第6話『歓迎を』

「うん!やっぱ予想通りユムルはピンクのメイクが似合うわぁ!黒とピンクって最強よね。

黒って何色でも活かしちゃうんだから最高の色よ!」


「最高の…色。」


ドレスの丈を短く変えてワンピースにして頂いたこの服に指先で触れる。肌触りの良い優しい生地です。


「えぇ!ユムルとアタシを引き立たせてくれる色よ!勿論差し色あってだけどね!」


黒色は絵の具の中で白以外の色とはあまり混ぜられない寂しい色だと思っていました。

二度と鮮やかに戻れない、戻さない色。

でも、そのような考え方があるのですね…。

勉強になります。


すると扉の奥からバアルさんの声が聞こえました。


「坊ちゃん、ユムル嬢、パーティーのご用意が出来ました。メインホールへお越しくださいませ。」


「はーい!今行くわー!さ、行きましょユムル!

まだユムルを見ていない使用人達に貴女を早く自慢したくて堪らないの!」


無邪気に笑ったティリア様は私の手を掬い上げます。


「行きましょう、お姫様!」


「お姫様…?」


私が…?


「えぇ!」


「恐れ多いです…。」


「えぇ!?良いじゃないお姫様!

女の子皆1度は憧れるものだと聞いたわよ?」


「憧れ…ました…けど」


家で私は憧れを抱いてはならないと思い知りました。ですがティリア様は私の顔を真っ直ぐ見てくださる。


「けどじゃないわ。アタシは泣く子もこの美しさで黙らせる魔王様よ!王様なの!

その王様が見初めた貴女はお姫さ……ま……。」


ティリア様がゆっくりと固まった。


「ティリア様…?」


「アタシ今、超恥ずかしい事を口走った気がしてならないのだけど…!!?」


口を手で押えて顔を真っ赤にさせるティリア様。


「そんなことありませんよ。

とてもカッコよかったです!」


「うぅ…どうせなら言い切って平然としていれば良かった!!〜っ仕方ない、早く行きましょ!

アタシがエスコートしてあげるから!」


「は、はい!」


私の手を握る力がほんの少しだけ強くなります。

手袋越しからでも伝わる温かさ。

体感出来るのが嬉しくて、つい私も握り返してしまいました。


「!っふふ…」


「ティリア様?」


「なーんでもない!行くわよ!」


私の歩幅に合わせて下さるティリア様と特に会話もなく廊下へ。


「あ、階段ね。ユムル止まりなさい。」


「は、はい。」


私から手を離したティリア様。

少し寂しく思っていると身体が急に浮きました。


「!?」


体の左側面が温かい…!目の前にはティリア様の綺麗なお顔。結構近い距離…。

こ、これはもしや…お姫様抱っこというやつでは…!


「靴、落とさないようにね!」


ティリア様は階段を足で下りる事無く、

ふわりと浮かび上がり、空中を飛んで移動した。


「わぁ…っ!」


ティリア様が飛んでます!


「チュチュとお部屋に行く時は歩いていたでしょ?あの子飛ぶの苦手でね。

苦労かけたわね、ユムル。」


「い、いえ!お話出来て楽しかったです…!」


「あら、満点の回答ね。」


ティリア様が飛んで通った道には沢山のお星様のようなキラキラがありました。

魔王様というより…妖精さんみたい…。


「どうしたの?」


「あ、いえ!何も!すみません!」


「何でそんな言葉を区切るのよ、面白いわね。」


「すみません…。」


「ふふ、謝る理由も謎だわ。」


一際豪華な装飾が施された白く大きな扉の前でティリア様は止まった。扉の両端に男性の使用人さんが2人。


「ありがとうございました、ティリア様。」


お礼を告げ、降りようとするもティリア様は離してくださらない。


「降ろさないわ。」


「エッ」


「これが貴女とずっと近くに居られると気付いたの!だからこのまま一緒よ!」


「えぇっ!?」


ティリア様は言葉通り、私を抱えたまま使用人さんが開けて下さった扉の真ん中を堂々と通ります。す、凄い拍手喝采…。

会場はキラキラでとても広い…!

天井の明かりが特にキラキラしてて周りが黄金に見えてしまうくらいです…!いくら手を伸ばしても届かなそうな距離感、凄いです…!

お料理も凄く美味しそう…!


でも当たり前なのですが人が多い…。

少し、怖い…。皆、私を探るような目…。

拍手をしながら私を見ている。

…今日急に現れて綺麗なワンピースまで着て王様に抱えられているなんて…普通おかしいですものね。

おかしいと言われたり嫌悪の目で見られることに慣れているはずなのに…ティリア様、チュチュさん、アズィールさん、バアルさん…皆さんの優しさに少し触れただけで、嫌な事に対する慣れが無くなってしまった。


「…っ」


あぁ、手足が冷たくなってきました。ティリア様が優しく抱えてくださっているというのに。

震えが…。


「ユムル、大丈夫。

何があってもアタシが守るわ。」


力が込められたその手の温度が背中に伝わり、

不思議と震えが止まりました。


「…ティリア様…」


ティリア様は会場の1番奥にある舞台へふわりと飛んだ。そして私をそっと下ろし、左手で私の右手を握って下さいました。沢山の声でざわめく会場。…私の事をお話されてるのでしょう。


悪口なのでしょう。俯く私にお気付きなのか右手に力が加わる。ついティリア様を見ると私に微笑みながらマイクのスイッチを入れ、息を吸う。

そして、


「お黙りなさい。」


ティリア様のその一言で会場がしんと静まり返り、一瞬冷たく感じたティリア様のお顔はパッと笑顔になりました。


「貴方達、アタシの急なお願いに応えてくれてありがとう。このパーティーはこの子、ユムルの歓迎パーティーよ!今日拾った人間なの!」


人間、という言葉に空気が凍りつきました。


「人間でこんな可愛い子見たことなくって拾ったの!そしたらとんだいい子ちゃんだったわ。」


いい子ちゃん…?私が?


「今日からユムルはアタシの本当に大切な物。

絶対命令よ!これからはこの子にもアタシと対等に接しなさい!」


…私、ティリア様の所有物だったのでしょうか。

物で構わないのですが…。


「中にはユムルの事をよく思わない子が居ると思うの。でもこれはアタシの命令、断りは死を意味する。もしユムルに悪事を働くという可哀想な思考の持ち主には…」


少し間を置き、息を吸う音が聞こえて告げる。


「この世界から消えてもらうわ。」


静かな怖い声で一瞬で冷たい圧が辺りを支配しました。


「アタシに隠し事なんて出来ない。

企ててる時点で極刑、一瞬でなんて殺してあげない。痛みに悶絶しながら1ヶ月後に死んでもらうわ。…分かったわね?」


場が更に凍りついた中、

深々と頭を下げて返事をする皆さんを見てティリア様は先程の圧を全く感じさせない笑顔で


「いい子達ね。」


と仰った途端、

場の冷たさが無くなり男女問わず何人かが倒れました。………倒れました!?


「いつもアタシの事を美しい、好きって言ってくれる子達よ。熱烈なアタシの信者と言えばユムルにも分かりやすいかしら。」


「よ、よく分かりました…。」


ティリア様の笑顔に心を打たれた、ということですね。


「はい、じゃあその子達は放置して…」


放置するのですね…。


「んんっ!ユムル。ティリア=イヴ=ヴィランローズを始め、此処に居るアタシの配下達は貴女を歓迎するわ!貴女はもうアタシ達の家族よ!」


その言葉が発せられた瞬間、皆さんが床までが振動するような歓声を上げてくださった。


「かぞく…」


「えぇ、今日からアタシ達が貴女の家族。

アタシと使用人は勿論血は繋がってないけど家族だと思っているくらい絆があるの。

ユムルともその絆が今繋がった。」


「…」


何と言えばいいのでしょう。

嬉しいだけじゃ言い表せません。

言葉よりももっともっと嬉しい。

今までの家族とは違って…

優しい方達と一緒に居られる、のですね…。


「あ…りがとう…ござ…ます…っ!」


「ユムル。」


拭っても溢れる涙を止めようとしているとティリア様に抱きしめられました。


「貴女が嫌だと言うまで…一緒に生きる意味を探し続けて、アタシの隣で心の底からの笑顔を見せてくれない?」


「…っ…わたしで、よ、ろしいのですか…」


「貴女が良いから言ってるのよ。

お風呂場でも言ったような気がするのだけど。

逆にユムルはアタシで良い?」


優しい笑顔に涙がもっと溢れてしまいます。


「……てぃりあさまが…っ…いいです…!」


「その言葉が聞けて嬉しいわ。」


抱きしめられるなんていつぶりでしょう。

初めてかもしれません。温かくて心地良い。

泣き止むと周りの音がちゃんと聞こえるようになって拍手が恥ずかしいですが…。


「そういう訳だから!…男ども。」


私を抱きしめたままティリア様はマイクで話していますが…急に声が低くなられました。


「ユムルに恋愛感情持ってみなさい…?

極刑の期間をうんと伸ばしてあげるから。」


男性の皆さんが肩を震わせ慌てて敬礼をされた。

女性の皆さんはすっごい笑顔でこちらを見てらした。あ、チュチュさんが手を振っていらっしゃいます。

小さく手を振ると満面の笑みを見せてくれた。


「ユムル、何か言いたいことあるかしら。」


言いたいこと…私の事を伝えなければ。

そう思ってマイクの前に立った。

ティリア様は気を遣って下さり、舞台の後ろへ。


「えっと……初めまして、ユムルと申します…。」


あぁ、なんと言えば良いのでしょう。


「本当にさっき、森でティリア様に拾って頂き、手厚くもてなして下さっただけでなく、こんな私を家族だと仰って下さいました。」


皆様の視線は怖いですけど、言葉が勝手に出てきます。


「そんな優しいティリア様、

チュチュさん、アズィールさん、バアルさん、

こんな素敵な会場の準備をして下さった皆さんと

お会い出来て本当に嬉しいです…。」


紛れもなく、全て本心。


「えっと…私…拾って頂くまで使用人さんの真似事を行っていました。真似事でも毎日大変でした。」


家での記憶が蓋をしても溢れ出てきて手が震えてしまう。


「み、皆さんは本職。大変さはアレの比にならないはずです。ですから、私が気に入らないというお方はどうぞ虐げて下さい。」


「ちょ、ちょっとユムル??」


「ティリア様にも誓って絶対に言いません。」


「はぁあっ!??」


あぁ、ティリア様がお怒りです…。

急がなければ…。


「私を虐げることで皆さんの心が救われるのなら

構いません。私は居候の身なのですから。」


「ユムル!!」


ティリア様の手が伸びて…でも…!


「っバアルさん!私まだお話したいです!」


「畏まりました。坊ちゃん、失礼致します。」


思いつきで呼ばせて頂いたのにバアルさんは瞬間移動で舞台に来て下さり、ティリア様の後ろから両脇に手を入れます。


「んなっ!?ちょっとベル!!

はーなーせぇーっ!」


「他でも無い坊ちゃんの大切な物であるユムル嬢、いえ…お嬢様のご命令なので。」


「バアルさんありがとうございます!

すみませんティリア様、お叱りは後で受けます!」


「ぐぬぬっ…」


すみませんすみません…!


「えー…とっ…ティリア様に隠し事は難しいかもしれませんが、怒られるまでは心が救われるはずです。こんな私でも誰かの役に立てるのなら、

それが虐げられることでも構いません。」


これは全て私の本心なのです。


「人間の私を受け入れて下さる方が多いとは思えませんので…せめてそれくらいはさせて下さい。」


「…。(お嬢様は怒られるという事が死刑…直接的な死を意味するということをこの数分でもうお忘れになられたのか…。それとも分かって言っているのか。後者だったら面白い方だ。

興味が湧いた。)」


バアルさんの視線が背後から刺さります…。


「坊ちゃん、いっそう頑張らねばならないようですね。」


「ユムルに手を出したヤツ全員殺す…いえ、手を出す前に殺す…!そんな奴なんて家族じゃないわ…!」


「お嬢様にそのようなお顔とお言葉とオーラを魅せて宜しいのですか、坊ちゃん。」


「ダメに決まってんでしょ、一瞬で取り繕うわよばーか。小声でしかもアンタじゃなかったらこんな風にボロ出さないわよ。」


「それはそれは。ほら、ざわめいた場が静まってしまいましたよ。」


わ、私…良かれと思ってお話したのに…

場が静まってしまいました…!!

どうしましょう!


「ティリアさっ…ま…」


ティリア様を抑えるバアルさんの手が…2本増えている…?両脇に入れてる両手、腰を抑える両手、立っている両足…。やっぱり腕増えてます…。


「あぁ、お嬢様にはまだお伝えしておりませんでした。私、蜘蛛の悪魔なので腕が4本あるのです。」


「蜘蛛…」


い、いえ。今は驚いている場合ではなく…

この空気を何とかしないと


「ユムルさまぁー!チュチュはユムル様がお優しくて一瞬で好きになりましたー!!虐げるなんてぜっったいにしませーん!!」


「ちゅ、チュチュさん…!」


「俺もでーす!!てか女の子に手を出すとか考えらんね。ユムル様の事、俺も守らせてくださぁい!」


「アズィールさん…!」


お2人は私に手を振って下さった後、

1回の跳躍で軽やかに舞台へと登ってきた。


「バアルさん、

勝手に主と同じ舞台に上がるのは許してっ」


というアズィールさんに小さな溜息を吐くバアルさん。


「…許します。」


アズィールさんはバアルさんの許可を得た瞬間、私からマイクを優しく取りました。


「っしゃ!いいかお前ら!!人間もクズな野郎ばかりじゃねぇ!この方は良いお方だと俺の心の底が言っている!!てかいい人だ!確定!」


キーンとマイクが高い音を出しています。

いい人…そう思われるにはまだまだだと思うのですが…。


「皆もユムル様とお話すると好きになっちゃうから気を付けてね!!まぁ?

お世話係の最初の座はチュチュだけですが!!」


チュチュさん…。


「「と言うかユムル様に手を出すやつはティリア様の前に (俺/チュチュ)が許さないけど!」」


言葉が、出ません。


「バアル、アンタからも。」


「坊ちゃんは宜しいのですか?」


「…後で言う。」


ティリア様を解放したバアルさんはアズィールさんが差し出したマイクを手に取りました。


「貴様ら、ユムル様に…第2の主に手を出そうとした馬鹿で勇気のある屑は、少なくともティリア様を含め4人を敵に回すと足りない脳で考えよ。楽に死ねると思うな。」


黒いオーラが…!圧が凄いです…。

4人?ティリア様とチュチュさん、アズィールさん…それと…バアルさんでしょうか?!


「バアルさんいい空気台無しになりましたよ。」


「おやアズィール。良い空気でしたか?

ま、別に関係ありません。坊ちゃん。」


バアルさんに呼びかけられ、バアルさんの手によって再びセットされたマイクの前に立たれたティリア様。


「…分かった?この子はまだ話したことも無いアンタ達の為に自己犠牲を厭わない強い子なのよ。」


強い子…?私がどうして強い子なのでしょう?


「アンタ達もこの子に関わればアタシが大切にしたい気持ちが分かるはず。死にたくないなら邪な考えは無くす事ね。さぁ皆、ユムルに最敬礼を!」


 〈〈ユムル様、万歳っ!!〉〉


「ひっ」


びっ…くりしました…。

皆さんの空気や顔が温かくなりました。

み、認めて貰えたのでしょうか…。


「「これから宜しくお願い致します!ユムル様!」」


アズィールさんとチュチュさんが両腕をぎゅっとして下さりました。するとティリア様から怒号が。


「チュチュは良いけどアズィールは許さないわよ!!」


「何でですかぁっ!?」


「後で絞める。さぁ、皆!今夜は無礼講よ!

ユムルの為にも沢山食べなさい!」


こうして、私は認められ(?)パーティーが開かれました。

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