10.アキラ、ナガサを使う。

 「ワォォォォォォン!! ワォォォォォォン!! 」


今日もまたハチの悲しい遠吠えが聞こえる。あれから毎晩毎晩吠えている。


やはり、どう見繕っても家族のもとが恋しいのだろうか…。ハチはずっと同じ方向を見つめ、吠え続ける。


まるで、僕と同じように帰れぬことを嘆くように吠える。


ああ、僕も元の世界へは帰れないのだろうか…。おばあちゃんにもう会えないにだろうか…。


そう考えるとどんどんと望郷の思いが強くなっていく。帰りたい、帰りたい…。ハチのその気持ちが痛いほどわかる。


その痛みは何かしら決着をつけなければ、自分のようにずっと尾を引くことになる。


然らば、ハチの見つめる先にある問題と対面する必要があると感じる。


このことをテラに相談してみようと考える。


「でも、僕はテラとは話せないや……。どうしようどうしよう…。」


僕とテラの間には言語の壁が立ちはだかる。


その壁を壊すか乗り越えるか究極に悩んで悩んだ末に思い付く。


言語的コミュニケーションは諦めよう…だが、言語以外にも伝える手段はある。


壁があれば迂回すればいい。絵という非言語的コミュニケーションで、テラと意志疎通を図ろうと試みる。


∴ ∴ ∴ ∴ ∴



翌日。


「テラ、テラ。」


僕は彼女を呼び止め、こっちに来てと手招きのジェスチャーを送る。


「アキラ、ドレテイグウィ? 」


彼女は僕の横に腰を下ろして僕を見つめる。僕の手には木の枝が一本それを筆がわりに地面に絵を描く。


独特なタッチでどこか古代マヤ文明を彷彿とさせるその作風で、自分とテラとハチの絵を描く。


どうも、絵を描くと不思議と古代文明っぽくなるのだが、今回はそれが大いに役立つ。我ながら良い具合の絵が出来上がっていく。


そして、一生懸命ハチのことを描き、その意図を伝えようとする。


そして、僕はハチの泣いている原因の方向に行きたいことを描く。


その絵を見てテラはしばらく考える。そして、彼女も木の枝で人を描いていく。二人の人間と一匹の犬がどこかへ向かう絵。


僕はその意味を理解しハッとする。テラは僕の手を取って


「アキラ、ハデウルゲルエム…。」


そう言う。言葉の意味はわからないが、僕はその意図を察し、少し考え頷く。


つまり、私も一緒に連れてってと言うことだ。


それはどうなのか・・・。テラをこの旅に同行させてもいいのだろうか?


僕はその申し出に戸惑ってしまう。だが、テラは真剣な目で訴えてくる。

行きたい、一緒に行きたいと触れる手の力強さからそれを感じる。


彼女は、僕に付いていきたいと申し出てくれた。危険も十分承知であろう。何が待ち受けるかわからない。


それでも、共にいきたいと申し出た彼女の意向を尊重し、受け入れる。


これほど、嬉しいことはない。だが、これほど責任が伴うことはない。彼女をなんとしても守らなければならない。


「絶対に守るから・・・。」


僕はテラに誓いの言葉を立てるのである。



∴ ∴ ∴ ∴ ∴



 旅をするにあたり、僕は新たなる武器を欲し、刃鹿の角を加工することにする。


殺されかけたその角なのに、こんなに美しいと思ってしまうのはなぜだろう。実に美しい銀色の刃は見る者を魅了するほど輝いている。


こんな綺麗なものを僕が放っておくわけがない。


そうして、ナイフやいろいろな道具を使い、峰の部分を少しづつ削っていくが、なかなかに硬い。すごい硬くてまったく加工しずらい!!


それなのに、持ってみればその重さを感じさせないほど軽い。めちゃ軽い。ぜひとも、僕の愛用道具に加えたい!!


頑張って長いこと加工して、幹角と枝角に分ける。


幹角の長さは、人指し指四本分ぐらい。うん、長い。


そして、幹角の根元の部分は、刀身と一体となった筒状になっており、そのまま柄として握れそうだ。しかも、そこに木の棒なんかを差し込めば、即席の槍が利用することができそうだ。


でも、形としてはナイフというより、包丁のような形の短刀になり、思ってたのよりおっきくなったけど、まぁ、いっか。


その鞘は、家にあった動物の毛皮を捲いて作る。


こうして、僕は新たな道具を手に入れるのである。


そして、残りの刃角は、テラの調理道具になったり、投げナイフとして利用することになる。


名前どうしよう・・・、おばあちゃんちの近くの資料館でこれによく似たものがあったなぁ・・・と思いだして、その山刀に「ナガサ」と名付ける。


「ナガサ・・・。う~~~ん、カッコいい。」


惚れ惚れするほど威厳あるそのナガサをしばらく眺める。男心がくすぐられる。然らば、次にやることといえば、


もちろん試し切りである。やっぱ、切れ味気になるんすよね・・・。


ちょうど、シカ肉もあることだし、切りたいと思います。



∴ ∴ ∴ ∴ ∴



 テラとハチが見ている中、テラが解体してくれたシカ肉の背ロースを捌いていく。


煮沸殺菌したナガサの刃をスッと入れると、少しの力だけで肉が裂けていく。


「ブチブチブチブチブチブチブチブチ・・・。」


すごい、ナニコレ、すごい、すごい切れる。めっさ切れ切れの切れ味で、モーセの海割れのように、硬い筋もナガサは少しの力で切っていく。


その断面図は、赤みがかった綺麗な色をしていて、うまそうな肉が切れる。それをテラが塩をまぶしてこんがりと焼いていく。


ぬわぁああああああああああん、ものスゲーイ良い匂いが漂ってくる。唾液腺君がこれでもかと言うぐらい刺激されて、もう辛抱たまらん。はよ、食べたいぜよ。


 けっこうな量の肉を捌き終えると、テラが満開の笑顔で、ジャジャーン! とこんがり焼け目がついた焼肉を見せてくれる。


テラさんは例の如く、はい、あ~んをしてくる。


え、嘘? マジ? 赤ちゃんプレイは継続なんですか!? 


僕はこの時、究極の選択を強いられる。もし、仮にこれを受け入れてしまえば、今後の食事は赤ちゃんプレイスタイルが本当に定着してしまうことになる。


それは避けたいなんとしても避けたい。でも、テラの目は今か今かと期待の眼差しで見てくる。めっさ喜々としてその時を待っている。


う~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~ん。


そして、僕の出した答えは・・・。


グッバイ、自尊心。ウェルカム、ベビースタイル。


まぁ、美少女のささやかな楽しみに比べたら、野郎の小さな自尊心なんか埃に等しいですよね・・・。


いとも容易く自分の青年としての誇りを投げ捨てて、乳幼児が如き扱いを全身全霊で容認して受け止める。


そして、食べる焼肉の味は・・・神うまいっ・・・!!


説明など必要ない、ただただ美味である。美味しか言い表せない。そして美少女の食事介助により、うまさ千倍である。


そんな楽しいひと時を過ごしながら、旅に必要な保存食の干し肉作りをしていく僕たちなのである。

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