第16話 「アニスが生きていてくれて良かった」
アニスさんを鳳亭まで迎えに行き、一緒に帰っている最中……暗闇の中から仮面を被った男が飛び出し、アニスさんに向けてクロスボウを放ったらしい。
それでも驚きだったが、咄嗟にアニスさんを抱き上げその矢を避けると、その仮面の男は執拗にイモさん達を狙い追いかけてきたのだという。
戦う事も出来たが、アニスさんの命を優先して勇気ある撤退をしたのだと語ると、アンゼさんは何かを思い出したかのように部屋を飛び出し、数日前の新聞を手にやってきた。
そこには本当に見落としそうな小さな記事に 【妖精を狙った連続殺人事件】 と書かれていて、祖父も私も顔を見合わせイモさんを見つめた。
「鳳亭に迎えに行った際、酒場の主人から話は聞いていたが……不甲斐ない。 まさかアニスが狙われるとは思っていなかった。 俺の不注意だ」
「そんな事無いよイモちゃん! イモちゃんは私を庇ってこんなに一杯血が……うぅぅうう……」
大きな涙からポロポロと流すアニスさんにイモさんはオロオロとしたようだが、キッドさんはアンゼさんから新聞を奪い取ると記事を読み上げ、強く新聞を握り締めた。
その表情はまるで自虐的な表情をしていて……。
「妖精が連続して殺される事件が多発してるってのに、こんな見落としそうな小さな記事かよ……」
「キッドちゃん……」
「これだから人間は嫌なんだ。 俺達妖精の事なんて道具としてしかみちゃいねぇ。 俺達は使い捨ての道具じゃないだよ!!」
そう言って新聞を床に叩き付けると、キッドさんは制止の言葉を振り切り自室へと戻ってしまった。 残された私達には長い沈黙が流れたが、祖父がキッドさんの様子を見てくると言い、アンゼさんにアニスさんを任せると部屋を後にしていった……。
しかしその沈黙を破ったのはイモさんだった。
「ビリー様、この怪我は俺にとって誇りです」
「イモさん?」
イモさんは大きく痛みに耐えながら息を吐くと、自分が迎えに行ってなければ、アニスさんの命は無かったのだと、だからこの傷は自分についた勲章なのだと嬉しそうに微笑まれた。
「しかし、その傷では今年の王室の闘技大会には……」
「出なくても良い」
ハッキリとした口調を発したイモさんは、震える手でアニスさんの頭を撫でた……。
「俺はアニスを守った。 それは闘技大会で優勝するよりも名誉と誇りとなるモノだ」
「イモさん……」
「心配する事では無い、来年も闘技大会はある。 だがアニスの命はたった一つしかない。 俺はその命を守った。 これ以上の誇りに思う事が何処にある」
その言葉にアニスさんはアンゼさんの腕から降りると、イモさんのとても大きな人差し指を握り締めて声を殺して泣いた……。
色々叫びたい思いもあるだろうに……その小さな手はイモさんに笑顔を見せるには充分すぎる程の命が詰まっている。
「アニスが生きていてくれて良かった」
「……イモちゃ……っ」
「少しだけ眠らせてくれ……お前を守れたと言う誇りを胸に……今日は少しだけ早めに眠りたい」
「うんっ……うん!」
そう涙を流すアニスさんをプリアさんが手を引いて外に出ると、プリアさんはアニスさんの部屋で泣き止むまで一緒に居たいと申し出て行ってしまう。
残された私とアンゼさんは工房に向かうと、私は大きな溜息を吐いて今のこの国の妖精に対する在り方を痛いほど痛感し、そして自分もまた同類だと思った途端嫌悪感が沸いてきた。
しかし――。
「……仮面の男は妖精を狙うのですよね」
「ええ、その様ですね……」
「でしたら、私が誘き出しましょうか?」
思いもよらない言葉に顔を上げると、アンゼさんは何時もは無表情なのに優しく微笑んでいた。 しかし目は決して笑っては居ない事に気づくと、アンゼさんはキッドさんが床に叩きつけた新聞を私に差し出し、続けて口にした。
「私としても今回アニスさんが狙われるまで、他人事の様に思っていた事は謝罪します。 ですが……お仕えする屋敷の家族に刃を向けた者を放置するわけには参りません。 プリアさんを囮にする事は私としては却下させて頂きます。 故に、この私を囮としてお使い下さい」
「何を仰っているんです! 下手をすれば命の危険に晒されます!」
そう却下しようとしたその時――。
「沢山の妖精の命を守る為でしたら、この身は幾らでも捧げられます」
そう口にしたアンゼさんは、真剣な表情で私を見つめていた。
そして私に跪き、深々と頭を下げると……。
「この世界を守った貴方にしか頼めない事です。 どうか多くの妖精をお救い下さい。 私達妖精が頼めるのは貴方様のみです」
「アンゼさん……」
「私達は人間の道具として生きているのではありません。 人間と同じ、命もまたたった一つ。 その事をどうか、犯人に叩き込んでくださればこれ以上の幸福はありましょうか」
「本当に宜しいのですね?」
「はい」
そう頭を垂れて返事を返したアンゼさんに、私は工房の貴重品置き場から一つのコインを取り出すと、アンゼさんに手渡した。
「これは……?」
「身代わりのコインと言う錬金アイテムです。 たった一度だけ貴女の命を守ってくださるでしょう」
まさかそんな貴重品を手渡されるとは思っていなかったのだろう。 アンゼさんは両目を大きく見開くと私に返そうとした。
けれど――。
「私にとって貴女も家族です。 そして貴女がいなくてはこの屋敷は回りませんよ?」
「ですが……」
「お爺様の為に、使って欲しいのです」
そう口にするとアンゼさんはコインをギュッと握り締め、強く頷かれた……。
これはプリアさんから聞いた話だが、アンゼさんは祖父に想いを寄せているのだと聞いていたのだ。
だとしたら祖父を看取る最期までアンゼさんには祖父の傍に居て欲しいと思う。
「妖精殺しの犯人を見つけ捕まえることが出来たら王室騎士団に突き渡しましょう。 まぁ、肉体的にも精神的に生きていられればの話になりますがね」
「まぁ、恐ろしい」
そう言ってクスッと笑うアンゼさんに私も笑顔で微笑むと、私とアンゼさんがたてた計画を家族全員に話して了承を得た上で、次の日の夜からアニスさんとイモさんが狙われたと言う灯りの少ない暗がりでアンゼさんは人を待つような仕草で立って囮になる事を躊躇いもしなかった。
人気の少ない高級住宅街の道で襲われた――と言う事は、犯人は貴族の息子と言う可能性は捨てきれない。
私はその日から、何時でも飛び出せる場所でアンゼさんを暗闇から見守るようになった。
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安定の予約投稿です。
【妖精を狙った連続殺人事件】が始まりました。
今後どうなっていくのかは、お楽しみに!
小説家になろうに上げているものとは若干異なるところもありますが、楽しんで頂けたら幸いです。
「妻は悪役令嬢(?)で押しかけ女房です!」の方もクライマックスに近づいてきて、次回書く予定の小説もほぼ決まりました。
更新が始まりましたら、是非応援してくださると幸いです/)`;ω;´)
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