第27話 「……お爺様?」

『畜生……畜生……!!』

『いたいっ いたいよぉ!!』





 部屋の壁に亀裂が入り、窓は割れ、聖水の入った瓶は砕けるように割れた。

 私はプリアさんを抱きかかえ、アンゼさんは私にしがみ付き、プリポはプリアさんを守るように立っている。





『憎い、憎むわ……その宝石は私と彼だけの物なのに! 返して……あの人を返して!』





 異形の者の手が伸びる――けれど私とプリアさんに触れる事はできず、バチンと言う音を立てて腕らしきものが吹き飛んだ。けれど小さな女の子は私の足にしがみ付いてくる。





『おともだちかえして? その子はわたしのおともだち……ねぇ、もうひとりはイヤなの。かえしてかえしてかえしてかえして返して!』





 最早悲鳴に近い声で叫ぶ少女。プリアさんの表情が痛みで歪んだその時、部屋の扉を開けて祖父が駆け込んできた。祖父は鞄から何かを取り出すと飲み干し、瓶を投げ捨てるとプリアさんの右手を握り締めた。



 声にならない悲鳴を上げる二人は次第に姿を薄くし、祖父が顔を歪めながらプリアさんの右手から手を退かすと――祖父の手は火傷のように爛れてしまっていた。



 滴り落ちる血に私とアンゼさんが驚き戸惑っていると、祖父は「参ったな」と苦笑いを零しながら鞄からもう一つの瓶を取り出した。それが何かを聞く前に、祖父は瓶の中身を一気飲みすると床に座り込んでしまう。

 途端祖父の腕は無数の小さな手形で覆われていく。まさかと思ったが――。



「プリアだけが二つの呪いを受けるのは酷だろう? ……ワシは老い先短いからな、せめてこれくらいはさせてくれ」

「アルベルト様……まさか呪いを!?」

「ああ、片方受け持った。これでプリアの寿命は少し延びてくれるだろう。どうやらワシを選んでくれたのは小さな女の子の方らしい。女王に頼んで呪いを移す薬を貰ったのだが……片方しか受け持つ事ができなかったのが悔やまれる」



 荒い息遣いのままそう口にした祖父に、私は目頭が熱くなった。

 だが泣いている場合ではない……このままでは、祖父もプリアさんも危ない事は確実だ。



「そうだ、ワシが正気でいられる間にイモに頼み事をしたい。ワシの代わりにヴァルキルト王国を巡回して、倒れている妖精がいないか探してもらわねば……」



 祖父の言葉にショックを隠せないアンゼさん……祖父の言葉はそう遠くない未来自分が自分ではなくなるという事を示していた。



「イモならきっとワシ以上に妖精達を守ってくれる筈だ……ワシの家族は皆、優しいからな。だからアンゼ、どうかイモの手助けを頼むぞ」



 その言葉にアンゼさんは溢れ出る涙を抑えきれず座り込み、嗚咽を零して泣き崩れてしまった……。



「それと、これが女王から受け取ってきた資料だ。実験と言う名目で行われた拷問の記述がある。後日女王がこの屋敷を訪れるそうだから、今の内に目を通しておいてくれ」



 淡々と、痛みで気を失ってもおかしくない状態にもかかわらず、祖父は鞄から分厚い書類を私に手渡す。そして……何を思ったのか私の頭を撫でてくれた。



 泣きそうな顔をしていたからかも知れない……苦痛で顔が歪んでいたからかもしれない。それでも、祖父はいつも通りの屈託の無い笑顔のまま私の頭を撫でてくれた。



「きっとお前なら……」

「……お爺様?」



 不意に途切れた言葉に顔を上げると、祖父は口の端から血を流して気を失っていた。



 呼びかけても返事はなく、プリポが急いで診察をしてくれたが、心臓への負担が強すぎるのだと教えてくれた。急ぎ薬を用意してくれたが、呪いを取り去らない限り気休め程度にしかならないのだとも教えてくれた。



 それからイモさんが帰宅し、会話する事が難しいアンゼさんに代わりプリポが事情を説明する。すぐに事情を理解した彼は祖父の部屋からベッドを運び込み、プリアさんと二人揃って診察をできるようにしてくれた。



 ――私には、プリアさんと祖父の命が掛かっている。



 絶望的な状況かと問われれば、間違いなくそうだと言えるだろう。だが、二人を失う訳にはいかない。私はその日からプリアさんの部屋にあるソファーで眠り、寸暇を惜しんで祖父が持ち帰った資料の内容を読み解いていく。





 そこには、俄かに信じられないような内容が事細かに記されていた。

 ――私が勇者一行にした事など可愛い、ただの戯れのようなモノだったのだ。



 人間とは、こうも汚い生き物になれるのか?

 人間とは、こんなにも、こんなにも……。




=====

安定の予約投稿です。

現在『妻シリーズ』を執筆中。

来週には更新スタートできそうです。



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