9.アキラ、出会う。

 『パサッ!! 』 


飛び散った髪の毛が空を舞う。一瞬、何が起こったかわからなかったが、間一髪ということだけは理解する。


だが、刃鹿は追撃の手を緩めず、止めの一撃を大きく振り上げたその時!!


「グワァァァ!!! 」


突如として、白銀の稲妻が刃鹿の喉元に喰らいつく。


「ビギャァァァ・・・。」


刃鹿の悲痛な声が微かに聞こえ、徐々に倒れ込む。


「ビギャァ・・・ピギャァ・・・。」


その命のやりとりの迫力に圧倒されそうになる。さっきまで、死にかけて苦戦していた獲物をいとも簡単に仕留める白銀の稲妻・・・。


それは、僕と同じぐらいの大きさの狼である。


必死の抵抗で暴れる刃鹿を銀狼はさらに押さえ込み続ける。


「ピ・・・。ピ・・・。」


これが狩り、野生の狩り…。そう感じざる終えない。そうして、刃鹿の息の根が潰え完全に動かなくなってなお、首元を放そうとはしない。


僕はその命のやり取りに圧倒され飲み込まれそうになる。


これが狩り、野生の狩り…。そう感じざる終えない。


銀狼は僕をじっと見つめている。


まさか、自分も狙われているのではと思い、銀狼を刺激しないようにゆっくりとその場を離れていく。


だが、銀狼は刃鹿を口で引きづりながら、僕のあとを追いかける。


怖くなってくるが、それでも焦らず歩く。立ち止まれば、銀狼も立ち止まる。


一定の距離を保ちながら、森を抜けていく。


それでも、銀狼は後を追いかけてくる。なんでどうして、こうなった…。


そう思いながら、テラの家への近くまでやってくる。


するとどうだろうか、銀狼は僕たちのテリトリーに入るのに躊躇しているようで、足を止める。


そのことに僕も気付き、様子を窺う。銀狼は入ろうか入らないかと右往左往しながら、辺りを歩き回る。


その姿に見かねた僕は、


「おいで!! 」


そう狼に言ってみる。そうすれば、銀狼は意を決し僕に近づいてくる。


テラの家の前まで来たとき、銀狼は今まで噛んでいた刃鹿の遺体を放す。


そして、僕をじっと見つめる。


「これってもしかして………僕にくれるってことなのか…? 」


そう捉え、刃鹿の遺体に手を伸ばしこちらに引き寄せる。


銀狼は耳をピクリとさせながらも落ち着いた様子でこちらを見る。


もらえるのなら、それを有効活用しようかと思い、とりあえず、近くの沢に遺体を沈めて冷やす。


遺体を紐で木の又に吊るし上げる。そうすれば、我が解体の師匠テラさんに助けを求める。


「テラ~~~!! 」


そう言いながら、家に戻ると彼女は耳をヒョコヒョコしながら、僕の帰宅を喜ぶ。


だが、見知らぬ銀狼に少しビックリしたようで、


「アキラ、デュイクーダ!! イベチアーヤ。」


テラはそう言いながら、銀狼に近づき頭を撫でる!!


まぁ!! テラさん肝っ玉が座ってる!! そう驚きながら、テラと銀狼の様子を見ていると、


「アキラ、イベチアーベ!! ユヤユヤ!! 」


そう手招きされて、僕も撫でるよう促される。恐る恐る銀狼の頭を撫でてあげると、銀狼は嬉しそうに喉を鳴らす。


「ハハハッ、ういやつめ。」


可愛いなやつめ・・・。そして、テラと一緒に刃鹿を解体していく。


まず、始めに尖った刃を頭から切り離していく。殺されかけた刃は鋭く鋭利であり、思っていたよりもずっと軽い。


これは今持っているナイフよりも断然良い物が作れそうだと思いながら、そのことは後々加工することにして、まずは刃鹿の解体に注意を向けるのである。


そうして、次にいよいよ腹を裂いていく。


テラの指示のもと丁寧に内蔵を取り出していけば、その匂いに誘われて、銀狼が足元にやってくる。


刃鹿の内蔵に銀狼が豪快に食らいつく!!


その上手そうに食うその姿に思わず、唾液があふれでる。


僕たちも肝臓と心臓を取り出していく。今日のディナーである。


で、刃鹿の遺体はこのまま、冷や水につけられる。


そうして、その日の解体は一旦終わり、テラは夕食を作り始める。


僕も火を起こして、塩をまぶした心臓と肝臓を焼いていき、その美味しそうな匂いに鼻が喜ぶ。


十分に火が通れば、食べ頃である。テラの料理と一緒に食べれば、もう最高にうまいっ!!


気がつけば、僕はお腹いっぱいになり、心地よい睡魔に身を委ねて少しうたた寝をする。



∴ ∴ ∴ ∴ ∴



 「ワォォォォォォン!! ワォォォォォォン!! 」


淋しげな遠吠えの声で目が覚める。悲しげな悲痛な叫び声・・・、少し気になり銀狼の様子を垣間見る。


白銀の毛並みが月明かりに照らされ、神秘的に輝いている。だが、そのどこか悲しげな姿はどこか自分と似ている。


銀狼もまた自分と同じような境遇なのかと感じる。


「やっぱ、淋しいのはヒトも動物も一緒なんだな・・・。」


そう思いながら、銀狼が鳴き止むまでその声に耳を傾ける。


 翌朝、僕はそのまま外で寝ていた。だが、隣には銀狼が居てくれたおかげで冷えずに済んだのだ。その心優しい行動に僕は心打たれる。


「銀狼・・・。僕のことを気遣って・・・。いい奴だな・・・。」


いつまでも銀狼と呼ぶのは可哀想と思い、僕に懐いてくれた狼の名前を考える。


毛皮は白銀を思わせるかのような色をしている。しかし、その毛並みは、美しくまだ若さを感じさせるものがある。


ならば、若そうな名前をつけようかと考えるが、狼の威風堂々たる佇まいに、その考えが揺らぐ。古風な名前も似合うと考える。


その面構えは、威厳ある佇まいだが、どこか危うさを感じさせる若さを感じさせる。その身体は、溢れんばかりのエネルギーが逞しさを醸し出すが、可愛さが少しある。


う~~ん、名はそのものを現すとも、言われているので、下手に洒落た名前はつけられない。かといって、固すぎる名前も、かえって似合わない。


名付ける者の感性が試される。


名前一個で、頭が熱を帯びそうなほど悩む。呼びやすい名前がいい。この狼を猟犬として連れていく際に、長い名前だとかえって、不便だ。


う~んと頭を、悩ませる。その様子に、狼も首を捻っている。本人に、直接聞ければ、いいのだがそういうのは、できないので、なんとも言えない。


段々と、候補を絞っていく。そして、ふたつの名前が最終的に残っていく。


「白銀・・・で威厳ある名前・・・ハク・・・いや、違う。可愛い名前・・・ポチ・・・そういう柄では、ない。」


ハクかポチ、そのどちらしようかと悩む。悩む。決めきれない。


ハク、ポチ、ハク、ポチ、ハク、ポチ、ポチ、ハク、ハク、ポチハク、ハクポチ、と先ほどから、声に出してみるがいまいち双方ピンと来ない。


どちらも何かが足りない。ハクはかっこよすぎて、可愛さが足りないし。ポチは可愛すぎて、威厳が足りない。


どこかに、妥協案を考えないと、永遠に悩みそうになる。そうして、両方の名前を連呼していると、こんがらがってきて、


終いには、合体して、ポクハチと言ってしまう。その時、ハっと閃く。そして、声を上げて狼に告げる。


「これだ! 今日からお前の名前は「ハチ」だ。仲良くしていこうな、ハチ。」


その言葉に、狼も


「ワン! 」


と答えたような気がする。「ハチ」という名前、どこか可愛さも感じつつ古風な名前。


ピッタリの名前である。そして、その名前に意味を込める。


そう、あの忠賢ハチ公にあやかる。どうか、賢く主人に忠実なものであってくれと、願いを込めて。

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