第11話 「プリアさん、戻ってきて下さい……私の許へ」

「妖精の涙はね……妖精が本当に辛い目に遭って死ぬ間際に最後に流す涙の結晶の事だよ」

「死ぬ間際……」

「そう、色んな妖精を治療してきたけど……やっぱり人間は妖精の事を道具としてしか見てない所があってね。 ぼろ雑巾の様に扱われて捨てられる妖精もいれば、もう戦う事が出来ないからとその場に投げ捨てられて……それでも必死の思いで雇い主の下に帰れば追い出されてゴミ捨て場みたいな所に投げ捨てられる妖精も居る。 

 一番酷いのは花の妖精さ……愛玩として扱われるだけならまだ良いんだけどね……ストレスの捌け口にされて顔の半分を火で炙られたり、体中鞭で叩かれて炎症を起こしてそのまま捨てられる妖精だっているんだよ……最後は心を病んで死ぬ事を選ぶ子だって多い」



 余りの内容に言葉を無くし、祖父を見つめると、だからこそ妖精研究家が活動してまわっているのだと教えてくれた。

 つまり祖父が度々外に出て数日国を周って来るという時は――そう言う彼らを二人の下へと運んでいるのだと、この時初めて知った。



「よし解った、アルベルトには仮があるし条件を呑んでくれるのであれば妖精の涙を渡す」

「本当ですか!」

「ああ、アタシは嘘が嫌いなのさ」

「それで条件と言うのは何なのだね?」

「そう言った子達の涙を渡すんだからそれ相応の条件さ」



 そうセレスティアが口にすると、まず一つ目に一人の風の妖精をこの屋敷に雇って欲しいと頼んできた。 

 その妖精は祖父が助けた妖精だそうで、何時も祖父の事を気に掛けていたのだと言う。

 そして二つ目、完治した妖精をこの屋敷に住まわせて欲しいと頼まれた。



「人から受けた傷は人からしか癒して貰えないんだよ。 その点アンタ達みたいに妖精の事を理解している人に頼むのが一番安心できるし、なんだったらこの屋敷から妖精を派遣するって言うやり方だって出来るだろう?」

「それもそうですね……とは言っても私はプリアさんしか妖精は知りませんし、その辺りはお爺様に頼む事になってしまいます」

「ああ、構わんよ。 その風の妖精にワシの補助をして貰おう」

「んでもって三つ目」



 その言葉に私と祖父がセレスティアさんを見つめると――。



「……これからアンタ達に頼む妖精を家族と思って、温かく迎え入れて欲しい」

「セレスティアさん……」

「妖精はね、本当に人間に裏切られて捨てられても、心の底から憎む事が殆ど出来ない子ばかりなんだよ……そりゃぁ愚痴を言う奴も居るし憎まれ口を叩く奴だっているよ? でもね、どうやっても人間から受けた傷は人間にしか治せないんだ。 幸いプリアが助かればもっとその辺りはスムーズに動くことが出来る」

「プリアさんが……助かればと言うと?」

「アンタ本当に真珠色の妖精の事を知らないんだね。 真珠色の妖精はね、心を癒す空気を沢山出してくれているんだよ。 人があるべき姿、妖精があるべき姿を取り戻す為の本当に大事な何かをプリアは呼吸をする様に出してるんだ。 それに真珠色の妖精は家に幸福を齎すとされていて、それで希少価値が高いんだよ。 生まれてくる事すらレアな存在だからね」

「それ故に奇跡の妖精と呼ばれていて、短命な者が多い。 理由はやはり、人の発する負の感情を浄化する為ではないかと言われている」



 その言葉に私は立ち上がると、本当に申し訳ない事だと解っていても条件を出した。

 それは――プリアさんの治療が終わってから妖精たちを受け入れたいと言う申し出だ。 それまでは賢者の聖水を作る事に集中したいし、何より……。



「家族を受け入れるのです。 それ相応の家具やベッドも必要でしょう?」

「ビリー……」

「食卓にも沢山の椅子が必要になりますね。 私が作業に集中している間、お爺様にはその辺りをお任せいたします」

「解った」

「それに派遣業務と言う事であれば、私の元から派遣されるのですから下手な雇い主の下へはやりませんよ。 もし規約を破ればどうなるかは相手に死の恐怖を味わって貰いますのでご安心下さい」



 そう言うとセレスティアは 「へぇ……」 と笑い、プリポも立ち上がり私の頭を下げると 「宜しくお願いします」 とだけ口にした。 すると祖父は私の肩に手を置き二人に微笑むと――。



「まぁこんな孫だが一人で魔王を倒した男だ。 雇い主も下手な真似は出来んよ」



 その言葉に二人は目を見開いて私を凝視し、私は苦笑いを零した。





 それからは本当に怒涛の数日間だった。

 その日の内に馬車でプリポが病院に戻り、本当に存在した妖精の涙を私に手渡してくれた。 

 手に触れているだけで悲しくなるその妖精の涙は、錬金釜に入れると光りながら釜の中へと溶けていく。


 ――どれ程の辛い想いをしながら亡くなったのだろうか。


 その悲しみはずっと胸に刺さったまま……それでも私は両頬を叩くと賢者の聖水の製作に明け暮れた。

 本来なら一ヶ月は掛かるであろう作業を一週間もせずに終わらせるのだから、それ相応の無茶は覚悟の上だ。 自分に劇薬を使う事すら躊躇いはしなかった。 

 飲めば寝なくても疲労も取れてしまうと言う薬を飲み捲くった。



「伊達に高度錬金を何度も作ってきた訳ではありません。 必ず助けて見せます」



 劇薬を使い続ければ身体が悲鳴を上げる。

 それでもプリアさんの為にも私は命を削る方を選んだ。

 その間に屋敷の右側は妖精達を受け入れる準備が着々と進んでいる音も聴こえたし、プリポは薬が出来るまでの間、屋敷にずっと泊まってくれた。


 ――残り二日……と言う所で、賢者の聖水が無事作る事が出来た。

 効果は最高級品、透明に透き通った液体を瓶に注ぎ込み、悲鳴を上げる身体を引き摺って階段を上がりプリアさんの部屋へ入った。

 やつれ切った私を見て驚いたプリポだったが、手にした小ビンを見せると私は微笑み、プリポさんに手渡すことが出来た。



「まさか本当に……」

「ええ……最高級品質の賢者の聖水です」



 その言葉にプリポは私を強く抱きしめ、何度もお礼を言うと私の目の前でプリアさんの小さな口に賢者の聖水を飲ませていく。

 賢者の聖水が身体の入ると淡い光が放たれると読んだことはあったが、本当にプリアさんの身体から毒素が抜けるように光りが淡く放たれては消えていく……。

 私も痛む身体を引き摺りプリアさんの小さな手を握り締めると――。



「プリアさん、戻ってきて下さい……私の許へ」



 その言葉にプリアさんの小さな指はピクリと動き、小さな指で私の指を掴んだ。 ゆっくりと開かれる瞳は見たくて堪らなかった漆黒の瞳……。



「プリアさん……」

「ビリちゃ……」

「嗚呼……もう貴女という方は心配掛けて……」



 自然とポロポロと涙が零れ落ちた……それでも笑っている自分が居たのだから驚きだ。

 薬が身体に浸透したのだろう、胸の辺りから淡い光の玉が出てくると、フワフワと浮かんで弾けて消えた。

 途端飛び起きたのはプリアさんだ。 私に飛びつくと強く強く抱きしめてくれた。

 小さな身体、プリアさんの匂い……何度も私の名を呼ぶプリアさんを抱きしめると、気が抜けてそのまま倒れこんでしまった。



「ビリちゃん!? ビリちゃん!!」



 遠くでプリアさんが私を呼ぶ声が聞こえる……でもその声を聞けただけで満足してそのまま深い眠りについてしまった。




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此処まで読んで頂きありがとうございます。

朝10時に予約投稿をしていますので、ストレスなく最後まで読めるかと思います。

応援よろしくお願いします/)`;ω;´)

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