17.アキラ、潜む。

 敵はどこにいる、どこにいる。付近を見渡しても生物の姿はなく、だがいる気配だけはする。嫌な雰囲気を醸し出す黒い大きな岩に目がいく。


「精霊さん、そこの大きな黒い岩。なにかを感じない? 」


少し自信なさげに精霊さんに聞いてみると、


「確かに怪しいです・・・。宿主が私の力にうまく適応し始めているので、その感覚は的外れな直感ではないです。」


何か嫌な予感を感じた僕らはその場を離れようとした時。


次の瞬間、ジャジャジャ!! 


石らを払い除けるようにして、何かが動く。


その正体に、正直かなり度肝を抜かれる。


それは大きな岩だと思っていたのは、巨大なカニが擬態していたのであった。


蟹の殼から、不自然に生えるようなゴツゴツとした岩石のような体の表面を覆う気味の悪い黒く爛れた肉腫。鋭く尖ったハサミ


イリスが驚いた様子で、声を出しそうになる。その驚きの感情を先に感じとった僕はすぐに彼女の口を手で抑えて、悲鳴を最小に抑える。


「今、声を出したら気付かれる。」


そう彼女に伝心しながら、自分の恐怖心を唇を噛みながら抑える。


バケガニの二つの黒い点が周囲をギロギロと見渡し獲物を探し始める。その迫りくる死の実感が、アドレナリンを増幅させ神経を鋭くさせる。


ビリビリと得体の知れない感覚を感じ始め、脳はフルスロットルで生存の道を模索する。そして、出た答えはその場で息を殺して潜むという答えであった。


少しでも動けば奴は気付く。そう研ぎ澄まされた五感が理性に語りかけて、反射的にイリス達へと伝心する。


「静かに。」


その本能に抗う命令にイリスは目を大きく見開き、一瞬戸惑う。だが、彼女の心は徐々に落ち着きを取り戻し、それに従う意思を表す。


恐怖心を押し殺した静寂がその場を支配する。バケガニは巨石のような身体から突き出た二本の眼で血眼になる。


動いていないのに、電気の心臓の鼓動が速くなる。


『ドクドクドクドクドクドク』


この音が聞こえてしまうのではないかと思うほど、生存本能は理性の選択に拒絶反応を示す。だが、それを押し殺し、息を潜め続ける。


気が付けば、口の中に血の味が広がり始めた頃。


ついに、バケガニの様子が緩慢になり始める。もう少しの我慢、静寂の出口が見え始めたその時、不意にバケガニの姿が視界から消え、木々が前から後へと移動していく。


「キリキリキリキリ!!! 」


その瞬間、バケガニがこちらに向かって怒涛の勢いで迫りくるのを感じながら、僕は何が起こったのか理解できなかった。

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