第4話『小さなお茶会』

「こちらがユムル様のお部屋となっておりまーす!」


階段を登って数歩先に居たチュチュさんは豪華な装飾が施された黒漆の扉を両手で示します。


一言で表すと…派手、ですね…。


「お隣が主様のお部屋です!」


「…お隣?」


「お隣!です!どうぞ、ユムル様!

お入りください!」


チュチュさんに促され部屋へ入る。

外を一望出来るくらい大きな窓は紫色の雲を映して、足元はフカフカの赤いカーペット。模様が綺麗です…。それと絵本でお姫様が寝ていたベッド…あれ確か天蓋というのですよね。

そして何より…


「ひ、広い…。」


「主様張り切ってましたからね!これからはココがユムル様のお部屋です!ご自由にお使い下さいね!」


「あ、ありがとうございます…!」


「そしてユムル様にはこのベルをプレゼントします!バアルさんじゃないですよ?呼び鈴です!

この呼び鈴はチュチュに御用がある時に鳴らして下さい!」


と金属で出来たようなハートの装飾が可愛いオレンジ色に輝くベルを持たせてくださる。


「は、はい…。もしうっかり落として鳴らしちゃったりしたら…?」


「飛んできますが特に用はないとお伝えいただければ大丈夫です!悲しいですが!」


「い、命に変えても落としません…!」


「重いですぅ…。

大丈夫ですよ!お気になさらず!」


でもこの呼び鈴1つでチュチュさんだけ?


「他の方が…チュチュさんの代わりに来るとかは…」


「大丈夫ですよ!それはチュチュを呼ぶベルです!チュチュだけに音が聞こえるんですよ!」


普通の呼び鈴に見えるのにそんな仕掛けが…。


「バアルさんのベルもありますしアズ君…アズィールという人のベルもあります!」


凄い仕組みです。

が…そんな人任せで良いのでしょうか…。


「ちゃんと鳴らしてくださいね!ちりりーんって。チュチュ達はそれを苦とは思いませんので!

寧ろ頼られる方が嬉しいです!」


明るい笑顔に胸がきゅっとなる…。本当に甘えていいのでしょうか…チュチュさんは無理してそう言ってるだけじゃ…。と思っていたらチュチュさんから早速笑顔が消えた。


「…まぁバアルさんが居るはずの場所からベルの音が聞こえる時には怒られる恐怖しかないのですけどね…。」


あぁ…バアルさんもチュチュさんの呼び鈴をお持ちなのですね。そのバアルさんにも呼び鈴があるのですね…。魔族、凄いです。


コンコンコンッ


3回ノックが聞こえた後、聞き覚えのある男性の声がドア越しから聞こえた。


「チュチュー!ユムル様ー!

俺です、アズィールです!」


「アズ君だ!ユムル様!開けても宜しいですか?」


「も、勿論です…!」


チュチュさんは私の返答に微笑み扉を開けました。

…あ、あの時の赤髪の男の人…。右目の下に涙のような雫のような黒い模様1つある彼は高そうな銀のトレイに白に金で縁取られた高そうなティーポット、クッキーやチョコレートが綺麗に並べられていたお皿を乗せて持っていました。


「失礼致します!若様がユムル様に持っていきなさいと言う事でお茶菓子をお持ちしました!バアルさんが人間界から調達した物ですから安心をーとの事ですよ!」


笑顔で入ってきたアズィールさんは静かに部屋の中心の高そうな白い机にトレイを音を立てずに置きました。そして付属の椅子を引いて下さり、チュチュさんに背を押された事もあって椅子の前に立つと彼が椅子を押して座らせてくれました。

…なんて贅沢なのでしょう…。

至れり尽くせりで身が持ちません…。


「うわぁー!すごい美味しそうですぅ!」


チュチュさんが机に手をついて身を乗り出す。

紅茶を入れる準備をして下さるアズィールさんが手を止めず、チュチュさんに


「こーらチュチュ。これはユムル様のだぞ。」


と仰る。


「わ、分かってるもん!…じゅる…。」


「おい涎垂れてるぞ。」


「ハッ!」


口元を慌ててこするチュチュさんに呆れる目を向け、私に小さく会釈をなさる。


「すみませんユムル様。コイツ食いしん坊でよくつまみ食いしてはバアルさんに怒られてんすよ。」


「アズ君だってそうじゃん!」


「俺はバレてないからセーフですー。」


「えーー!」


つまみ食い、なんて子供みたいで可愛らしい…。


「ふふ…」


「「あ、ユムル様が笑った!」」


「!す、すみませんっ!失礼しました!!」


また私はなんて事をしてしまったのでしょう!!


「なぁチュチュ、これは若様に自慢出来るぞ!」


「だね!アズ君!ユムル様の笑顔いただきぃ!」


しかし2人は笑顔でした。

笑ってしまったと言うのに怒らない…?


「え…怒らないのですか?」


「「怒る?何でですか?」」


凄く息が合っている…。ではなく!


「だ、だって…私、失礼な態度を…」


「失礼?何処がですか?」


「チュチュ、

ユムル様に怒るようなことされてませんけど?」


「「ねー?」」


??何で怒らないのでしょう。家では口角を上げるだけで何笑ってるんだと罵声と暴力が来たのに…。


「あ、もしかしてユムル様。チュチュ達をユムル様の前のお家の方と結びつけてませんか!?」


「え」


ギクリと体が強ばるとチュチュさんは頬を最大まで膨らませてしまいました。


「チュチュ達は魔族ですよ!それに、ユムル様に無礼を働く輩と一緒にしないで下さい!

ユムル様には笑って欲しいと思ってます!」


私は無意識に家で持った定規を…

皆さんに押し当ててしまっていたのでしょうか…。


「俺にはユムル様の元々のお家をよく知りませんのでそれについては何とも言えませんけど…

ユムル様の泣く下手さは驚きました。」


泣く事に上手い下手は存在するのでしょうか。


「俺、知ってるんですよ。

ユムル様の泣き方は散々我慢した人の泣き方です。そんだけ我慢するような事があったのでしょう?」


そ、それは…と黙り込むとアズィールさんはニコリと笑う。


「此処では我慢する必要はありませんよ。ユムル様が悲しむと若様も俺達も悲しみます。どうかユムル様、我らが王の為にも、俺らの為にも我慢なさらないで下さい。ね?」


アズィールさんは私の前にいい匂いのする紅茶が

入ったカップを置いてくれた。


私が悲しむとティリア様も悲しむ…。

アズィールさんやチュチュさんも悲しむ…。

こんなこと、初めてです。我慢して当たり前、

怒られて、殴られるのが当たり前だった私に…

一人ぼっちだった私に今さっき初めて会っただけなのにこんなに優しくしてくれる…。


幸せとはこの事でしょうか…。

でもどうして?


「ど、どうしてお2人はさっき知り合った私にここまで親切にしてくださるのですか?」


「「え?」」


「あっ…あなた方にとってわ、私は見ず知らずの人間です。私には優しくして頂く価値なんて…」


俯く私の視界にチュチュさんはしゃがんでまで目を合わせてくださいました。


「だって主様が一目惚れした御方ですもん!

絶対良い人ってことがすぐ分かりました!」


「そうそう。どんな人間かってパッと見ただけで割と分かるんですよ、俺らって。」


「「ねー?」」


そんなパッと見ただけだなんて…。

そうだとしても私なんかが良い人間だと評価して頂けるような奴ではありませんのに。

アズィールさんは私にフッと笑いかけてくださる。


「何より若様って相手を見る目があるので、

信じただけですよ。若様と俺ら自身の直感を。」


「アズ君っていつもそうしてれば良いのにね。」


「ギャップってのが良いでしょ?

ね、ユムル様!…ユムル様?」


「うぅ…っ…」


また涙が…っ…


「「!?」」


「あ!アズ君がユムル様泣かせた!」


「えっ俺ぇ!?な、何か悪い事言っちゃいました!?カッコつけすぎて何言ったか覚えてないんすよ!あわわわ!」


ティリア様と似たような台詞…この人たちは本当に、本当に優しいです…。だから、心配や迷惑を掛けてはいけません。変わらないといけない。


「ぐす…っ…すみません…

お2人があまりに優しくて…嬉しくって…。」


「てことは嬉し泣き?

良かったぁ…ホッとしたぁ…。」


「ユムル様、もしアズ君が泣かせたと言えばティリア様にチクってあげますよ!」


ニヤニヤするチュチュさんの肩を掴むアズィールさんは焦っている。


「おいそれやめろよ!!絶対若様ブチ切れ案件だぞ!違うって言っても話聞かないやつだぞ!それを言うならチュチュが泣かせたって先に言ってやる!」


「えぇー!?」


「ふふ…優しいお2人にそんな事はしません。

…あの、お2人共…今お時間ありますか?」


「チュチュは大丈夫です!」

「俺…も大丈夫です!」


アズィールさんの変な沈黙が気になりますが…少し、甘えても良いでしょうか。怒られたら身を引きましょう。


「その…

このお菓子を一緒に食べてくださいませんか?」


「「え!?」」


驚いた声!怒られるのでしょうか…!


「やっぱダメですか…!すみません!」


「違いますよ!チュチュ嬉しいです!

本当に良いのですか!?」


「は、はい…チュチュさんが宜しいのなら…」


「わぁい!」


「俺も食べたいです!」


「ぜ、是非!」


「よっしゃー!3人でお茶会ですね!

チュチュ、準備すっぞ!」


「おー!!ユムル様はお待ちくださいね!

すぐ戻ってきます!」


「は、はい…!お気を付けて…」


た、楽しそう…?よ、良かったです…。

けどアズィールさんが扉を開けた瞬間、


「ユムル嬢は坊ちゃんと対等。つまり2人目の我らが主です。主と使用人は同じ席についてはならない、と教えたつもりなんですけどね…?」


低い声に一瞬で空気が凍りました。


「まさか忘れた訳ではあるまいな。

チュチュ、アズィール?」


と腕を組み青筋を立てたバアル…さんが目の前に立っていたのです。


「「ひぇ…。(終わった)」」

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