第25話 「貴女の命を以って償いますか?」

 ++ビリー視点++



 祖父からヴァルキルト新女王が世界樹の実を持っているかもしれないという情報を聞いた時、誰にも見えないように拳を握り締めた。


 プリアさんの容態が日に日に悪くなっているのを感じていた私は、情報を聞いた翌朝ヴァルキルト城へと向かおうとした。その時――プリアさんも一緒に女王にお願いがしたいと申し出てきて、結局一緒に向かう事になった。


 最初は安静にしていて欲しいと頼んだのだが「私に関わる事だから」と言って頑なに譲らなかった。


 女王への面会を申し出ると、すぐに謁見室へと通された。流石この世界を救った英雄といった所だろうか? それでも、世界樹の実を持っていながら私達に隠していたとすれば許される事では無い。重く大きな扉が開いて謁見室に招き入れられると、ヴァルキルト新女王は立ち上がり深々と私達に頭を下げた。



「お久しぶりですねビリー。急用があると聞きましたが一体何がありました?」

「ええ、ヴァルキルト前国王が世界樹の実を持っていたと言う情報を得ましたので、是非渡して欲しいと思い、はせ参じました」



 私の言葉に女王は目を見開き、小さく「そうですか」と口にすると玉座に座る。



「貴女は私にこう言いましたよね? 『必ず世界樹の実を探し出します。その代わり、どうかこの国の英雄として新しき女王とヴァルキルトの民をお守り下さい』と。世界樹の実を持っていながら私を騙したと言う事でしょうか?」

「それは違います!」

「では何故、世界樹の実があることを黙っていたのです?」



 私の問いに女王は暫し沈黙した。やはりこのヴァルキルトには聡明な王などいないのだろうと、諦めの境地で溜息を吐く。



「私がこの国を見捨てる事は……容易いことですよ? 私という後ろ盾を失った後のヴァルキルト王国など知った事ではありません」



 そう切り捨てたその時――。



「どうかお待ち下さい……事情があるのです」



 力無くそう口にした女王の言い分を少しは聞いてやろうと思い見つめると、なんと女王はこの国に二つの世界樹の実があることを教えてくれた。それならば何故、私に一つを譲ってくれなかったのか……手の平に爪を立て、込み上げてくる怒りを何とか抑えこむ。



「……騙そうとは思っていませんでした。けれど、国の安定と天秤にかけた時に心がどうしても揺らいでしまったのです」

「ですが二つもあるのなら、片方を渡す事はできたでしょう」

「それは……私のエゴです」

「と言うと?」


「私はその片方を既に……使ってしまいました」



 その言葉に目を見開くと、女王は両手で顔を覆い「申し訳ありません」と何度も口にした。申し訳ないで済む話ではない、大問題だ!



「……私と契約した身でよくもそんな事を口にできますね。私にとって、この国を滅ぼす事など容易いのですよ。約束を違えた上に、私への裏切り。貴女は私を利用するだけ利用して、その上で私の大切なものを奪うと言うのですね」



 怒りで頭がどうにかなってしまいそうだった。

 謁見室の床や壁に亀裂が入るほどの威圧を出してしまっているが、それも些細な事だ。

 許さない……許す事などできない。

 腰に添えてあった剣を抜き、女王に近づくとその首元に切っ先を突きつける。



「貴女の命を以って償いますか?」



 涙で崩れた表情の女王と無表情のままの私。

 刃が白く細い首に届くまで後少しという所で、私の足に妖精二人がしがみ付いてきた。



「やめてビリちゃん!」

「頼む! 女王を殺さないでくれ!」



 その言葉に威圧を解き、剣を引くと両足にしがみ付いた二人を見た。

 プリアさんに良く似た顔の妖精は、涙をそのままに上着を脱ぎ去ると胸の中心に埋まっていた何かを見せてくれた。



「女王は俺に使ったんだ! 俺に人間になって欲しくって! 俺に世界樹の実を使ったんだ! 俺もプリアと一緒なんだよ! 兄貴と一緒なんだよ! 好きな女と一緒に生きて生きたいと言う俺の我が侭だ……俺は人間になりたかったんだよ!」



 そう叫んだ妖精――ヤマトにプリアは目を見開き、私は震え上がる女王に目をやると、ヤマトは私と女王の間に割り込み小さな手で私を制した。



「俺も結局は一緒なんだ。兄貴と同じだ、犠牲になるのが妹だと知りながら……っ 結局俺は家族よりも愛した人を選んだ! それは間違いかもしれない。けど、女王を殺さないでくれ! エゴだとしても俺は愛した人を失いたくない!」



 プリアさんと同じ顔、同じ声……辛く苦しい表情を見た時、私は剣を取り落とし力無く床に座り込んだ。



「だとしても……私達とて一緒です!」



 心からの叫びだったと思う。私は溢れ出る涙を止める事ができず、床を叩き顔を覆った。



「プリアさんの寿命が残り僅かだと知りながら使ったのであれば……私はこの国を許さない。……王族を許してなるものか」



 その言葉に女王とヤマトは私を見つめて怯えた表情を見せた。

 私の中からどす黒い何かが湧き出てくる……このまま人ではなくなる感覚がした。

 立ち上がり、もう一度剣を手に取り女王に向けたその時、プリアさんが小さな両手を広げて女王とヤマトの前に立った。



「ビリちゃん、もうやめよ?」

「プリアさん、お退きなさい」

「私はヤマトの事も、女王様の事も恨んでないんだよ?」

「私が恨みます」

「ビリちゃん……私の今の幸せを奪わないで」



 その言葉に私は一瞬戸惑いを感じた。



 それは何故か分からない。

 けれど――プリアさんは私に歩み寄ると、女王に突きつけた剣の先に立ち、柔らかく微笑んだ……。



「私の知ってるビリちゃんは、優しくって温かくって……お料理が得意で錬金術ができて、いつも私に優しい……【貴方】はビリちゃんから出て行って」




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