第10話 「プリアさんを見殺しにしろと……仰るんですか?」

「……プリア?」



 男の方の医者がプリアさんを見つめて手を止めた。

 知り合いかと思ったがどうも様子が違う。



「……お兄ちゃん?」

「え?」



 意識が朦朧としているプリアさんの声、でもハッキリと男性の顔を見て 「お兄ちゃん」 と口にしたのだ。

 でも彼はどうみても妖精ではなく人間だ、ずっと前の持ち主かと思ったがどうも違うようだ……。



「プリポ、気になるだろうけど先に診察しないと」

「そうですね」



 そう言って心配する私達を気にする様子も無く二人はプリアさんを診察していく。

 一体どんな病気なのだろうか、悪い病気で無ければいいが心配で手が震えてくる。 

 その様子は祖父も一緒で、祈るように両手を組んで 「神様どうか」 と口にしている……。

 だが診察は直ぐに終わった。 けれど隣で涙を流すプリポと言う医者は両手で顔を覆い動く事が出来ないようだ。



「それで……病状は?」



 そう問い掛けると、プリポと言う医者を気遣ってか女性の方の医者が私達へと歩み寄り首を横に振る、それは一体何を意味しているのだろうか……。



「妖精インフルエンザ。 発症したのは何時だい?」

「熱が出始めたのは今日の朝だと思います」

「そうかい……だとしたら持って後一週間だね」



 その言葉に祖父も私も目を見開くと、女性の医者は溜息を吐いて妖精インフルエンザの事を教えてくれた。




 【妖精インフルエンザ】 とは、身体が弱りきっている妖精に起こる感染すれば確実に死ぬと言われる病らしい。 治すにはとても強力な 【賢者の聖水】 と呼ばれる薬が必要なのだとも教えてくれた。

 しかし、その賢者の聖水は高度な技術が必要であり、作る為の必要素材も殆どがレアな物ばかりだった。 手に入れる事と作る事を考えれば一週間では間に合わないのだと教えてくれた……。



「栄養状態は今の所凄く良いんだよ。 それなのに発症するなんて本当ならあり得ないんだけどね」

「何処かで移されたとか言う可能性は?」

「いや、この妖精インフルエンザは妖精から妖精に移る事は無いんだよ。 だから移されると言う事はまずありえない。 ただ……」



 そう口にすると女性の医者は口篭り、顔を顰めてプリポと呼ばれた男の医者を見つめた。



「……真珠色の妖精はね、寿命が早いんだよ」

「寿命が……早い?」

「短命って事さ」



 その一言に目を見開くと、私は彼女を押しのけプリアさんの元へと向かった。

 呼吸は荒く、汗が止め処なく流れ落ちているプリアさんの顔は真っ赤になっていて、痙攣を今にも引起しそうになっている。 そんなプリアさんの腕に水分を送り届ける点滴を用意するプリポと呼ばれた医者の表情は見ることは出来ない。 ただ的確に無駄のない動きでプリアさんに点滴をつけた。

 けれど――。



「プリアは……幸せでしたか?」



 やっと言葉を発したかと思うと、プリポは私にそう問い掛けてくる。 その表情は今にも泣き崩れそうな表情だ……。

 その言葉に私は大きく深呼吸をし、真っ直ぐ向き合うと 「勿論です」 と答えると、彼は涙を流しプリアさんの小さな手を握り締めてうつ伏した。



「貴方に一つお聞きしたい。 先程プリアさんは貴方の事をお兄ちゃんと呼びました。 前の持ち主はヴァルキルト王国の国王でしたが、プリアさんを王に売り渡したのですか?」



 その言葉にプリポは目を見開き、私は後頭部を殴られた。



「ふざけた事言うんじゃないよ!」

「ティア!」

「プリポはね! 元は妖精なんだよ! しかも花の妖精! プリアとは血縁者だよ!!」



 私の後頭部を拳で殴ったティアと呼ばれた医者は、本当に耳を疑う言葉を口にした。


 ――プリポが元は花の妖精?

 ――今は人間?

 いやそれ以上に……本当にプリアさんの血縁者?


 私は一つずつ理解するのに時間が掛かったが、祖父は 「なるほど」 と口にして私の元へと歩み寄ってきた。

 この世界では妖精の間でのみ、とある言い伝えがあるのだと言う。

 それは――人間に恋した妖精は、ある条件を満たせば人間になる事ができると言う。

 ただし、その方法は妖精研究家の祖父ですら教えて貰えない秘術なのだと語った。



「では本当にプリアさんの……」

「実の兄です。 そして僕は人間になった時、妻であるセレスティアと共に妖精を診る医者を志しました。 弟と妹を見捨てたつもりはありません、例え恨まれていても……」

「プリアにはもう一人兄がいるのかね?」



 そう問い掛けた祖父にプリポは小さく頷いた。

 何故兄だと解ったのかは詳しく聞く余裕は無いが、今はプリアさんを治す事が出来ると言う賢者の聖水が必要だ。


 ――賢者の聖水に必要なアイテムは幸い倉庫にある。 だが唯一手に入れることが出来ないアイテムが一つだけ……それは 【妖精の涙】 と言う貴重なアイテムだ。


 私ですら名前でしか聞いた事のないアイテム、この世に存在するのか如何かすら怪しい。 だが手に入れなければプリアさんが死んでしまう。 

 彼女を失う事等出来ない。



「妖精の涙は……何処で手に入りますか?」

「本気で作るつもりかい?」

「ええ」

「妖精の涙がどうやって手に入るのか知ってて言ってるのだとすれば、アタシはアンタを許さない」



 その言葉に私は 「無知で申し訳ありません」 と深く頭を下げると、セレスティアは溜息を吐いて私の肩に手を置いた。



「……妖精の涙は、アタシ達の病院にあるよ」

「本当ですか!!」

「ああ、沢山ね」



 まさか本当に存在するアイテムだったとは知らなかったが、沢山あるのだと言うのならお金は幾ら払ってでも欲しいと頼み込んだ。

 しかし、セレスティアもプリポも苦痛の表情を浮かべてそれ以上言えないで居るようだ。 それは何故――と思ったが、祖父は大きな溜息を吐き 「金で買えるアイテムではない」 と叱咤した。



「でもプリアさんが助かるのですよ!? 妖精の涙さえあれば私は一週間もせずに必ず賢者の聖水を作って見せます!」

「落ち着けビリー」

「こんなに苦しそうなプリアさんを見て何故冷静で居られるのです!!」



 悲痛な叫びだった。

 荒々しく息をするプリアさんの呼吸を聞いている今ですら身体が引き千切られそうな位辛いのだ。

 そんな私を見た三人は、それでも妖精の涙の事を語ろうとはしない……。



「プリアさんを見殺しにしろと……仰るんですか?」

「……」

「解りました……ではプリアさんの為にガラスの棺を用意します」

「ビリー待ちなさい」

「助からないと言うのであればせめて亡骸だけでも私の傍に――っ」



 続きを言おうとしたその時、プリポに頬を拳で殴られた。

 痛みは然程無かったが、泣き顔でグシャグシャの顔が目から焼きついて離れない。

 嗚呼……この泣き顔は見たことがある。

 プリアさんが初めて迷子になって、私から離れなかったあの時の――。



「妖精はっ 妖精は死ぬ時光に包まれて消えます! 光に包まれて消滅するのが妖精の死です! ガラスの棺なんて作っても中身は空っぽです!」



 その言葉に私が目を見開くと、プリポは更に言葉を続けた。



「でも……でもっ それでも貴方がプリアさんが大事だと言う事は痛いほど解る……僕だって一緒です! たった一人の妹です! 死んで欲しくないって思うに決まっているでしょう!? でも安易に貴方に妖精の涙を渡していいのか……それが辛いんです」

「ですがそれがあればプリアさんは確実に助かります。 お願いですプリポさん、私に妖精の涙を譲ってください!」



 そう言ってプリポの前で土下座して頼み込むと、床に幾つもの涙が落ちる音が聴こえてきた……。 どちらの涙かは解らない、でも私もプリポも泣いていたのだ。



「……私はプリアさんを失いたくは無いのです……どうかお願いします!」



 再度二人に頼み込むように土下座すると、今度はセレスティアが小さく溜息を吐きプリポさんに椅子に座るよう指示を出し、私に話しかけてきた。




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毎朝10時の予約投稿となっております。



妖精インフルエンザに掛かったプリアがどうなってしまうのか!

妖精の涙を手に入れられるのかは、明日をお楽しみに!


暫く予約投稿を入れてあります。

ストレスなく、朝10時には読めるはずですので、楽しかったよー等の感想などありましたらよろしくお願いします。

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