第17話 「少し、爺の昔話に付き合ってくれるかな?」

**祖父視点**


「妖精が連続して殺される事件が多発してるってのに、こんな見落としそうな小さな記事かよ……」

「キッドちゃん……」

「これだから人間は嫌なんだ。 俺達妖精の事なんて道具としてしかみちゃいねぇ。 俺達は使い捨ての道具じゃないだよ!!」



 そう言って新聞を床に叩き付けるキッドに、ビリーの言葉は届かなかった。

 ワシはイモの事をビリーに頼むと、自室に篭ったキッドの部屋を訪れる。 

するとキッドは声を殺しながら布団を頭から被り震えていたのだ……。



「キッド」



 そう声を掛けると、キッドの身体の震えは止まり布団から顔だけ出すと大粒の涙を零しながら此方を見つめた。



「イモなら大丈夫だ。 傷は急所を全て外れている。 医者を呼びたかったがあちらも手が一杯で呼び出せなかったのだ。 すまない」

「……何で爺さんが謝るんだよ」



 そう言ってワシから目線を外したキッドに小さく溜息を吐くと 「少し、爺の昔話に付き合ってくれるかな?」 と言い、キッドのベッドに腰掛けた。

キッドの涙を拭い、頭を撫で、何時も腰につけている小さな鞄から一枚の写真を取り出して見せた。


 そこには――小さい頃のビリーと……キッドに良く似た花の妖精が笑顔で写っている。



「昔はな、我が家にも花の妖精がいたんだよ。 ワシの長年の戦友でもあり、若い頃から一緒に冒険をしてきたとても大事な友人だった」



 今でこそ愛玩として飼われている花の妖精だが、その個体差はかなり違う。 

花の妖精は自分の楽しいと思うことに情熱を傾ける妖精であり、アニスの様に料理に特化した子も居れば、キッドの様に計算など数字に特化した妖精もいるのだ。



「名前はホリデイ。 この子は戦う事、戦術を考えることが好きな子だった。 ワシも結婚し、子が生まれ、その子がビリーを産み……その間ずっとずっと一緒だった妖精だ」



 その言葉にキッドは布団から出てくると、写真を見つめて小さく口にした。



「ビリーが笑ってる……」

「ああ、小さい頃は良く笑う子だったんだよ。 優しい両親に恵まれ、ホリデイもビリーを可愛がってくれていた」

「そう言えばビリーの両親の話とか聞かないけど、どうしたんだ? それにホリデイだって……ビリーの口から聞いたこと無いぞ?」



 その言葉にワシは深い溜息を吐くと首を横に振り、写真に写るビリーを見つめた。



「ビリーがまだ三歳の頃じゃったな……今回の様な妖精狩りが起きたのは」

「え?」



 ――妖精狩り。

 それはビリーがまだ三歳の頃、このヴァルキルト王国で問題になった事件だった。


 今回の様に妖精が次々と殺される悲惨な事件が多発し、ワシもホリデイも日夜犯人を捜すために国中を回って犯人を見つけようとした。 しかし一向に犯人の尻尾は掴めず、日に日に犠牲になる妖精は増えて行った……。



「次第にその犯人の行動はエスカレートして行った。 家に押し入り人間と妖精を殺しては去っていくと言う犯行に及び始めた。 ワシは怖くなりホリデイに家族を守る様頼み込んで、ワシ一人で犯人を追う日々を送った」



 そんなある日だった。

 犯人の手掛かりも無く家路に着いた時……玄関を開けるとそこは血の海だった。


 ワシは慌てて家の部屋を全部開けながら家族の名を叫んだが……反応は無かった。 最後の部屋であるビリーの部屋を開けるとそこにあったのは――ビリーを守るように抱きしめたまま死んでいるワシの娘、そして……最後まで戦ったのだろう、剣を手にしたビリーの父親の亡骸があった。


 ビリーは気を失っていたが生きていた。

 その事にホッとしたがビリーの服はあちらこちら刃物で切り裂かれた跡がある。 それでも何故か生きていてワシはビリーの小さな手のひらを開けるとそこには……。



「……ホリデイが大事に持っていた身代わりのコインを握り締めていたよ。 ヒビが入って使えなくなってはいたがね」

「それってつまり……」

「ホリデイがビリーに自分が大事にしていたコインを手渡し、命を守ってくれた」



 家の中にホリデイの姿は無かった。

 何度も家族の名とホリデイの名を呼んだが……返事はなかった。

 しかしその時だ。 

身代りのコインが淡く光りながら映し出したのは……ホリデイの姿だった。

 ホリデイはワシに何度も謝罪した。

 家族を守ってやれずにすまないと……せめてビリーだけでも守りたかったと泣きながら謝罪した。

 そして――妖精狩りの犯人の事を教えてくれたのだ。

 一矢報いる為に、片方の目を奪ったと。 腕は骨折させて置いたからきっとそれが目印になるだろうと……そしてその犯人は――意外な人物の血縁者だと教えてくれた。



「意外な人物の血縁者?」

「ああ……このヴァルキルト王国の王室騎士団副隊長の長男が犯人だった」



 その事実を確かめに副団長の家に行くと確かに片方の目を奪われ、右手を骨折した犯人がいた。

 ヘラヘラと笑い、事実を突きつけると一瞬驚いた様子ではあったが、直ぐに犯行を認めた。

 あの時奴は 「妖精殺しも人間を殺すのもただのストレス発散だよ、発散! 気の迷いでーす!」 と笑いながら語り、ワシは怒り狂いそうになったが血が出るほど拳を握り締め、国の法の下裁かれる事を祈った。


 しかし王室騎士団副隊長の長男が犯人ともなれば王はその犯人を庇い……ヴァルキルト王国からの追放と言うたった一つを言い渡して事件は闇に葬られた。

 ワシは何度も国王に説明したが――「お前は家族を殺されて頭に血が上っているだけだ。 幸い孫だけは助かったのだろう? それだけで充分ではないか」 とワシを城から追い出した。



「それからはビリーの回復を祈った……だが意識を取り戻したビリーに笑顔は無く、家族の記憶も……ホリデイの記憶も失っていた。 医者からは余程の恐怖で死んだ家族の記憶が全て消え去っているのだと言われた……。 それからだよ、ワシがビリーを何があっても強くしようと心を鬼にして鍛え始めたのは。 まさか魔王すら一人で倒して帰ってくるとは思ってもみなかったがな」



 ――それでもワシは知っている。

 今も尚、ビリーはお守りの様にひび割れた身代わりのコインを持っている事を……。

 もう二度と使う事は出来ないのに、何も思い出せないのに……何時も苦しい事があるとそのコインを握り締めて耐えていた事を知っている。



「今回の事件はあの時と犯行は多少なりと違うにしても、何か引っかかる……」

「その時の犯人が戻ってきてるとか?」

「いや、そうではないんだがな……旅の途中で知ったが、その男は死んだと聞いている」



 本当は犯人を殺そうと思って……あだ討ちがしたくてビリーがある程度強くなった時に旅に出た。 しかし犯人はとある村で首を吊って死んでいたと言う事を聞いた時、自分の手で殺せなかった無念さと、自殺するほど追い込まれた生活をしていたと言う事実が胸の中で色々混ざって大変だったのを思い出した。



「爺さん?」

「ああ、大丈夫だよ。 さぁ、キッドも色々不安はあるだろうがこの家の事はワシが守る。 こう見えてビリーと同じくらい強いと自負しておるからな! アニスに関してはプリアが落ち着かせてくれるだろうし、そうだな……犯人が見つかるまではアニスは鳳亭での仕事は休むように連絡を入れねばならんな。 明日の朝だけは家を空けることを許してくれよ? 大丈夫だ、その間はビリーが守ってくれる」

「解ってる」



 そう強く頷いたキッドにワシは微笑んで頭をなで繰り回すと 「やめろよ~!」 と言う元気な声が戻ってきた。

 それはワシにとって懐かしい記憶が蘇る瞬間でもあったが……犯人が見つかるまでの間はせめて家族を守ろうと決めたのだ。 

思わずキッドを抱きしめてしまったが、そこは許して欲しい……。



「爺さん?」



 その言葉に――返事をする事が出来なかった。




 翌朝、鳳亭でアニスが襲われた事を告げると、夫婦はショックを受けた様子ではあったが送り迎えしているイモが怪我を負ったがアニスは無事だと伝えるとホッとしたようだ。

 そしてその話を聞いていた冒険者達も 「アニスが襲われた!?」 「犯人を捜せ!」 と叫びだしそれはもう大騒動だった。

 更に犯人の情報を見つけた物には鳳亭の食事半年食べ放題なんて言う主人からのクエストが出てしまえば最早ワシが口出しする余裕すらない。



「爺さん、俺達はアニスの笑顔に癒されに鳳亭に通い始めた冒険者だ」

「妖精が襲われる事件を気にしていなかった自分達が情けない!!」

「俺はアニスの笑顔が戻る為なら不眠不休で犯人の情報を見つけてみせる!!」

「俺は街の巡回を始めるぜ!!」

「俺達もだ!!」



 こうして、驚いた事に鳳亭の冒険者達は街の巡回して倒れている妖精がいないか、そして犯人らしき人物が居ないか調べると言ってくれた。

 更には倒れている妖精を見つけた際、どこの医者に連れて行けば良いのか確認までしてくれる。

 昔の鳳亭だったらこうはならなかっただろう。 

これもプリアの力が成せる業だったのか、それともアニスが皆を癒してくれる存在だったからか……どちらにせよ良い風が吹き始めているのを肌で感じる事が出来た。





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予約投稿です。

今回はお爺さん視点での妖精狩り事件についての話でした。

子ビリーの事も出てきてちょっと切なくなったかと思われます。

キッドちゃんは優しい子なので、色々と考えることもあるでしょうね……。


次回からはどう動くのかはお楽しみに!

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