第3話 「では、私の中の秘密……と言う事にしておきましょう」

 この世界には、多種多様の妖精が存在する。

 それらは、炎の妖精、水の妖精、風の妖精、土の妖精、そしてプリアさんの様な花の妖精がいる。



 彼らにはそれぞれ特性があり、炎の妖精は戦いに長けた妖精で国を守る兵士としても活躍しているし、錬金術師の護衛を生業とする者もいれば、馬車の護衛として働く者も居る。


 水の妖精は見目麗しい妖精が多く、吟遊詩人として街を渡り歩く者も居れば、戦いに長けた種族でもある為、やはり護衛として生活するものも多い。


 風の民は慈愛に満ちた妖精で教会や孤児院で働く者が多いと聞く。 男女の区別がつき難いが、彼らは人々の生活をより良いものにする為に、お手伝い妖精を生業とする者も多い。


 土の妖精は防具や武器を作る作業に向いていて、工房を生業とする事が多いが、余り人間を良く思っていない者が多く、街で見かける土の妖精は少ない。


 そしてプリアさんの様な花の妖精はと言うと――愛玩として家に飼われる者が多いのが現状だ。 見た目が幼い者が多く、働くとしても聖歌隊が精々と言った所だろうか。



 そんなプリアさんとの生活はと言うと――ハッキリと言おう。

 まさに天国だ。



 人に何かを教える事が苦ではない私だが、プリアさんは一緒に住み始めてからと言うもの、コツコツと屋敷にある図書室に通い錬金術初歩書を読んでは工房で失敗を繰り返しながらも私の手伝いをしてくれている。

 まぁ、初歩錬金で釜から濛々とした煙を出された時は流石に如何したものかと頭を悩ませたが、プリアさん自身頑張っているのだからと、小さく蹲ってしまったプリアさんを抱き上げて慰めたりもした。

 それだけに留まらず、やはり自由になった事が余程嬉しいのか庭の掃除もしてくれている。 家の中の掃除は私がしているが、庭はプリアさん専用の様になっている。

 庭に咲き誇る小さな花々はプリアさんが市場で選んで買ってきた物で、毎朝の水遣りはプリアさんの日課だ。



 一緒に住み始めて一ヶ月、特に嬉しい事は私の作る料理を何時も 「美味しい」 と言って食べてくれる事だ。

 プリアさんは 「何が食べたい?」 と聞いた時、必ずリクエストをくれる。

 それは、彼女が今まで色々な料理を食べさせて貰えなかったのが分かる瞬間でもあるのだが、お肉のサッパリしたのが食べたいとか、身体の温まるスープが良いとか、本当にそう言ったリクエストを出してくれた。


 特にスープ類は何でも好きなようで、私は沢山の野菜と動物性タンパク質がちゃんと摂れる様にと、その日作るスープには拘って作る様になって行った。


 一緒に食材を買いに行く時は、何時も私の手を握ってくる姿も可愛い所の一つだ。 しかも一緒に屋台で食べたい物を買って食べると言うおまけ付き……今も隣で半分にした焼きトウモロコシを美味しそうに食べるプリアさんは本当に愛らしいと思う。

 とは言え、プリアさんは猫舌らしく食べるのに時間は掛かってしまうが、そんな姿すら可愛いと思ってしまうのだから花の妖精とは凄い破壊力があるのだと思っている。



 ――愛玩として家に置きたくなる気持ちも分からなくも無い。



 そんな事をつい考えてしまったが、私は別に愛玩としてプリアさんが欲しいと思った訳では無い。 

 そう思ってしまった自分に心の中で叱咤すると、私達は作った錬金アイテムを酒場に持って行き、酒場で依頼されるクエストを完了する。 そしてまた出来る依頼を受けると言う日々を送っている。


 この国では酒場で錬金術師が依頼を受けると言うのがスタンダードなやり方だ。

 中には錬金術師の店まで赴き依頼をする者も多いらしいが、私の所には今のところそう言った依頼主は現われていない。

 寧ろ魔王が討伐された事により、一ヶ月経った今でも街はお祝いムードで染まっている。


 ――此処に魔王を討伐した人間が居るとは誰も思っていないだろう。

 それは街の中を行き交う人間が知らなくて良い事実でもあり、私自身今後の人生はゆっくりとプリアさんと二人で生きて行きたいと思っているので好都合だった。

 酒場の主人ですら、私が魔王を討伐した者と言う事を知らずに一人の錬金術として接してくれる。



「ビリー、今日こそはうちの料理食べて行ってくれるんだろうな?」



 依頼されていた錬金依頼を終えそのまま帰ろうとした時に酒場の主人に声を掛けられてしまった。 この酒場はヴァルキルト王国の中でも店の料理の味にも自信のある主人だからだ。



「いえ、申し訳ありませんが依頼も沢山受けてしまいましたし、期日までに終わらせねばなりませんので」



 そう丁寧にお断りしたが、酒場の主人は大きく溜息を吐くと、私とプリアさんを見つめた。



「とは言ってもなぁ……プリアちゃんだってお腹空いてるんじゃないか?」

「そうなのですか?」



 先程食べたトウモロコシだけでは足りなかったのでは無いかと心配してプリアさんを見ると、プリアさんはポッコリと出たお腹を見つめた後 「ん――」 と口にする。



「さっきね、トウモロコシ食べたからお腹いっぱいだよ?」

「そ、そうか……」

「でも今度おじちゃんの料理食べてみたいな! ビリちゃん今度来た時は一緒に食べよう!」



 そう言って私の服を引っ張るプリアさんに苦笑いをすると、酒場の主人はキョトンとした表情をした後、大笑いをし始めた。 一体何がそんなに面白いというのか……。



「じゃあその時は腕によりを掛けて美味しいご飯を作ってやる!」

「楽しみにしとくね!!」

「ビリー、くれぐれも此処に来るまでにプリアちゃんの腹を空かせておいてくれよ!」

「それはお約束できませんね」



 そう言うと主人は大きい笑い声を上げたが、これ以上酒場に用は無かった為、私とプリアさんは依頼用のメモを手にして酒場を後にした。

 しかしプリアさんは酒場の料理を食べたかったのか……屋台も考えて食べなくてはと心に決める。

 プリアさんと一緒に生活してきてから分かった事だが、花の妖精とは食事が一度には沢山入らない様で、一日に最低でも四~五回に分けて食事をさせねばならない様だ。

 その代わり、水分を摂取する量は他の妖精よりも多い。

 そこはやはり花の妖精だからだろうか……。

 こんな事なら、妖精を長年研究している祖父に色々教わっておけば良かったと思ってしまったが、残念ながら祖父は土の妖精の生態を調べに私が魔王討伐に行く直前に旅に出てしまった。

 あの祖父なら多少の無理はきくだろうし、心配は一切していない。



「そう言えばそろそろ小麦粉とかも無くなる頃ですね。 プリアさん一緒に食材も買いに行きましょう」

「あのねビリちゃん」

「如何しました?」

「私、ビリちゃんの作るパンも料理も大好き!! だって出来立てで美味しいんだもん!」



 ――何と言う破壊力。

 正に花が咲き誇る笑顔とはこの事。



 頬を少しだけ染めて幸せそうな表情で口にしたプリアさんに、私は手の込んだ美味しいスープを作ろうと決意した。

 定期的に食材等持ってきてくれる業者はいるが、やはり食材は自分の目で確かめたい……と言うよりも、プリアさんの血肉になる食材の為なら多少無理してでも自分の目で食材を選びたいと言う気持ちが強く、一ヶ月の間に食材に関しては自分の目で確かめて買う様になってしまった。



 それもこれも、プリアさんが健気で可愛いからに他ならない。

 私の指を二本しか掴めない小さな手は余りにも頼りなく、私の保護欲を掻き立てるには十分過ぎた。

 他にも色々プリアさんとの生活では保護欲を高めてしまう悩ましい事もあるのは事実だ。

 何故なら、プリアさんは道や店を覚えるのが兎に角不得意だった。

 一度だけお使いを頼んだら夜になっても帰ってこず、探索魔法で調べると先程行った酒場で保護されている姿を見た時は心臓が止まるかと思った。

 その時から酒場の主人には余り強く言えない自分がいるのだが、プリアさんはお腹が空いていても 「ビリちゃんの料理が食べたい」 と言って出された料理には一切手を付けなかったらしい。

 その事を聞いてしまってはプリアさんを叱る事も出来ず、帰り道プリアさんは私に抱っこされたまま首に両手を回して家に着くまで泣き続けた。



 それからと言うもの、買い物や依頼品を持って行く時は必ず二人で出かける様になってしまった。

 確かにたった一回の失敗――かも知れないが、私へ恐怖を植えつけるにはその一回で十分だった。

 魔王を一人で倒し、勇者一行を殺した私に対し、此処までトラウマを植え付けることが出来るのはプリアさん位だろう。



 何より、幼少の頃から何時も一人で食事をしていた私にとって、作った料理を何時も一緒に、しかも幸せそうに食べてくれるプリアさんの存在はとても大きかった。

 食卓には気がつけば小さな小ビンに花が置いてある日々……それはプリアさんが自分で育てている花を食卓に飾ってくれているのだと知った時、思わずプリアさんを抱き締めてしまった程だった。

 ――私はこんなにも弱い人間だったか?

 魔王すら倒したのに……。

 そう思い涙を流したあの日……プリアさんは私に言った。



『……独りじゃないよ』



 その言葉は私の全てを包み込む様に抱きしめてくれた。

 正に魔法の言葉だ。

 そんな言葉を私に言ってくれるプリアさんは……とても慈愛に満ちた表情をしていたのを今でも覚えている。


 何時もは無邪気な表情なのに、いざと言う時はまるで母親の様に愛情を注いでくれるプリアさん……これで保護欲が生まれない方が可笑しいと言うものだ。


 そして夕飯時、今日の料理はポトフだった。

 プリアさんが好きなポトフ……そして一緒に初めて食べた時のポトフ。



「頂きます、ありがとう御座います」



 これはプリアさんがご飯を食べる時必ず言う言葉だ。

 聞き慣れた言葉なのに何処か切なく、それでいて幸せになる呪文……。



「……ビリちゃん今日良い事あった?」

「え?」

「ポトフが出る時はね……何時もビリちゃんに良い事があった時だよ!」



 そう言って幸せそうに木製のスプーンを手にするプリアさんに、私は苦笑いをしながらも 「そうですね」 と口にする。



「プリアさんと一緒に食材を選べたからでしょうか? それとも何だとも思います?」

「ん~~何でだろう?」

「では、私の中の秘密……と言う事にしておきましょう」

「え――!!」



 不満そうに言うその声色すら可愛らしい。

 私は微笑みながらもプリアさんが夢中でポトフを食べる姿を見つめながら夕飯を摂った。






 =======

 こちらも予約投稿となっておりますが……。

 ビリーとプリアの平和な生活がスタートしました。


 プリアちゃん可愛いよ!!

 二人の幸せな風景を想像するとニヤニヤが止まりません(笑)


 一話一話が長いですが、最後までお付き合い有難うございます!

 今後も二人の生活をあたたかく見守って頂けたら幸いです。

 そして二人に対して応援などありましたら、嬉しいです/)`;ω;´)

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