第7話『幸せな満腹』
ティリア様に手を引かれ舞台を下りると、給仕さんが何も無いお皿を持たせてくれた。
「ベルが沢山料理を作っていいって言ってくれたから張り切って作ってもらったの。ユムルの好きな物が見つかると良いけど。いっぱい食べてね、ユムル。」
「あ、ありがとうございます…。」
微笑んで下さったティリア様から視線を目の前に動かすと、使用人の皆さんが目を輝かせながらトングを持っていた。全員女性、メイドさんです…。
「えっ…とぉ…。」
「ユムル様!ティリア様からお話伺っております!是非沢山お食べ下さい!!」
と1人のメイドさんが私のお皿にお料理を乗せると他の方々も乗せて下さりあっという間にお皿に料理の山が出来ました。
「あ、ありがとうございます…。」
こんなに食べられますでしょうか…。
「フォークです!どうぞ!」
わぁ…ピカピカの銀食器…!凄い手入れが行き届いてます…!
「っふふ。銀食器はベルが手入れしているのよ。だからいつも傷1つ無いの。ほら、それで食べてみなさい?」
ティリア様に勧められ1番上のパリパリに焼かれた美味しそうなチキンにフォークを刺し、口に入れる。
「…!」
パリパリなのに柔らかい!美味しい…!噛めば噛むほど味が出て…ずっと噛んでいたいです!
「っふふふふ…」
ティリア様が顔を背けて手で口を押えていらっしゃいます。
「?」
「いえ、ごめんなさい。貴女がとても美味しそうに食べるものだからつい。そんな顔も出来るのね。」
「!は、はしたなかったでしょうか!!すみません!!」
「そんな事一言も言ってないのだけど。美味しそうに食べる貴女が可愛くて。っふふ…!もっとその顔をアタシに見せて。ほら、アンタ達も食べなさい。そんなに見てるとユムルが落ち着いて食べられないわ!」
メイドさん達は私を温かい目で見ていたらしく、ティリア様に言われても料理を食べながら微笑ましいと言わんばかりのお顔で私とティリア様を見ていた。…何でしょうその目は…。
「ユムルさまぁ!これ食べてみて下さい!はい、あーん!」
チュチュさんから満面の笑みで差し出されたら食べるしかありません…!
「あー…むっ」
こ、これは……甘い!柑橘系のクリームが使われたケーキですね…!
「どうですか!美味しいですか??」
まだ口の中にケーキが残っていて話せないので数回頷くと彼女は笑顔を輝かせた。
「やったぁ!!これ、チュチュの大好きな物なんです!」
「そ、そうなのですね!とっても美味しいです!」
「やりましたー!主さっ…ま?」
ティリア様、またも固まる。よくお固まりになるといいますか…何といいますか。どうなさったのでしょう…。
「アタシもアムルにあーんってしたい…!」
「へぇっ??」
自分の喉からとは思えない変な声出ました。
「貴女自分の可愛さ分かってんの?は?小さな口でそんな……そんな…っ!アンタ達!持ってきなさい!」
とメイドさん達に指示を出し、皆さんがお皿に様々なお料理を盛り付けてきた。メイドさん達は列を作り、1人1人ティリア様にお皿をにこやかに差し出す。受け取ったティリア様はフォークで料理を刺して私に向ける。
「さ、ユムル!あーん!」
こ、断る訳にはいかない…!
「あ、あー…むっ」
ミートパイです…!サクサクしてて美味しい…!作り方気になります。聞いてみたい…!
「ティリ」
「美味しい?」
「は、はい!あの」
「良かったわ!次コレよ!はい、あーん!」
聞く耳持たず!!しかもずっと見ておられる!!恥ずかしい…!!しかし我慢です…。
「あ〜…むっ」
「美味しい?美味しい?」
「お、おいひいでひゅ…。」
口の中が無くなるとティリア様は次を差し出して終わりが見えず、とうとうお腹がいっぱいになりました。満腹とはこんなにも苦しいものでしたか…!十数年ぶりの満腹感…苦しい…。全て美味しくて幸せの苦しみ…!
「あら?もういいの?全部アタシの好きな物なのだけど!」
「…」
喋ると出てきてしまいそう…。かと言って首も振れず…。
「ユムル?どうしたの?」
「坊ちゃん…まさかその皿の量は全てお嬢様の腹の中に入っているのですか?」
バアルさんの声です…。ちらりと見ると青筋を立てているバアルさんの姿が。
「え?そうよ、だって可愛いんだもの〜!」
「こんの…大馬鹿者が!!」
怒声の後、先端に蜘蛛の銀細工が輝く黒く細身の杖を顕現させてティリア様の頭をスコーンッとフルスイングで叩いた。はわわ…!
「いっだぁっ!!?何すんのよ主に向かって!!」
「ぁ?お嬢様の事を大切にしたいとか言いながら中身から壊そうとした大馬鹿者への躾です!」
「はぁ!?」
「いくら1口で食べられる大きさとは言えど人間の女性の食事量を超えております。中には例外の方が居るらしいですが顔色を見る限りそれはありえない。魔族は沢山食べるという常識を人間に押し当てた貴方がお嬢様に無理をさせたのですよ。」
「えっ!?そうなのユムル!!?」
間違ってはおりませんがティリア様の為に首を横に振る…!
「う…っ!」
やばいです…首を振ったらこみ上がってくる…!
「ほら見なさい。」
バアルさんはそんな私を見て使用人さん達に指示を出す。
「貴様ら!料理を残したら仕事量を倍にするから覚悟しろ!!坊ちゃんの分はこちらで取り分けて後ほどお持ち致しますので責任持ってお嬢様の介抱を。良いですね。」
怒るバアルさんにしょんぼりとするティリア様。ティリア様は悪くないのに…!
「はぁい…ユムル、抱えていいかしら。」
ゆっくりと頷くとティリア様もゆっくりと私を抱き上げて下さり、その場を後にした。
「うぅ…ごめんねユムル。食べてる貴女が可愛すぎてつい…。魔族って大食いなのね。あのユムルの量の倍は平気で食べちゃうからアタシの感覚おかしかったわね。ごめんなさい。取り敢えずアタシの部屋で休んで。その方が介抱出来るわ。」
てぃ、ティリア様のお部屋!?あの広いお部屋!?お、落ち着きません…!しかし話す事も首を振ることも厳しい私はそのままティリア様のお部屋の大きなベッドへ。
「そのワンピースはまた今度着て頂戴?よいしょっ」
ワンピースはチュチュさんから頂いたピンクのワンピースに戻った。
「食べてすぐ寝転ぶのは良くないって言ってたから枕をクッション代わりにして座らせちゃったけど大丈夫かしら?」
心配そうなティリア様にゆっくりと頷く。
「良かった。無理はしないでね?あ、お水欲しいわね。」
そう仰ったティリア様は赤いベルを鳴らす動作をする。音が全然聞こえません。
私、耳聞こえなくなったのでしょうか!?
ティリア様が鳴らす動作を止めた瞬間、彼の足元に赤髪の男性が跪く体勢で現れた。
「アズィール=ヴァプラ、此処に。」
アズィールさんです!
「…アズィール、アンタって人は…アタシを誤魔化せると思ってんの?」
ティリア様は右足のお靴でアズィールさんの顎をくいっと上に向ける。口をもごもごと動かしているアズィールさんのお顔 (真顔)が見えた。
「主の呼びつけに物を食っている奴があるかしら!?」
「何分急でしたので…」
図太いですねアズィールさん。そんな彼を見たティリア様は右手で前髪を掻き上げて溜息を吐いた。
「っはぁ〜〜無礼講って言ったのアタシだったわ。今日だけよ?ユムルの前でもやったら承知しないんだから。」
「はいっ!して、何用でしょう?」
「ユムル用の新しいカップに白湯を入れて持ってきて頂戴。」
「畏まりました!」
バアルさんのように消える事はなく、サッと立ち上がって走ってお部屋を出られた。
去っていくアズィールさんを見た後、ティリア様は扉を閉めて私の方へ。私、座って居たからか少し楽になって話せるほどまでになりました。
「ごめんねユムル。あの子肝っ玉凄いのよ。アタシにやるとはいい度胸だわ。」
「でも許したティリア様はお優しいのですね。」
「当然よ。アタシは皆から好かれたいの。愛して欲しいの。それ相応の振る舞いを心がけているわ。…ユムルにはしたないところ見せてあれだけど。」
「はしたないところ、ですか?」
「靴の先でアズィールの顔上げたでしょ。」
「あ、あぁ…。驚きましたがアレはアズィールさんも…あのー……」
「あら、アタシに味方してくれるの?」
「うーん…味方ですね。」
「まぁ嬉しいわ。」
ティリア様のお靴、黒くて飾りがないシンプルなデザインですが惹き付けられる…。
「そのお靴、ティリア様にとてもお似合いです。」
「本当?これは特別な日だけ履く靴なの。これくらいヒール高いの普段はあまり履かないからこの靴ともう1つくらいしか無いわ。」
「もう1つ?」
「アタシが魔王として振る舞う靴よ。先代…パパね、身長が2m以上あってね。アタシは189cm。パパ、スタイルと顔だけは良くてね。見た目だけは少しでも近づこうと思ってこの高さ。」
先代様、大きいのですね…!
「けれど今日思ったの。大きすぎてユムルと不釣り合いになるのは嫌。魔王の威厳よりユムルの顔をもっと近くで見たいもの。」
そう言いながらティリア様は雑に靴を脱ぎ捨てベッドへ。
「いつもこうやって近くでお話したいわ。立っているとヒールを高くした分、ユムルとの距離が離れちゃう。それは嫌。ユムルも見上げて首が痛くなっちゃうし。」
「私は平気ですよ。下ばかり向いて居たので寧ろ良いかもしれません。」
「…そう?…なら良いのかもって思えちゃうわ。」
「はい。ティリア様なら何を履いてもお似合いですよ。絶対に。」
「ユムル…」
「入るなら今な気がするんで失礼致します!!」
とアズィールさんが扉を開けた。
「ちょっと!!ノックくらいしなさいよ!」
「だってずっと良い空気だったじゃないですか!壊したら俺が怒られるでしょう!?区切りを探していたんですよ!!」
怒っているアズィールさんの頭に大きなたんこぶが。先程は無かったはずですが…。
「だ、大丈夫ですか…?それ。」
私が恐る恐る指をさすとアズィールさんはパッと笑って
「いやー若様に呼ばれた瞬間に肉を口に入れたばかりでして。若様待たせる訳にはいかないと思った俺はそのまま若様の元へ向かったのです。ほんの一瞬だったのにも関わらずバアルさんがそれに気付いたみたいで、白湯を入れてる最中に背後から蜘蛛の杖でスコーンッと。」
ティリア様と同じ…痛そう…。あれ?
「チュチュさんお風呂場で凄い音が鳴ったのにも関わらず無傷でしたが…ハッ!まさかバアルさんに余程の力で…!?」
ティリア様の頭にたんこぶはありませんがアズィールさんにはある…やはり…骨に異常が出ているかもしれません!!しかしアズィールさんは高そうな机にティーポットとソーサー、その上にカップを置きながらヘラヘラと笑っていました。
「っはは!やっぱりチュチュ、転びましたか。アイツ元々ティリア様程では無いですが頑丈なんです。使用人の中でバアルさんと張るくらい。だから大丈夫なんです。俺は普通ですからね!暴力反対!」
「アンタがベルを怒らせるからでしょう…。もう良いわ、さっさとご飯食べてきなさい。」
「はいっ!ユムル様、若様がすみませんでした!何か有ればまたお呼び下さい!…ってそうだった。俺の呼び鈴渡してませんでした。はい、どーぞ!」
何故か自分の呼び鈴を投げたアズィールさん。
「あわわっ!」
何とかキャッチ出来ました!
全体が朱色に輝く、悪魔の羽根のデザインが綺麗な呼び鈴です。
「ひぃーうるさっ!でもナイスキャッチです!」
「アズ!女の子に投げて渡す奴が居るかっての!!」
え、ティリア様もチュチュさんに投げてませんでしたか?鍵を。
「すみませんでしたっ!では失礼致します!!」
アズィールさんは慌てて部屋を出ていった。
「ったく…いつも逃げ足は速いのよねぇ。ベル、もう良いわよ。」
バアルさん?でも何処にも…
「はい、お食事をお持ち致しました。」
目の前に瞬間移動してこられた!!
「ありがとう。終わったら自由解散してちょうだい。ちゃんとアンタも食べるのよ。」
「は。坊ちゃんも反省しながらお召し上がりくださいね。」
にっこりと微笑みながら消えるバアルさんに震えるティリア様。
「反省してるっての。」
「私に構わずお召し上がりください。今度は私にティリア様の可愛らしい所を見せてください。」
「…貴女、案外根に持つタイプかしら。」
「?そんな事は無いと思いますが…」
「あらやだ無自覚なのね。ふふ、怖い怖い。」
ティリア様は私の顔が見えるようにと椅子を動かしてお食事を始めました。
「…ユムル、恥ずかしいからあまり見ないでほしいのだけど。」
「嫌です。見てます。」
「…ハイ。」
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