第四章 呪いの世界樹の実

第26話 「……妖精が実験に使われる事は、昔からよくあったのです」

 最後に口にした言葉に違和感を覚えたその瞬間、白い光がプリアさんから私に向けて放たれ、私は何かを抜き出される感覚の中、剣を落とし床に崩れ落ちた。

 ――力が抜けた、とでも言うべきなのか?

 白い光は私を通り抜けた後、フワフワとプリアさんの元へと戻る。

 プリアさんがその白い光をギュッと小さな両手で包んだ直後……パンッと弾けて光が舞った。



「……ああ、そういうことなんだね」



 小さく呟いたプリアさんの悲しい表情と言葉を理解する事はできない。そのまま、私の中にあった何かが浄化されたような感覚に呆然としていると、女王は立ち上がり深々と私達に頭を下げた。



「父と同じ過ちを犯すところでした……この国に残る最後の世界樹の実をお渡しします」



 そう口にして立ち上がると、女王は再び「申し訳ありません……」とヤマトと共に深く頭を下げた。

 その後、女王はヴァルキルト王国にある最後の世界樹の実が保管されている場所へと案内してくれたのだが――その場所は意外な場所だった。




++




 城の地下の、さらに地下……宝物庫でもなんでもない、まるで封印されているかのような扉の前に案内された時は、私とプリアさんは顔を見合わせた程だ。



「ここは?」

「昔の実験場所だと聞いております。父が行った悪行の一つ……と言うべきでしょうか」



 そう力無く言葉にした女王は、一つの鍵を手にすると扉を開け中へと入って行った。

 私達も続いて中に入ると、そこは正に――拷問部屋と言うべき場所だった。



 ――こんな場所に世界樹の実があるのか?



 悪臭漂う薄暗い部屋に明りを灯せば黒く汚れた血の跡や拷問器具が散見され、更に奥に進むとこの場に相応しくない程綺麗な装飾が施された箱が置かれている。

 その箱を手にした女王は、私達に振り向くと箱を開け中身を見せた。

 ……血で汚れた世界樹の実。

 これが、このヴァルキルト王国に残る最後の世界樹の実。



「……呪いの世界樹の実です」



 その言葉に私とプリアさんが女王を見ると、女王は目を伏せ私達から顔を背けた。

 ――このヴァルキルトに残された最後の世界樹の実が、呪われている?

 確かに血に汚れた世界樹の実だが、呪われているようには見えなかった。

 しかし、王女の手は箱を持ったまま震えている。

 まるでこの部屋にいる事すら辛いようだ。

 それはプリアさんも一緒で、彼女の顔色が悪くなっていくのを感じた私達は早々に部屋を後にした。



 重い扉を閉じた頃には、女王は立っているのもやっとの様子で、私達は実験部屋の近くにある待合室のような場所で女王とプリアさんの容態が落ち着くのを待った。



「……あの拷問部屋で行われていたのは、妖精に対する拷問ですか?」



 ふいに気になりそう口にすると、女王はビクッと動いた後……小さく頷いた。



「詳細は口に出すのも恐ろしい内容で……ですが、人間の他に妖精を使った実験が行われていたと言う事と、呪われた世界樹の実が保管されている記述は残っていました」

「本当に呪われているのですか? 世界樹の実とはとても神聖な物だと伺っていますが」



 そう口にして女王から箱を受け取った瞬間、箱がカタカタと動き、鍵が壊れる音がすると同時に何かが飛び出してきた。剣を手にして振り向くと、プリアさんが後ろに吹き飛ばされるように椅子から落ちようとしている。



「プリアさん!?」



 咄嗟に抱きとめたプリアさんの小さな手の甲に、世界樹の実が埋まっている。

 驚き目を見開いた途端、プリアさんは大きく咳き込み吐血した。

 突然の出来事に何度もプリアさんの名を呼んだが反応は無い。

 すぐに城の救護室へと運ぶが、医師達ではどうする事もできない状態だった。 

 ここの医師が無能なだけなのか、もしくは人が拒絶してしまう程の何かがあるのか。


 私は馬車を用意して貰うと家路を急ぎ、祖父にプリポを呼ぶように頼むとプリアさんの部屋に向かって彼女をベッドに運ぶ。倒れてから時間は経つが、未だ意識が戻らない。浅い呼吸を繰り返し、額には汗が滲んでいる。

 

最初は世界樹の実を取り込んだ際の副作用かと思ったが、どうも違う気がしてならない。


 暫くするとプリポと祖父、そしてアンゼさんが部屋に駆け込んできた。プリアさんの右手に世界樹の実が埋まっているのを見たプリポは目を見開き「何と言う事をっ」と搾り出すかのように言葉を発した。



「呪われた世界樹の実を使ったのですか!?」

「女王から受け取った箱から飛び出し、次の瞬間にはプリアさんの手に取り付いたのです」



 私の言葉に祖父もアンゼさんも、そしてプリポも言葉を無くし、プリアさんの小さな手に埋まった世界樹の実を見つめた。

 しかし、私が呪われた世界樹の実だと言わなくともプリポはその事に気がついた……この場で私だけがおかしいのかとうろたえたが――。



「ビリーは魔王の呪いを受けているから分からないかもしれないな。この実からは邪悪な気配を感じる。聖水を使ってもこの気配は消えることは無いだろうな……」

「呪いの世界樹の実をその身に宿せば寿命を削られます!」



 プリポの言葉に目を見開くと、彼は涙を流しながら「もうどうする事もできない」と口にした。

 やっと見つかった世界樹の実なのに、寿命が削られる……? 

 彼の言葉が何度も頭の中で反響し、私は崩れるようにして椅子に座り込む。



 ふと、部屋の隅にドロドロとした何かの塊が蠢いているのが見えた。



 人の形をしたナニカは、クスクスと笑うと消えていく。



 私と同じものを見たのだろう、アンゼさんは祖父にしがみ付くが、次は小さな女の子の声が部屋に響いてきた。



『おともだち、おともだち、うれしいな。ひろいおへや、うらやましいな』



 その言葉に反応するかのように、プリアさんは薄っすらと目を開けた。



『ずっとずっと、おともだちだよ?』

「お友達……?」

「プリアさん返事してはなりません!」



 そう言ってプリアさんの口を塞ぐが、小さな女の子は嬉しそうな声を上げ、消えるような声で小さく囁いた――。




『もう、はなさない』




 その言葉を最後に声は聞こえなくなる――今のやりとりが契約となったのだろうか?

 不安は尽きないが、今はプリアさんの浅い呼吸を落ち着かせる手段と、呪いの世界樹の実について調べるしかない。

 ヴァルキルト女王は実験内容が残っていると語っていたし、そこに手掛かりがあるかもしれない。実験内容が記載された物を渡すように女王宛に手紙を書いて祖父に手渡すと、祖父は委細承知とばかりに急いで城へと向かった。



 ――妖精を使った実験。

 ――そして呪われた世界樹の実。



 実験の内容が分かれば、何かしら対応できるかも知れない。希望があるとは言えないが、それでも何とかするしかないだろう。



 そう思う私の隣、吹き出る汗をタオルで拭うプリポの表情は険しい。

 容態の安定すらおぼつかないのかもしれない。私が世界樹の実を欲しがらなければこんな事にはならなかったのに――。そんな自己嫌悪に陥っていると、プリポは私を心配してか小さく口にした。



「……妖精が実験に使われる事は、昔からよくあったのです」



 思わぬ言葉にプリポを見ると、小さく息を吐き続けてこう口にする。



「新薬の研究、移植技術の研究、人間が生きる為に妖精を犠牲にする事は当たり前のように行われていました。ですが、世界樹の実を使った実験は聞いた事はありません。

 妖精が使われていた実験以外にも何か……例えば、人間を使った世界樹の実の実験も行われていた可能性は否定できないのです。

 世界樹の実が人間の願いを叶える事ができるかどうかの研究が行われていた可能性はあります。」



 確かにあの拷問部屋には多種多様な拷問器具が置かれていた。人間に対して使うことも出来ただろう。しかし、実際に世界樹の実が人間の願いを叶える事は可能なのだろうか?



「……憶測で考えても仕方ありませんね。アルベルトさんが実験内容の書かれた書類を持ち帰らないと考えられない問題でもありますし……その間プリアの身体が負荷に耐えられるかも問題です。気休め程度ですがプリアの周りに聖水を置いて貰えますか?」



 そうプリポが口にすると、アンゼさんが工房へ走り幾つかの聖水をプリアさんのベッドの周りに置いてくれた。



 ヴァルキルトでは呪いを受けた者の周囲に聖水を置くという慣わしがあるが、それもどこまで効いてくれるか分からない……せめて二重の結界にしようと部屋の四隅にも聖水を置いたが、透明な聖水はすぐに真っ赤な血の色に染まる。



 聖水が気休め程度にも効かないとは……余程強い呪いだという事がすぐに分かる。これほど強い呪いを受けているプリアさんの負担は想像を絶するものだろう。



「う……」

「プリアさん!」



 小さくうめき声を上げたプリアさんに駆け寄ると、両手で何かを振り払っている。

 何度もプリアさんの名を呼んだが、プリアさんは目を開ける事はなく、荒い呼吸のままうなされるように「やめて」と何度も口にした。



 その時、私はとあるアクセサリーの存在を思い出す。部屋を飛び出して工房へと向かい、倉庫の引き出しから取り出したのは【Caro laccio】という宝石がついた指輪。



 この宝石はプリアさんに送ったネックレスの裏側にも入れ込んであるものだが、プリアさんへ送った物とは別に、自分用にも作っていたのだ。



 本来の使い方は、二人の絆を強くするお守りだとされている……あまりにも古い錬金術の本を参考にした為、それが本当かどうかは分からない。それでも何故か必要だと、この宝石を互いに持っていたいと思ったのだ。



 プリアさんが人間になれた時、指にはめる予定で用意していた指輪を左の薬指にはめると急いでプリアさんの部屋へと戻った。



 扉を開けると、眼前に飛び込んできた光景に驚き足が止まる。

 ……プリアさんの上に小さな女の子がのしかかるように座っていたのだ。



 その隣には人の形を僅かに残した異形の者……鞄に入れていた聖水の蓋を開け、二人に振り掛けると、小さな悲鳴を上げてその場を退く。



「ビリーさん! 何をなさるのです!?」

「アンゼさんにはアレが見えないのですか!?」



 そう叫びながらプリアさんへ駆け寄ると、彼女は涙を流しながら「こわい」と口にする。途端、私の指輪とプリアさんのネックレスが共鳴するような音を立てた。

 その音が作用したのか、女の子と異形の姿が浮かび上がり、その声が木霊する。






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