬢様のお部屋で何をしてるんですか。」


「ベル…っ…いや…弱い力なのに…鳩尾押されて…くるし…」


「あぁ、もしやお嬢様が眠れているのか心配という建前でお部屋に侵入したのですね?

うーわ変態でございますねー。」


「う、うっさい…!」


 …


「あわわわわわっ」


私は何故走っているのでしょう!!

それは顔が熱いから!だと思います!!

恥ずかしさのあまりティリア様を強く押してしまいました!!嫌われた!!絶対嫌われました!!もうココには居られません!!


「あらあらまぁまぁ。走ったら危ないですよ〜?」


 全速力で走っていた私を衝撃もなく受け止める柔らかい声の女性。私は驚いて顔を見るととても優しそうなタレ目で青髪のふわふわ髪のメイドさんでした。


「あっす、すみません!!すみません!!」


「いいえ〜。でもお嬢様、そんなに走ってどうなさったの〜??」


「あ、え、えと…」


説明しようとしたら彼女は手を合わせポンと叩いた。


「あぁ〜!私ったら自己紹介してないわねぇ〜!私はセレネ=ハルファスよ〜!お料理とか裁縫とかが得意なの〜!何でも言って下さいね〜!」


「は、はい!…お料理?」


「えぇ〜!昨日のミートパイは私が作ったのですよ〜!」


なんと!昨日聞きたかったことが聞ける!!


「あのっセレネさん!昨日のお料理美味しかったです!ご迷惑でなければ作り方のご指導を…」


「まぁ嬉しい〜!良いですよ〜!早速行きましょー!今、調理班が朝ご飯作ってますのよ〜!ついでに一緒に作りましょ〜!」


「え、今からですか!?」


思った以上に強い力で手を引っ張られ厨房へ連れていかれた。


 厨房の中は銀色の大きな冷蔵庫や綺麗な流し場が多くて、壁や床は白いので清潔感があってとても広いですが、同じ白い服を着ていらっしゃる沢山の人で溢れていた。


「わぁ…!」


「ティリア様とユムル様、私達使用人のご飯を作ってくれている班とお昼や夜のご飯の下ごしらえをしている班と別れていますのよ〜!」


広さと人の多さに驚いていると1人の料理人さんと目が合った。


「これはこれはユムル様!おはようございます!」


「お、おは」


『おはようございまぁすっ!!!』


キーンと耳が鳴るほどの声量…1人が挨拶したら全員が挨拶する仕組みなのでしょうか。

挨拶せねば…


「お、オハヨウゴザイマス…。オジャマイタシマス…。」


思えば挨拶なんて私に向けてされたこと無かったな…。嬉しい。


「ユムルお嬢様!」


1人の茶髪男性が小走りで私とセレネさんの前に。


「ど、どうかなさいましたか!?もしかして昨日の料理が不味かったとか!??人間の食料を扱うことがあまりなくて魔族が好む味付けなのが宜しくなかったですか!?それとも別の不満が!?」


勢いが凄いです…!それに不満などありません!!


「ち、違います!!とても美味しかったので作り方が知りたくて!!」


そう言うと男性は驚いた顔を見せたあと、ホッと胸を撫で下ろした。


「良かったぁ…殺されるかと思いましたよ。あ、申し遅れました。私、シェフを務めてさせて頂いてます、ブレイズ=ベルゼと申します。」


「あ、ご丁寧にどうも…昨日からお世話になります、ユムルと申します。」


ブレイズさん、よく見たら後ろで髪を結ばれてらっしゃる…。


「ブレイズちゃん、お嬢様とお料理したいのだけど空いてるかしら〜?」


「えっこんな朝からですか!?」


ご最もです…。お邪魔になってしまうのは嫌です…。


「せ、セレネさん。今はお忙しいみたいですし!またの機会に…」


 出ていこうとしたらブレイズさんが左手をピシッと突き出す。


「あ、あちらが空いてます!よろしければどうぞ!」


「わぁい!ありがとうブレイズちゃん!じゃあお嬢様、準備しましょー!ミートパイはティリア様の好きな物だから作って差し上げるのでしょう?頑張らないと!」


「え…そ、それは…」


シンプルに美味しかったからですが…実はそう、なのかもしれません…。これからお願い致します、と意味を込めても良いでしょうか。でも私なんかの料理で喜んでいただけるか…。


「ふふ、大丈夫、昨日のティリア様を見ていたらユムルお嬢様に首ったけなのがよく分かりましたから〜!恋って良いですわねぇ〜!このセレネ、是非お手伝いさせて下さいませ〜!」


恋…?よく分かりませんが大丈夫と言って下さいました。なのでお願い致しましょう。


「ご指導の程、よろしくお願い致します!」


「はぁい!ではまずはおててを洗いましょー!」


「はいっ!」


私なんか、とまた思ってしまいました。それではチュチュさんとアズィールさんに怒られてしまいます。ティリア様へ美味しいミートパイを!




「え、ミートパイって…(朝から?となると今日のティリア様の栄養メニューがなぁ…これでバアルさんに怒られるの俺なんですけどぉ…。あの方の口からブレイズのブの字も聞きたくない…。)」

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