第34話 「ザマァ無いな、最強の冒険者の名が泣くぜ?」
++ホリデイ視点++
アルベルトの中に入ると、中は牢屋だった。
乾いた血の臭いと肉が焦げたような臭いが混ざった悪臭に一瞬顔を歪めたが、そんな事は後回しだ。
背筋を伸ばして奥にある牢屋に向けて真っすぐ歩いていくと、動物用の小さな檻の扉が開き、小さな腕が伸びて俺の足を掴んだ。
『出てって』
「やなこった」
『出ていってよ!!』
掴んだ腕の力は強いが、痛みなんか感じる事無くその腕を蹴り飛ばす。
檻はゴロゴロと転がって壁にぶつかった。
『痛いっ!』
「痛いだ? その痛みをアルベルトにも与えてる癖に、自分だけが痛みから逃れられるとでも思ってんのかよ」
そう吐き捨てるように口にすると、檻から一人の少女が這い出てきた。
やせ細った身体に痛々しい火傷や傷跡。それを見ても表情一つ変える事無く、少女と向き合った。
『あなた、だぁれ……』
「アルベルトの古い友人だ。友人を返して貰うぞ」
『イヤ!!』
そう叫んだ声に身体が吹き飛びそうになったが、何とか堪えた。
昔アルベルトと一緒に戦った魔物と比べればどうって事は無い。
こんな奴に呑まれるなんて、アルベルトも耄碌したものだと苦笑いがでたが、俺が耐えた事で動揺した少女は一歩後ろに下がった。
『……なんでっ』
「祈りの歌は……アンタには届かないようだな」
『いのりなんていらないもん! わたしはおじいちゃんとずっと一緒にいるの!』
「そうは行かない。無理矢理でも返して貰うぞ」
掴まれた腕を振り払って奥の牢屋へ向かうと、何重もの鍵で閉ざされたその奥、縫いぐるみに噛り付くアルベルトの姿があった。気が触れたようにも見えるが、そうではない。
「アルベルト!」
俺の言葉に反応し、縫いぐるみに噛り付いていた身体が止まった。
「ザマァ無いな、最強の冒険者の名が泣くぜ?」
その言葉に縫いぐるみを落としたアルベルトは振り返り俺を見た。
目を見開き言葉も出ないようで、牢屋の扉まで這いずってくると、年老いてシワだらけの腕を伸ばしてくる。
「ホリ……デイ?」
「ああ、迎えに来てやったぜ! 助ける相手が姫じゃないのは残念だがな!」
そう叫ぶと俺は牢屋の扉を掴み、力任せに鍵ごと砕いた。
『ウソ……だってずっとおじいちゃんを閉じ込めるために……わたしいっぱい……』
「覚えときな。祈りの力ってのは強いんだぜ、譲ちゃん?」
ニカっと八重歯を見せて笑うと、アルベルトは俺を強く抱きしめた。
ああ、なんだか懐かしいな。
最後に抱き合ったのはいつだったっけ?
そうだ、ビリーが産まれてすぐだったな……。
孫が産まれたって、男の子だったって言って俺を強く抱きしめて泣いたアルベルトは、もうスッカリ爺の顔になってたっけ。
『イヤ……イヤ!! もうひとりはイヤ! おじいちゃんを返して!』
「元々はお前の爺さんじゃねぇだろうが。アルベルトは俺の大事な友人だ。そして、ビリーの爺さんなんだよ!! 素直じゃない子は嫌われるぜ?」
『だまれ!!』
そう言って俺に飛び掛ってきた少女を払い除けると、少女は何度も『畜生』と口にする。
どす黒い靄が出ているが、そんなもの俺には興味の無い事だ。
「意固地になって無いものねだりか?」
『うるさい!!』
「アルベルトはお前には渡さない。コイツはあるべき場所に帰るんだ。そしたらお前はずっとこの牢屋に独りきりだな」
『そんなのはイヤ!!』
そう叫んだ時、壊した牢屋の奥から優しい光が……階段が現われた。
――祈りの祭壇への階段。
俺はアルベルトの手を掴むと階段の前に立たせ、アルベルトを階段へと突き飛ばした。
「ホリデイ! 何をする!」
「お前はここから階段を昇っていきな! その先でプリアが待ってるぜ」
「だがお前は!?」
「俺にはまだやる事あるからさ。先に行って待っててくれよ」
八重歯を見せて微笑むと、アルベルトは今にも泣き出しそうな表情で俺を見ていた。
長年の相棒だ、俺の表情くらい読み取ってしまうんだろうな……。
「お前はワシの身代わりになるつもりか……?」
「ここに囚われる筋合いもねぇよ! さ、さっさと行った行った! この階段は一人用なんだよ!
それに俺は俺のすべき事をするだけなんだから、今更お前が心配する必要は無いんだからな! お前はひ孫にでも囲まれて人生全うしろよ!」
俺がそう言って笑うと、階段から湧き上がる光はアルベルトを包んでいく……お別れの時が来たようだ。
「ホリデイ!!」
「俺の人生最高に幸せだったぜ! アルベルトとビリーのお陰でな!」
そう叫ぶとアルベルトは光に包まれてこの牢屋から消えていった。
後は祈りの祭壇の前で浄化されればきっと目を覚ますだろう。
ビリーが壊れても持っていてくれた身代わりのコイン……俺の魂が宿ったまま、ずっとずっとビリーを見守ってきた。
辛い事も悲しい事も、独りで寂しいと思った事も……色んな感情が俺の中で生きていて、あいつが初めて恋をした時の幸福感だって俺の中に残っている。
――ビリーの人生が俺の魂に反映され、色々な体験ができた。
それに、ビリーが肌身離さず持っていてくれたおかげで俺の魂には祈りの歌が蓄積されている。
『おじいちゃんを返して! ねぇ、もう一度おじいちゃんをっ』
「残念だったな! アルベルトは祈りの祭壇へ向かった。もうここには戻らない」
『……お前の、お前のせいで!! また独りになっちゃう……誰もむかえにきてくれないのに……また独りになっちゃう……ママもむかえにきてくれないのに……ママ……ママ』
そう言って座り込んで泣きじゃくる少女は、アルベルトをあんな状態にさせる程の力を持っているようには見えなかった。――いや、今は力を見せていないだけだろう。
「お芝居はそこまでだ」
『!』
「本当はママなんて求めてないんだろう? 大人しく【
そう呆れた様子で口にすると、少女は無言で立ち上がり俺を睨み付けてきた。
アルベルトはこの芝居にまんまと乗せられたんだろうが、俺にそんな真似は通用しない。俺を守る祈りの歌は、今も俺に届いている。
「もうアルベルトに渡された呪いは消え去った。世界樹の実についている呪いもそう遠くないうちに消え去るだろう。そしたらお前はどこにいくと思う?」
『……どこにいくの?』
「もっともっと暗い場所……生きていた頃よりも、もっともっと辛い目に遭う奈落の底。お前が辿り着く先は地獄だ」
『……』
「独りでこの先もずっと苦しむ事を選んだのはお前だろう?」
そう口にした俺を、少女は無表情のまま見つめてきた。
その意図は分からないが、絶望している訳でもないし、無い物ねだりをしているようにも見えない。
「……天国にいけるとでも思ったか?」
『……』
「生きていても地獄だったのに、死んでも地獄に堕ちるなんて、お前も思っていなかっただろうな」
――可哀相だとは思う、哀れだとも。
だが、意固地になって祈りや祝福を手放した少女が堕ちる先はもう決まっていた。
助けようと伸ばした手を、降り注ぐ祈りの歌を拒否した少女は、もう後戻りはできないところまで来てしまっている。
『……わたしが悪いわけじゃないもん』
「知ってるか? その考え方を意固地って言うんだぜ。自己防衛の為に他人を犠牲にして、お前は満足か? そりゃ良かったな」
『さっきからわたしをバカにして……わたしがどれだけ辛いおもいをして死んだかしらないくせに!!』
「その痛みから救おうとした祈りを拒否したのは、他でもないお前だろう?」
そう淡々と口にすると、少女は歯茎を噛み締め俺を睨み付けてくる。
黒い靄は塊のように少女を包み込み、今にも襲い掛かってきそうだ。
だが俺にはその闇を晴らす事はできない。
それでも――もうこれ以上苦しむ必要は無いだろう? だからさ……。
「……俺が貰った祝福を、お前に分けてやるよ」
そう言って少女に小さな自分の手を差し出した。
『そんなのはいらない!』
「地獄じゃなく、安息の闇に堕ちる事になるだけだ……。怖がんな、俺も一緒に行ってやるからよ」
その言葉にビクッと動くと、少女は目を見開き俺を見つめていた。
「俺が導いてやる。だからアルベルトじゃなくて俺で我慢しろ」
『なんで……なんでわたしにやさしくしてくれるの……?』
「ここでお前をほっぽいて地獄に堕とす事は簡単なんだけどさ。アルベルトの家族と一緒に長く居すぎたからかもしれないな」
結局、俺は目の前で泣いている少女を放っておけないだけだ。
ビリーくらい厳しく突き放せれば人生楽かもしれないが、俺は幼い子がこれ以上苦しむ必要は無いと感じたんだ。
アルベルトにした事を許した訳でも、この子が犯した様々な罪を許す事もできないが……地獄で独り苦しむよりはマシな方へと連れて行く事はできるだろう。
「お前独りで行かせないって言っても、俺の手を取らないつもりか?」
『……』
「もう、自分を守る為に他人を拒絶しなくいいんだぜ? お前はもう十分苦しんだんだろ? だったら次は安息へ……静かに眠れる場所に俺が連れて行ってやる」
『しゅくふく……わけてくれるの……? ほんとうに?』
「ああ、だから俺の手を……ああもう面倒だ! 俺に抱きついてこい!」
そう言って小さな身体だが両手を広げて微笑むと、少女は俺に飛びついて抱きついてきた。
俺が少女の身体を抱きしめ返すと、声を上げて泣き始めてしまった。
――もう独りはイヤ。
――もう寂しいのもイヤ。
――独りは寒い、一人は辛い。
そう何度も口にして泣き続ける少女を抱きしめたまま、俺は自分に注がれていた祝福を分けていく……温かく優しい祈りの唄は、俺達の周りを包み込むように響き渡った。
「俺と分け合っていこうな……これからは、もう独りじゃねぇよ」
そう言って少しきつめに抱きしめると、少女は涙をそのままに俺にしがみ付いた。
俺は少女に囚われたつもりはない。ただ祈りを分け合って、少女の苦しみを和らげて、眠り姫のように眠らせるまでが俺の役目だ。
それに、俺はアルベルトを守る事ができた。
アイツが駆け出し冒険者の頃から一緒に冒険してきたんだ。
恋をして、子供が生まれ、孫が生まれ……俺はずっとアイツの傍に居れたと思ってる。
妖精としてこんなに幸せな事は無い。
たった一人の孫であるビリーを守る事ができたのも、俺にとって誇りだ。
――誰にも踏み躙る事ができない俺の誇り。
そのビリーの為なら、例え自己犠牲だと言われても気にする事は無いだろう。
「なぁ……眠り姫になれたら幸せか?」
ふと気になり問い掛けると、少女は俺を見つめたまま静かに頷いた。
『おひめさま……なれるかな?』
「俺がしてやんよ」
そう言って強く抱きしめると、少女は嬉しそうに微笑んで抱きついてきた。
優しい光が俺達を包み込む。祈りの歌が、祈りと優しい願いが、俺と少女を包み込んで浄化しているようだ。その証拠に、少女の痛々しい傷跡が光に包まれ、癒されていく。
火傷で見るも無残だった少女の身体が柔らかさを取り戻し、くすんでいた髪は本来の金髪に、爛れていた皮膚は陶磁器のように白く変わっていく。
まるで天使のような見た目に目を細めると、俺は祝福が少女を包み込んでいく様子を目に焼き付けた。
「本当にお姫様みたいだな!」
おどける俺の言葉に少女は微笑む。
俺達は祈りに包まれたままその場に座り込んで、互いをいつまでも抱きしめた……。
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