第28話 「……私にはあまりにも荷が重すぎる」
実験内容について、凡そは以下の事が記されていた。
一つ目の実験はプリポが予想した通り、人間でも世界樹の実を使って願いを叶える事ができるかという実験。
信じたくはなかったが、実験の為に用意されたのは一人の少女だったらしい。
あの時プリアさんの上に乗っていた……今は祖父に取り憑いている少女こそが世界樹の実の犠牲者なのだろう。
少女は最初、母親と一緒にあの部屋に閉じ込められていた。
しかし母親はその子を国王に売り、あまつさえ側室になったと記されている。
その後少女は動物用の小さな檻に押し込められ、外に出る事を許されなかった。
食事も水も与えられず、母親に会う事も叶わない。
世界樹の実を手渡され母親に会いたければ、この小屋から出たければ願いを世界樹の実に込めろと命令されていたらしい。
必死にもがきながら狭い檻から抜け出すと、殴る蹴るの暴行を受けるだけでなく皮膚を焼かれ、鞭を打たれる日々。体中の皮膚が裂けて血が溢れ出る中、煩いからと言う理由で悲鳴を上げられないように喉を潰されたともある。
声を無くし、狭い動物用の檻に押し込まれた少女は、自分の糞尿さえ口にして飢えを凌いでいたらしいが、その様子さえ嘲笑うような記録が残されている……。
少女の傷口から蛆が沸き、狭い檻はいつもガタガタと揺れていたとも、檻からは沢山の蛆虫が這い出ていたとも書かれている。少女を観察していた人物は、蛆予防だと言って傷口に塩を塗り、痛みで震える少女に消毒としてアルコールを注いでいた。
その内少女の気が触れ、世界樹の実を歯が無くなるほど噛り付く日々が続く。
それでも死ぬ瞬間まで、歯茎から血を止め処なく流しながら、世界樹の実を口にしたまま餓死したと記されている。
側室になった母親はその様子を見ても何とも思わず、即処分するように指示を出すと部屋から出て行ったそうだ。
当時ヴァルキルト国王には正室である后がいたが、謎の奇病を患い死亡している。
王子達も皆、医者では手の施しようの無い病で亡くなっていた。
それは全身の肉が腐り落ちる病だったり、皮膚が爛れ落ちる病であったり……少女の母親も、血管から蛆虫が湧き出る奇病に掛かり死亡しているらしい。
それらの病を恐れた前ヴァルキルト国王は宝物庫に保管されていた世界樹の実を使い、呪いを鎮めたと記されている……。
一連の事件の中、唯一無事だったのが現ヴァルキルト女王だ。
彼女は死んだ側室と前王の間に生まれている。
それは、
――もう一つは、妖精を使った実験について。
この実験で犠牲となったのはとある水の妖精。
類稀なる美声を持ち、国王の寵愛を受けた娘らしい。
彼女を側室に迎えようとした王は、愛した男性がいるという理由でそれを拒んだ彼女に怒り狂い、世界樹の実を使った実験に使ったのだと記されている。
国王はまず彼女を牢屋に繋ぎ、自分の物になるように強要したそうだ。
それでも彼女は頑なに拒否し、国王は怒りを膨らませた。
結果彼女は両足を切り落とされ、両手を鎖で繋がれたまま過ごす事になった。
飲み物や食べ物を口にすることも許されず、手には世界樹の実が握り締められていたと記されている。
このまま死にたくなければ切り落とされた足を生やして見せろと言われ、それができれば部屋から出る事を許可するとまで言われた彼女は必死に世界樹の実に縋った。
しかし一ヶ月、二ヶ月過ぎてもその願いは叶わず、国王は更に片方の腕を切り落とすよう指示を出した。
彼女の片腕は命令通りに切り落とされ、更に二ヶ月が過ぎた頃には最後に残った腕も切り落とされたと記されている。
四肢を失った彼女は、それでも尚生きていた。
その様子を、楽しむように記された日記……それは反吐が出るほど酷かった。
元は見目麗しい女性だった為、女に飢えた男達に性欲の捌け口として扱われ、暴行を受け続けた。
それでも飽き足りず、彼女は切り落とされた四肢の傷口に塩を塗りつけられ、アルコールを流し込まれ、鞭で身体を切り裂かれる。
痛みで綺麗な声が擦れる程の悲鳴を上げてのた打ち回る様子を面白おかしく記した一文を読んだ時には吐き気がした……。
最初の少女の時もそうだが、これらをまるで楽しい観察日記として書き込んでいる番人を、自分と同じ人間だとは思いたく無かった。
続きを読み進めると、一人の男が牢屋に訪れたことが書かれていた。
彼は――妖精の彼女が想いを寄せる人間の男だった。
男は彼女を見るなり気が触れたように叫び、そのまま数名の番人を殺したようだ。
騒ぎを聞きつけた国王は兵士に男を捕らえるよう指示を出し、男は妖精の彼女と同じ部屋の牢屋に繋がれた。そして毎晩、男の眼前で強姦され、傷口に塩を塗りこまれ……アルコールで傷口を焼かれる妖精。
男は舌を切り落とされたために声も出せず、その様子をただ見るしかできなかったという。
その彼も、毎夜皮膚を一枚一枚剥がすようにして全身の皮を剥ぎ落とされた。傷口にはハエが群がって蛆が沸き……最後には血と泡を吹いて死亡した。
男の死を見た彼女は自分と想い人を死へ追いやった国王を呪い、拷問と強姦を繰り返した兵士を呪う。
潰れた声を振り絞るように呪いの歌を唄い始め、そのまま死ぬまで唄い続けたと記されていた……。
この二つの呪いを収めた存在が、呪われた世界樹の実だったのだ。
二人の無念を考えれば、一体どれ程の憎しみが篭っているのか……。
私自身、どうすればこの憎しみを解放できるか分からないでいる。
同情する事は簡単だろう。
できれば見て見ぬふりをしたい程の出来事だ。
しかし、その方法を選択する事はできない。プリアさんと祖父を助ける方法は、何としてでも二人が受けた苦しみを解放させる他に無いのだ。
思い上がった国王が犯した罪はあまりにも大きすぎる。
死刑に処されても、彼が受けるべき裁きとしてはあまりにも生温く感じられる。
「……私にはあまりにも荷が重すぎる」
小さく呟いた言葉だった……魔王を倒す事など、今ある問題と比べれば簡単な事だろう。
どのような贖罪でも償いきれない罪を、一体どう償えというのか……。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます