第5話『沢山の表情』

バアルさんがお怒りです…。わ、悪いのは誘った私…お2人は悪くないという事を伝えなければ!


「あ、あのっバアルさん」


「お嬢は席から動かないで下さい。

私はこの2人に問うているのです。」


萎縮してしまうほどの冷たい視線を受けてしまった。


「でも…」


食い下がろうとしたけれど目が怖くて言葉が出てきません。


「何があろうと使用人という立場である事は変わらない。そうでしょう、アズィール、チュチュ。」


「「はい…すみません…。」」


悲しそうに頭を下げるお2人。

原因の私は何もしてあげられません…。

どうにかしようと策を考えていると、バアルさんが私をちらりと見て大きな溜息を吐いた。


「…はぁあぁ…。

本当はもっと小言を言うつもりでしたが坊ちゃんが今夜はパーティーで無礼講…と仰ったので次にとっておきます。」


え…?バアルさんは眉間を右手の親指と人差し指で押さえていらした。


「坊ちゃんがほんっとうに煩いのでね。

えぇそりゃあもう。本当に。」


私何も言っていませんが…。


「…手が空き次第直ぐに来ること、呼び鈴を鳴らしたら即座に飛んでくること。いいですね。」


「「は、はい!畏まりました!」」


「そして食べ過ぎは厳禁です。わざわざ人間界まで行って貴女の為に食材を買ったのですからね。私の苦労を無駄にしないで下さいませ、ユムル嬢?」


それはつまり…許してくださるということです…?


「は、はい!ありがとうございます!」


勢いよく頭を下げるとバアルさんはまた溜息を吐く。


「勘違いしないで下さい。全ては私が坊ちゃんに文句を言われないようにするためです。

私は暇ではありませんので失礼します。」


と足早に去っていってしまった。

チュチュさんとアズィールさんは背中を合わせて座り込みます。


「「はぁ〜…怖かったぁ…」」


「だ、大丈夫ですか…?」


心配で声をかけると2人は私に笑顔を見せてくださる。


「大丈夫です!慣れてますから!

でもバアルさんからチュチュ達を守ってくれようとしたこと、とっても嬉しかったです!」


「そーそ!ユムル様が口を開いてくれてなかったらもう少しお小言を言われてましたよアレは。

よっしゃチュチュ急いで支度するぞ!」


「おー!という訳で」


「「一瞬で戻ってきますので一瞬失礼致します!」」


息を合わせて部屋を出ていかれた2人。

随分と仲良しなのですね。

阿吽の呼吸というやつでしょうか。凄いです。


それにしてもこんな大きなお部屋は感動しますが

落ち着きませんね。私の部屋はあのベッドくらいの広さでしたから…。物置ですけど。

そう考えると部屋を下さるティリア様や此処の方は人間よりも親切なのではないでしょうか。

…会えてよかった。


「「ただいま戻りました!

入室しても宜しいでしょうか!」」


え、早。

アズィールさんとチュチュさんの声が扉越しに…


「は、はい!どうぞ!」


「「失礼致します!」」


アズィールさんはティーカップとソーサーを両手に2つずつ、チュチュさんは茶葉の入った瓶を1つ持っていらした。

アズィールさんはソーサーをチュチュさんの前と自分の席に置いたあと、カップを置いて紅茶を注ぎました。


「若様もどうですかって聞いたら“ユムル (様)の為に本気でやってるの!今度誘って!”との事でした。」


とも話してくださる。


「それにユムル様の事を頼んだわ!

とも言われました!つまりこれはお仕事です!

決してサボってなどいないのです!」


チュチュさんも笑顔で私に話しかけてくれる。

こんな他愛もない話が出来るのは何年ぶりでしょう…。凄く嬉しい…。

紅茶を注ぎ終わったアズィールさんは、私に笑いかけ


「という訳でお仕事としてユムル様とお茶会兼質問パーティー!」


「「いぇーい!」」


と告げる。

何でしょう…?


「クッキー食べながら質問しますので、ユムル様はお答え下さいね。ユムル様もきちんと食べて下さい。」


え、質問…?

答えられるでしょうか。


「では早速チュチュから質問です!

ユムル様の好きな色はなんですか?」


トルテクッキーを口に入れつつ私に質問なさるチュチュさん。


「好きな色ですか?うーん……く、黒?」


「へぇ!理由とかあるんですか?」


チュチュさんは逆に好きな色に理由があるのでしょうか…あ、今質問されているのは私です。

強いて言えば…


「よ、汚れが目立ちにくいので…」


はっ!また前の家の事に関係することを言ってしまった!怒られる…!?

しかしそんなことは無く、


「「すっごい分かります!」」


と共感してもらえた。


「それ凄く分かります!!主様も好んで黒を着られたりするじゃないですか、ほら。今もお召になってる首元かっちりで丈は膝下まであるスリットの入った服と黒の!」


確かに黒くて長い服でした。


「あれがいつもの動きやすいと仰って好まれるお洋服で、あの時は大抵ご機嫌になるのですが極たまに違う明るい色をお召になった時はもう…怖いです!」


ティリア様、黒がお好きなのですね…!


「服も怖いけど俺は靴が1番怖いね!何色でも汚れたらお怒りだけど。…って若様の怖いところ言う会になっちゃった。ユムル様の好きな色は黒…っと、覚えとこ。」


お、覚える…?


「む、無意味じゃないですか…?

私なんかの好きな色を聞いても…」


するとチュチュさんのツインテールがピンと上を向いた。


「あ!またユムル様が私なんかって言いました!

チュチュおこです!アズ君もカウントしといて!

ユムル様すぐに自分を下に下げるんだから!」


クッキーを頬張るアズィールさんはチュチュさんに親指を立てる。


「分かった記憶しておく。

聞こえたらカウントしておくわ。」


「え、えぇ…?」


な、何かペナルティでもあるのでしょうか…?


「じゃあこれからチュチュとアズ君、主様の前で

10回“私なんか”と言ったら…えーと…あ!主様の着せ替え人形になっていただきます!」


着せ替え人形?


「若様って服作るのがお好きなんです。魔法でシャララーンっつって。インスピレーションがどーたらこーたらと…スグ作れるから俺ら2人がよく着せ替え人形にされるんです。」


「ユムル様のそのワンピースも主様が作って下さった物なんですよ!」


え…これ!?

肌触りが良くて凄いなと思っていたら…!


「チュチュさんのそんな大切な物を…今すぐ脱ぎます!」


「「わーーっ!!」」


本気で脱ごうとしたらお2人に全力で止められました。


「た、確かに大切なのですけどピンクはユムル様にお似合いだと思ってお渡ししたのですよ!主様だって可愛いって仰ってましたからチュチュも鼻が高いです!」


「俺もお似合いだと思います!本心っすよ!!」


「…」


どうも素直に受け取れない自分がいる…。

なんて失礼な人間なんでしょうか私は…。


「ねー若様!そう思いますよねー!」


「「え?」」


チュチュさんと私はよく分からず首を傾げ、

アズィールさんは扉に視線をやる。するとキィ…と音を立て恥ずかしそうに顔を赤らめるティリア様が入られた。


「ティリア様!」「主様!」


「…失礼するわ。気付いてたの、アズ。」


「どれだけ若様のお世話してると思ってるんですか!若様に何かあっても駆けつけられるように気配察知を身につけたんですから!」


「…とか言って、本当はベルやアタシに怒られないように立ち回るためでしょ?」


「アッ!バレました?」


「まったく…

ごめんね、ユムルが泣いていないか心配で…」


と私に近づいて頬を撫でてくださるティリア様。

綺麗なお顔が近い…!!


「うーん…肌がプニプニ…って

あら?涙の跡…?ねぇチュチュ、アズ。」


お2人を呼ぶ声がワントーン下がる。


「「!!!」」


「どういうことかしら…?」


「「あわわわわっ」」


ティリア様のお顔がとても怖くなりました…!

泣いたのはお二人の優しさですとちゃんと伝えなければ!バアルさんの時とは違ってちゃんと言うのです私!


「ティリアさ」


「お黙り。」


「…っ」


ただその一言だけなのにとても威圧感があり、

身体から血の気がサァッと引く。

ティリア様は私から離れガタガタと身を寄せ合って恐怖に震えるお2人にゆっくりと近づきます。


「泣かせたの…?ユムルを…ねぇ、聞いてるの?

その口はお飾りかしら?その頭は置物かしら?」


そして2人の頭を細くしなやかな手で鷲掴む。

大変!お2人は悪くないのに…!頑張れ私…!


「て、ティリアさまっ!」


「だから貴女はお黙りと言っているでしょう…?」


威圧感が肌をビリビリと刺激して痛いほど重く伸し掛る。怖い、怖いけど…今頑張らないとお2人が!


「だっ黙りません!お2人は悪くないのです!

私、お2人の優しさに嬉しくてまた泣いてしまったのです!本当です、信じて下さいっ!」


「……本当に?」


「本当です!」


「………。」


ティリア様はアズィールさんとチュチュさんを睨むように見て、何回も頷いた事を確認し長い睫毛を伏せました。そして溜息を1つ。


「はぁー…ま、アタシもユムル泣かせたし今日は見逃します。でも、悲しませて泣かせたらどうなるか分かってんでしょうね?」


圧はありますが先程の怖さは無くなり優しい

ティリア様になっているように見えます。


「「はいっ!!気を付けます!!」」


「ならば良し。ごめんねユムル。アタシ貴女に威圧的になっちゃったわ。お願い、嫌いにならないで!」


先程とは違い子犬のような瞳…。

ティリア様は表情がコロコロ変わる方です。


「お優しい方を嫌いになんてなりませんよ。」


「ユムル〜っ!あ、そうそう。

今日貴女の歓迎パーティーだからアタシ自らスタイリングしてあげる!さ、こっち来なさい!」


「えっ」


ティリア様が楽しそうに笑って私の腕を引っ張る。チュチュさんとアズィールさんが…!

お2人を見ると涙目で敬礼して“片付けは任せてください”と口を動かしたように見えて頷いた私は差し出されたティリア様と手を繋ぎました。


 …


ティリア様はお隣のお部屋に私を招いてくださった。

私に与えて下さった部屋の倍の広さ…。

窓も多く棚も多く…ベッドも大きく…

はわわ、とにかく凄いです…。

ワインレッドなカーペットもふかふか…。


「っふふ何固まってんのよ。さ、こっちよ!」


別の部屋に繋がる扉を開けるティリア様。

そこは沢山のお洋服と靴、小物が揃っているお部屋でした。


「ユムルにあげた部屋、実はアタシのこの洋服達を置いていた部屋なの。」


と両手を広げます。


「大きくしようとしたらベルが城を勝手にホイホイと改造しないで下さいませって怒っちゃって。狭くてごめんね?ちゃんと広いお部屋用意するから…!」


「あの部屋がせ、狭いだなんてとんでもないです!私には広すぎるくらいで…!」


「えぇ?それ本当?」


目を丸くなさるティリア様に頷いて


「本当ですよ。昨日までの私の部屋は用意してくださったベッドと同じ大きさの部屋でしたから。」


と話すとティリア様の顔色が少し悪くなってしまいました。


「え?あのベッドと同じ大きさの…部屋?」


「あ。」


しまった…またやってしまった!!

図々しさ100点満点になってしまいました…!

私これだけ辛かったんですよって自慢しているような言動…!!


「す、すみませ」


「こんな可愛い子をそんな狭い部屋に入れて…!!なんて酷いの!?」


私の頬を両手で挟むティリア様が何故か怒っていらっしゃる。


「1回そんな酷い人間の顔が見てみたいわ!!

そうだユムル、そんな家族なんて見返してやりましょ!」


「み、見ふぁえふ…?」


「えぇ!お前達はこーーーんなに可愛い美少女を痛めつけたクズ野郎なんだとね!!っふふ…腕がなるわ!!」


私から手を離して数歩離れたティリア様。


「ユムル、そこで気を付け!直立不動!良いわね!」


「は、はいっ!」


急に振り向かれた事に驚き反射的に返事と行動をとる。な、何されるのでしょう…。


「…」


わ、またティリア様が険しいお顔に…

こ、殺される…?


「ユムル、好きな色は何?」


「く、黒です!」


「あら、アタシと同じね!なら…」


左手を右から左へ動かしたその時、その動きに合わせて黒い柄で先端が紫の宝石で高級感が出ている杖が現れた。あれは連れてきて頂いた時に持っていらした杖です。


紫の宝石が私に向く。


「ユムル、もっと可愛くなりなさい!」


紫の宝石が光り輝き、放たれた閃光が私を包む。

それは一瞬の出来事で…。

私は服がキラキラな黒とピンクのリボンが可愛い

ドレスに変わって二の腕まである黒いレースの手袋、ヒールのある靴を身に付けていた。


「……」


驚きすぎて声が出ません…。

ティリア様は満足そうに数回頷いた。


「うん!我ながらいいデザインね!ユムルの髪の毛は触角長めのショートボブだから耳に掛けるだけで可愛いわ!ん…頭が黒でドレスも黒って重いかしら。そもそもドレスよりもワンピースの方が良いかしら…?」


最後の方は何を仰ってるかも分かりません…。


「どうすればユムルを最上限まで可愛く魅せれるのかしら。うーーん…んーー?あ、そっか。

ユムル、おいで。」


と腕を広げたティリア様。


「??」


「おーいーで!」


「…は、はい。」


訳も分からないまま私はティリア様に向かって歩き始める。


「あ、ユムル。ドレスの裾をたくし上げないと」


「きゃあ!」


ティリア様の声が耳に届いたと同時に私はドレスの裾を踏み、身体が前に倒れそうになる。

けれど痛みはなく、私は温かい何かに包まれていた。顔を上げるとティリア様が抱きしめて受け止めて下さっていた。


「捕まえた〜。もう、危ないでしょ?

でもちょうど良いわ!

ほら、貴女の隣に着飾ったアタシがいれば…」


杖を振り格好が正装のような黒い服に変わるティリア様。とてもカッコイイです…。


「ほら!アタシ達お似合いじゃなーい!

アタシの隣に居るとうんと可愛いわよユムル!」


私の右隣に立ったティリア様が私の左肩をぐいっと寄せました。私、可愛いのでしょうか。

いいえ、寧ろ…


「ティリア様の美しさで私がいない気がします…。」


「エッ」


「あ、でもティリア様の飾りになれるのなら本望です。」


「だ、ダメよ!!ユムルがお飾りなんてそんなのダメ!待ってて考えるから!」


私なんかの為に考えてくださるなんて、何だか嬉しいです。


「…」


ティリア様が私を見て固まった。

お風呂で再び会った時のお顔です。


「ユムル貴女…今綺麗に笑って…

とても、とても可愛いわ…!」


「え?」


「あっ戻っちゃダメよ!ほら、スマイル!」


ティリア様が背後で私の両肩を掴んで期待の眼差しを鏡越しで受ける。笑えてたのですか私…!

笑顔、笑顔…!


「…(ニタァ)」


ど、どうでしょうか…!


「…ちょーーっと…アレね。うん、作り笑いはやめましょ。ユムルの顔にシワが付いちゃうわ。」


「す、すみません…」


やっぱりダメでしたか…。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る