第32話 「君は人の犯した罪は償う事ができると思う?」

 ++プリア視点++


 身体が苦しいと言う感覚が消えて、フワフワと宙を浮いてるような感覚の中……聞こえてくる歌は悲しみの歌から祈りの歌へと変わっていった。


 優しい……涙が溢れてくる。

 温かい……涙が溢れてくる。


 今まで疼くように痛かった右手の甲は、優しく脈を打っているように感じられて、いつの間にか痛みも収まってた。

 きっとこの歌が優しいからかなって思っていると、私より少しだけ大きな手が私の右手を掴んで、私はそのまま真っ白な光の中へと吸い込まれていく。


 眩しくてギュッと目を閉じていたけれど――薄く目を開くとそこには真珠色の大樹がそびえ立っていた。

 その大樹の麓で、とっても綺麗な水色の髪をした水の妖精が唄っている。



「綺麗……」



 澄んだ歌声はこの場に相応しい……真珠色の大樹は風もないのに揺れて、まるで歌を喜んでいるかのようだった。

 唄い終わった彼女は私に目を向けると、優しい微笑みのまま歩み寄って来た。



『ああ……連れて来てくれたんだね』

「連れて来る?」



 その言葉に私の右手を握り締めている男の子に初めて気がついた。

 私と同じ真珠色の髪と漆黒の瞳。

 けれど、どこかビリちゃんに似た男の子は私を見て柔らかく微笑んだ。



「僕がお願いしたんだよ。祈りの歌を唄う事で世界樹の実が浄化されるように」

「どういう事?」



 そう問い掛けると男の子は私の右手……呪いの世界樹の実を撫でて少しだけ辛そうな表情を見せた。



「君は人の犯した罪は償う事ができると思う?」

「……」

「僕は、半分はできると思うし、もう半分は決して許されないと思っている。命を奪う程の、心を踏み躙る程の事をしておきながら、のうのうと生きていく事は許されない。けれど、その為に関係の無い人が巻き込まれるのは間違いだとも思っているよ」

「そうだね……」

「だからお願いしたんだ。彼女に祈りの歌を唄って貰い、世界樹の実に詰まった色んな想いを光に返せるように」



 男の子がそう口にすると、水の妖精は私の身長に合わせて屈んで、指を見せて微笑んだ。その親指には綺麗な指輪がはめられていて、それはまるで彼女そのもののようだった。



『断ち切れない程の辛い気持ち、辛い想いはアタシの唄で包み込んであげる……。だからアンタはアタシ達の為に祈って。どんな過ちも許し合える事ができるって、どんな苦しみからも解放される事ができるって祈って欲しいんだよ。

 その願いは、祈りは、真珠色の妖精にしかできない。真珠色の願いと想い、そして祈りは……必ず祈りの祭壇へ繋がる道になるから』



 ――祈りの祭壇とは何だろう?


 そう思ったけれど、彼女が口にする祈りの祭壇はとても近くにあるような気がした。

 近くにあるのに手が届かない……彼女はそう言いたいのだろうか?



「祈りの祭壇への道のりは遠いの?」

「近くにあるようでとっても遠いよ……時には祈りを拒否する事だってあるんだ」

「拒否するって事は……とっても辛いことがあったんだね」



 自分の中に閉じ篭って、自分だけしか自分を守る事ができなくって……寂しくって辛くって泣きたくって……手を伸ばされても拒絶してしまう。もう傷つきたくないから。



「きっと自分を守る為に拒否するんだね……」

「そうかも知れないね」

「でもそれはきっと、想像するより辛い事だと思う。私の祈りは、その心を溶かす事ができるのかな?」



 私がそう問い掛けると男の子は小さく頷き、水の妖精は優しい微笑みで私を見つめた。



『そうだね……自分が母親になったと思って考えてみてごらん? 子供が意固地になって話を聞かなくて拒絶して。その時はどうしてやるのが一番いいと思う?』

「……抱きしめるかな。もう心に壁を作らなくて良いんだって分かるように強く、強く抱きしめると思う。沢山傷ついたなら一緒に泣いてあげたい。辛かったねって、もう独りじゃないよって抱きしめてあげたい」



 そう口にすると、男の子が顔を背け耳まで真っ赤になっている。何か変なことを言っただろうか? けれど私のそんな疑問は目の前の母性に満ちた微笑みに一瞬で吹き飛んでしまった。



「私の祈りが誰かを独りにさせない事だとしたら……私はいつまでも祈り続けるよ。祈りの歌を唄う事はできなくても、心が凍えてしまわないように祈り続けるよ」



 寄り添うことができない相手だとしても、きっと祈りは届くはず。


 両手を組み、苦しんで泣いている子の為に祈りを捧げると、私達の後ろにそびえ立つ大樹が大きく枝を揺らして光を放つ。その光は小さな道筋のようにまっすぐに、真っ白な空に向けて延びていった。

 まるで階段みたい……そう思ったのは私だけじゃないと思う。


 でもきっと道はまだ届いていない。何故か分からないけれどそう思えた。もっともっと沢山祈らないと――そう想って両手を組んだ時、男の子は私の両手を包み込むようにして一緒に目を閉じた。



「僕も祈るよ……独りは寂しいもんね」

「うん……うん!」



 二人手を合わせて祈りを捧げると、水の妖精は祈りの歌を唄い始めた。その唄はまるで私達から何かを吸い上げるに想いを増幅させ、大樹は大きく揺れて光を強くする。


 ――ねぇ届いて?

 ――もう独りでいる必要は無いんだよ?

 ――もうあなたは独りじゃないよ。



「聞こえますか……?」



 小さく呟いた言葉に、大きな光が私と男の子から湧き出ると、空を突き抜けて行った。

 祈りの唄と一緒に、泣いている誰かの元へ――。

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