第14話 「アニスちゃんにだって、幸せになる権利はあるんだよ?」

 **プリア視点**


 私が病気になって倒れた時、久しぶりに一番上のお兄ちゃんと会う事が出来た。

 人間になっていたのは驚いたけれど、綺麗なお姉ちゃんと結婚していて、とても幸せそうだったし付きっ切りで看病してくれた。

 意識が朦朧としていて覚えている所は少ないけれど、私はビリちゃんとお兄ちゃん夫婦に助けられた事を知った時……今まで生きていて良かったって、死ななくて良かったって心の底から思えた。


 けれど、目の前で倒れたビリちゃんを見た時は心臓が止まるかと思った。

 不眠不休で私の為に薬を作ってくれた事、劇物を飲み続けて体がボロボロになっていること……そこまでして私を助ける為にお薬を作ってくれたビリちゃんをギュッと抱きしめて涙を流した。



「……久しぶりにビリちゃんの顔が見れた」

「プリアさん……」

「もう見れないかと思った……っ」



 搾り出した声で言うと、込み上げて来た涙を止める事も出来ず声を上げて泣きじゃくった。



 もうビリちゃんに会えないかも知れない。

 もうビリちゃんの声を聞けないかもしれない。

 もうビリちゃんに抱きしめて貰えないかもしれない。



 そんな不安が意識が朦朧としててもあって、そんな不安が消えた事への安堵感もあって声を上げて泣き続けた。

 それから数日間は、ビリちゃんの部屋でずっと一緒に過ごした。

 私の経過を診にお兄ちゃんは毎日通ってくれたし、ビリちゃんの容態も診てくれて本当に良かったと思ってる。

 妖精インフルエンザが完全に治って身体の体力も戻ってきた頃、お兄ちゃんは私を連れ出し庭に出た。 一体何のお話があるんだろうって思って着いて行くと――。



「プリアさんは人間になりたいですか?」

「え?」

「いえ、貴女がビリーさんの事をとても大事に想っている様でしたので……」



 ――人間になれる? 私が?

 人間になれたら、もっと沢山ビリちゃんのお手伝いが出来るんだろうか?

 お兄ちゃんみたいにお嫁さんと二人で仲良くやっていけるだろうか?

 そんな事をグルグルと頭の中で考えていると、お兄ちゃんは苦笑いを浮かべて私の頭をポンポンと叩いた。



「プリアさん、もう貴女の中で答えは出ていますよ」

「……うん、解ってる」



 ――私は人間になりたい。

 でも方法が解らない。



「お兄ちゃんはどうやって人間になったの?」



 そう問い掛けると、お兄ちゃんはベンチに座り 「そうですね」 と口にして遠くを見た。



「妖精にのみ伝わる言い伝え……その為に頑張ったと言うだけです」

「妖精のみに伝わる言い伝えって?」

「ああ、貴女は生まれて直ぐ連れ去られてしまいましたから知りませんでしたね……。 私達妖精はとある実に願いを込める事で人間になれるのですよ。 とは言っても相手の心も栄養にしてしまう実ですので、ビリーさんがプリアさんを人間にしたいと言う強い思いが無くては、例えその実があっても人間になる事は不可能です」



 その言葉を聞いた時、ビリちゃんならきっと私を人間にしたいって言ってくれると素直に思えた。 確証は無いのに何故かそんな気がする……。



「ですが、その実は今はもう……」

「無くなっちゃったの?」

「……残念ながら。 ですが世界中を探せばきっと見つかるはずです。 希望を捨ててはなりませんよ」



 そう言って私の頭を撫でるお兄ちゃんに、私は強く頷いた。



「手に入れることが出来れば直ぐにプリアさんの元へ持ってきましょう。 貴女は死ぬには早すぎます」



 その言葉に、私の寿命が近づいている事に気づいていたお兄ちゃんから目を背けた。

 ……真珠色の妖精は寿命が短い。

 私にとって、この真珠色の髪も、漆黒の瞳も……呪いの様なものだった。

 もっと生きていたい。

 もっとビリちゃんの傍で……もっともっと笑っていたい。

 けれど寿命はきっともう直ぐ訪れてしまう……だからその実を諦める気にはなれなかった。



「お兄ちゃんお願いね? その実を見つけたら必ず持ってきてね?」

「ええ、お約束します」



 真珠色の妖精なんかで生まれなかったら、こんなに辛い思いはしなかったのかな……。

 だとしたら妖精として欠陥品でも構わない。

 ……生きていたいから。





 ――それから数日経ったある日、お屋敷には沢山の妖精さんがやってきた。

 お爺ちゃんが言うには、これからこのお屋敷には、お兄ちゃんの病院で保護されて傷が治った子達が一緒に住むんだって教えてくれた。


 風の妖精のアンゼリカさんは、綺麗な長い黒髪が素敵な女性! 知性的な眼鏡も凄く似合ってると思うし、お爺ちゃんのサポート係りとして一緒に生活して行くんだって挨拶してくれた。


 炎の妖精のイモホテップちゃんは、無口だけど凄く強そう! 燃えるような赤い髪も、芯の通った瞳も凄く格好いいと思う! 長い事用心棒として働いてたみたいで、強さには自信があるんだって教えてくれた。


 そして同じ花の妖精のアニスちゃんのお顔は火傷の跡が残ってたけど、ビリちゃんの工房からお薬を持ち出してアニスちゃんにプレゼントしちゃった。

 効き目が凄くいいから火傷の跡も綺麗に治ってくれる筈だよって言うと、アニスちゃんは喜んでお薬を受け取ってくれた。 

 傷跡も綺麗に治るといいな……。


 キッドちゃんは本当にヤンチャさん!! アニスちゃんとは仲良しみたいだけど、良くアニスちゃんに泣かされてるのを見てしまう。 涙もろいのかな?

 けどお爺ちゃんに経理を任されてるみたいだし、シッカリと仕事はしてくれるみたい。 頭がいいタイプの花の妖精なのかな?



 皆はそれぞれ部屋を貰って生活してるし、お爺ちゃんは彼らの仕事先を探しにあっちこっち走り回ってるみたい。 何時も忙しそうだけど、アンゼさんがしっかりサポートしてくれてるお陰でお爺ちゃんの負担はそれでも少ないのかなと思う。


 皆の仕事先が決まったら良いな。

 アニスちゃんは料理が得意だから、酒場のおじちゃんの所で働かないかな?


 そんな事を考えながら、ビリちゃんが本当に回復するまではベッドから動かないように動き回っていた私。 だけどある日、お爺ちゃんがイモちゃんの事を相談しに来て、行き成り目の前で服を脱ぎ出した時は驚いて両手で目を覆った。

 慌てすぎて話は余り聞いてなかったけど、イモちゃんが年に一回行われる闘技大会に出ても大丈夫かどうかの確認をするだけだと聞いて少しだけホッとしたけど、ビリちゃんはなんかピリピリしてる様に感じた。

 その後庭で試験みたいなのがあったけど、何が起きてるのか全く解らないままイモちゃんは倒れ込み、悔しそうにしてた。

 けれど――。



「私はあなた方を迎える際、一つの約束事を自分に課しました。 それは、家族として受け入れると言う事です。 家族が怪我をすれば悲しみますし心配もします。 家族が死ねばそれは苦痛です。 貴方にとって私達は家族ではないのですか?」



 その言葉にイモちゃんは一瞬呆然としてたけど、私やお爺ちゃん、アンゼさんを見ると顔をクシャクシャにして泣き始めてしまった……。


 そっか……ビリちゃんは皆を迎え入れる時 【家族】 として迎え入れてくれたんだ。

 その言葉が胸に優しく入ってくる……まるで蝋燭に火がつくみたいに、優しく炎が揺らいでる感じがする……凄く温かい気持ち。

 ビリちゃんは相手が妖精だからとか、人間だからとか、そんな目で見て判断する人じゃない。 その人個人をちゃんと見てくれる優しい目、優しい心……。


 ――ああ、好きになった人がビリちゃんで良かったなぁ。


 そう思うと頬を染めて微笑んだのをアンゼさんが嬉しそうに見つめてて恥ずかしくって両手で顔を隠してしまった。





 それから数日もせず、私とビリちゃん、そしてお爺ちゃんは酒場のおじちゃんの所にアニスちゃんを連れて一緒に向かった。

 アニスちゃんを紹介する為でもあるんだけど、酒場のおじちゃんの所でアニスちゃんが働けたら良いなってずっと太陽にお願いしながら向かった。 

 久々の酒場のドアを開けると、おじちゃんが 「プリアちゃん!」 って大きな声で叫び、周りの常連さんも冒険者さんも、それに店の奥からおばちゃんも出てきて私の所に走ってきちゃった。



「風邪は!? もう治ったのかい!?」

「うん! お医者様も治ったって言ってくれたよ! でもその後ビリちゃんに移っちゃって、それで来るのが遅れちゃった!」



 その言葉におじちゃんは私の頭を撫で回して喜んでくれた。

 とっても大きな手、とっても優しい手、心配してくれてありがとう……。



「そこで、風邪も治った所ですし酒場でキノコを食べたいと仰るプリアさんを連れて来たのです。 それともう一つ」



 そう言ってビリちゃんはアニスちゃんを前に出すと、おじちゃんとおばちゃんは目を見開いてアニスちゃんを見つめた。



「此方の花の妖精は我が家で生活している子なのですが、料理が得意な子でして」

「アニス……」



 まだ名前も口にしてないのに、おばちゃんは両手で口を押さえアニスちゃんの名前を口にした。 アニスちゃんの事を知ってたのかな?



「嗚呼……アニス! アニスだよあんた!!」

「ああ、この顔……このツインテールの髪はアニスだ、アニスだ!」

「アニスちゃんを知ってるの?」



 不思議に思いおじちゃんたちに問い掛けると、おじちゃんは一枚の写真を私達に見せてくれた。 そこに写っていたのはアニスちゃんそっくりの人間の女の子だった。

 流行り病で幼くして亡くなったのだと涙を零しながら語るおじちゃん達、おばちゃんは耐え切れなかったようにアニスちゃんを抱きしめていて、アニスちゃんも驚きを隠せないで慌ててるみたい。



「話を進めさせて頂きますが、このアニスさんをこの鳳亭で雇って貰えれば助かるのですが」

「アニスを家で雇う!?」

「良いのかい!?」

「料理の才能は折り紙つきです。 必ずお役に立ってくれると思いますよ。 ただ送り迎えには我が家の方から一人向かわせて貰う事になりますが宜しいでしょうか?」



 その言葉におじちゃんは立ち上がって乱暴に涙を拭うと、ビリちゃんとお爺ちゃんの手を強く握り締めて何度も 「ありがとう」 と口にした。

 それってつまり――。



「アニスちゃん此処で働かせて貰えるの!?」

「勿論だよ!」

「ほ、本当に良いの!? だって私の顔、こんなに火傷の跡がまだ残ってて……」



 その事を気にして片手で火傷の跡を隠すアニスちゃん……だけどおじちゃんもおばちゃんも首を横に振って 「大丈夫だよ」 って言ってくれた。

 酒場の常連のお客さんもアニスちゃんを歓迎すると言ってくれたし、冒険者さん達も 「こんなに可愛い子が居るなら幾らでも料理頼むぜ」 と豪快に笑ってくれている。

 その様子にアニスちゃんは嬉しそうに微笑んで 「よろしくお願いします!」 と頭を下げた。



「良かったねアニスちゃん!」

「うん!」

「だったらアニスちゃんにコレ、おじちゃん達から貰ったお守り渡すね」



 そう言うと私は首に掛けていた、おじちゃん達から貰った木彫りのお守りをアニスちゃんの首に掛けると、驚いた様子で私のほうを見つめるアニスちゃんに微笑んだ。



「私を助けてくれたお守り! 今度はアニスちゃんを守ってくれるよ!」

「プリアちゃん……」

「アニスちゃんにだって、幸せになる権利はあるんだよ?」



 だからこれからはきっと良いことがあるよ。

 だってこの酒場はとっても幸せな空気が漂っているんだもん。



「おじちゃん、おばちゃん、アニスちゃんは私の大事なお友達なの。 お願いね?」

「ああ、任せてくれ」

「小さい包丁とかも用意しないと……ああ、後はアニス用のエプロン!」

「その辺りは私が用意を」

「何を言ってるんだい! その辺りはあたし達に用意させておくれ。 ああ、この小さな手に合う調理器具を見に行けるなんて……神様はあたしたちの事をまだまだ見捨てては居なかったんだねぇ……」



 ぽろぽろと涙を流しながらアニスちゃんの両手を握るおばちゃんは本当に嬉しそう……。

 おじちゃんもそんなおばちゃんの様子を見て涙を拭い、私とアニスちゃんの頭を撫でると 「今日は俺の奢りだ!」 と言ってそのまま厨房へと帰っていってしまった。



「今日アニスはお客さんだよ。 うちの料理沢山食べて帰ってね」

「はい!」

「ははは! ワシが出る幕は無かったのう!」

「こう言うのもご縁と言う事でしょうね」



 ビリちゃんもお爺ちゃんも嬉しそう……何より一番嬉しそうなのはアニスちゃん。

 常連客さんもアニスちゃんに 「今後よろしくね」 と声を掛けられてるし、常連客の冒険者さんもアニスちゃんの頭を撫でて 「頑張れよ」 と応援してくれてる。

 嬉しそうなアニスちゃんを見るのも凄く嬉しい!



「さぁ! しっかりお食べ!」



 そう言って二人が持ってきてくれた料理は机に乗らない位の沢山の料理!



「今日はあたし達の奢りだよ! 客もどんどん食べな!」



 その言葉に冒険者さん達の雄たけび声を上げ、常連客さんも 「嬉しいねぇ、ありがたいねぇ」 と言いながら皆で食事を摂った。

 でもキノコだけは死守したけどね!!

 その後、ご飯も食べ終わり、三日後にはアニスちゃんは鳳亭で働くことが決まった。 それまでにエプロンを縫いたいと言うおばちゃんの想いがあったからだ。

 行きと帰りはイモちゃんが護衛で一緒に来てくれるみたいだし、少しだけホッと出来てしまう。



「良かったね、アニスちゃん!」

「私頑張るよ、一杯頑張る! だってあんなにも優しい人達が居る所で働けるなんて……凄く幸せで胸が弾けそうっ!」



 そう言って顔を両手で隠して叫ぶアニスちゃんに、お爺ちゃんは凄く嬉しそうに微笑み、ビリちゃんも私を抱き上げて嬉しそうに微笑んだ。

 それから三日後の早朝、イモちゃんがアニスちゃんの送り迎えをしてくれるので、二人は 「行ってきます!」 と言って酒場に仕事へ出かけた。

 イモちゃんが護衛してくれるなんて凄く心強いし、何かあってもイモちゃんなら守ってくれると信じてる。


 私はと言うと――久々の錬金術のお店オープンって事で、早朝からお客さんが引っ切り無しにやってきては 「プリアちゃん風邪引いたって!?」 「もう大丈夫なのか!?」 と言うお客さんが九割だった。

 心配してくれる皆の言葉は嬉しい!

 でもお花やお菓子をお見舞い品として一杯持ってくるお客さんが多すぎて、途中からキッドちゃんが 「俺は荷物運び係りじゃねーよ!」 と悪態つきつつも運んでくれた。

 口は悪いけど面倒見が良いキッドちゃんは嫌いじゃないよ!




 でもその頃、ヴァルキルト王国では一つの問題が浮上していた事をまだ知らなかった。

 最初は小さな事件だったし、新聞にだって小さく取り上げられる程度のモノ。

 けれど――平和な生活が一変してしまう様な、国中の妖精が震え上がるその事件を知るのは、まだまだ先の事だった。





=======

予約投稿となっております。


プリア視点を一気に上げさせてもらいました。

やはりプリアは優しい子だなぁ……としみじみ思いつつ更新しましたが

アニスちゃんが幸せになってくれたらと願いながら書いていたのを思い出します。


今後もハートでの応援などありましたら、よろしくお願いします/)`;ω;´)

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