第33話 『ビリー、希望は捨てんな!』

 ++ビリー視点++


 プリアさんと祖父の胸に光の蝋燭が灯り、その真上に淡く優しい光が灯ってから数日が経った。


 今も尚、二人は眠りについたままだ。

 心配な事があるとすれば祖父の蝋燭が予想よりも早く溶けている事だった。


 屋敷にいる妖精達は暇があれば二人の周りに座り、祈るように両手を組んで目を閉じている。

 私達にできる事と言えば祈る事くらいだった……。


 アンゼさんのショックは大きいようだが、それでも祖父の言いつけを守り、この屋敷を守っている。それは彼女の強さを改めて感じられる瞬間でもあった。

 例え、誰も見ていない場所で声を殺して泣いていたのだとしても……。


 アニスさんが鳳亭を休んで一日中祈りを捧げるようになったのは一昨日からだ。

 イモさんは心苦しそうではあったが、祖父が毎日していた巡回を怠る事は無い。

 そのおかげで、ここ数日の間に三人の妖精が助かったと報告を受けていた。


 そして、女王は未だ屋敷に来る事はなかった。

 それはまるで私達を避けるようで、意図的に屋敷に近寄らないでいるようにも感じられた。

 ――その事を恨む事も、悲しむ気力すら、私には残っていなかった。


 ただひたすら、祖父とプリアさんが無事に戻ってきてくれる事を祈るしか、私にできる事は無かったのだ。



 ――最早このヴァルキルト王国には希望も何も無い。

 所詮、女王も前国王と同じ穴の狢だという事が分かった。ただそれだけの事だ。


 そんな虚無にも似た感覚の中、眠り続ける二人をジッと見つめる時間は永遠のようにも感じられた。いつ目を覚ますかも分からないのに、延々と待つ事は身を切り裂かれるよりも辛かった。


 疲弊する私を気遣ってか、屋敷の皆はできるだけ眠れる時に眠った方が良いと言ってくれるが、眠れるはずも無い。私は二人の傍から離れることが怖かった。

 握り締め続けた身代わりのコイン……私は反対の手でプリアさんの手を握り締めたままベッドに顔を埋めた。



「もう、何週間貴女の声を聞いていないでしょうね……」



 枯れたはずの涙が再び溢れてくる。涙は零れ落ち布団へと染み込んで行った。



「お爺様は無事でしょうか。もし二人が死ぬのなら私もいっそ……死んでしまいたい」



 力なく口にした言葉だった。

 共に逝く事ができないなら、私も――。

 そう思った時、目を閉じた私はそのまま深い闇に落ちてしまった。




 全身の力が抜け、フワフワと漂う世界は真っ黒で……光りも射さないその場所は私の心そのものだった。

 その光景に絶望したその時、小さな手が私の腕を掴んだ。

 一瞬プリアさんかと思って握られた場所を見つめると、そこではキッドさんに良く似た花の妖精が私を見つめていた。



『ビリー、希望は捨てんな!』



 そう叱咤した彼の声はどこかで聞いた事のある声だった……。



『プリアが諦めてないのに、お前が諦めてどうするんだよ!』

「貴方は……」

『お前は生きて幸せになるんだ! それが俺とお前の両親の願いだろう!?』



 そう言って私の頭を叩いた彼は、両手を組んで私を見つめている。

 両親と言っても記憶に無いし、彼の事だって私の記憶に無い。

 けれど私は彼を知っている。それは何故――?



『諦めるな、ビリー。お前とプリアの絆を、お前から断つなんて俺は許さないからな』

「……ホリデイ」



 自分でも何故その名が口から出たのか分からない。

 けれど、ホリデイと呼ばれた妖精は八重歯を見せて微笑むと、私の頭を小さな両手で撫で回した。



『アルベルトは俺が助けてやるよ。だからお前は安心して祈り続けろ。希望は捨てるな。お前には英雄になるよりも大事な役目があるんだからな』

「それは一体……」



 そう問い掛けたがホリデイは答えない。

 ただ微笑んだまま私の頭を撫で、まるで兄のように『世話の焼ける奴だ』と笑った。



『アルベルトは俺が守る。お前は信じろ。祈りの祭壇への道を……だからヒビ割れた身代わりのコインをアルベルトに……俺は――』



 途中から声が擦れて聞き取る事ができない。

 けれどホリデイは笑顔のまま私の前から消え、私も弾けるように吹き飛ばされる感覚と共に目が覚めた。

 一瞬眠ってしまっていたようだ……慌てて二人を見ると変わらず規則正しい寝息のまま眠っている。


 ホリデイは私の持っているヒビ割れたコインを祖父に、と口にした。何故このアクセサリーを祖父にと言ったのかは分からないが、言葉通りに祖父の手にコインを置くと祖父は無意識のままコインを握り締めた。


 途端コインを握り締めた手が光り、眩い光りが飛び出すと祖父の蝋燭の中へと入ってしまう。

 ホリデイは確かに祖父を助けると言っていた……ならば祖父を助けに行ったのかも知れない。

 記憶には無いはずなのに何故か知っている。

 彼はとても頼りになる妖精だと心の中で感じ、私は目を閉じて祖父の手を握り締めた。



「お爺様……どうか無事に戻ってきて下さいね」



 返事が無いのは分かっている。

 けれど、もう一度祖父の屈託の無い笑顔が見たかった。

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