番外編 ディーンはエッチな本を見つけた 前編
ウィ―ダムが王都への旅に出る数日前、ディーンは一人孤児院の奥まったところにある書庫に来ていた。薄暗く埃っぽいこの場所には、ウィ―ダムの先代が集めたという本が壁いっぱいに集められている。その内容は多岐にわたり、子供向けの騎士物語から学術書など一人の人物が集めたとは思えないほどの種類がある。
フロリーに読み聞かせる本を探しに来たディーンは、ふと思い立って部屋の隅にある本棚へ向かった。この一角には他所の国の言葉で書かれた本や、特に難しい宗教についての本などが置かれている。
ディーンが適当に本を一冊引き抜いてみると、多量の白い埃が宙を舞った。この辺りの本には長い間誰も手を触れていないようだった。
(そりゃこんな本誰も読まないだろうよ。何を書いてあるのかちっとも分からないし)
本の表紙には大きな建物に集団で入っていく人々の姿が書かれていた。
(何かの祭事についての本か?)
表紙をめくってすぐにディーンは肩を強張らせた。本の内容はディーンが考えていたものと大きく違っていた。
慌てて本を閉じたディーンは辺りをきょろきょろと見回し、誰もいないのを確認すると再び本を開いた。
ディーンは一ページ目に書かれた文字に釘付けだった。そこには仰々しい文体で、
『触手攻め~女体と魔物の持つ新たな可能性~』
と書かれていた。
つまるところ、ディーンはエッチな本を見つけたのである。
次の日の昼頃。ディーンはパトリックとハニーを自分の部屋に集めた。フロリー達幼年組は外に、その見守りとしてウィ―ダムとジョエルも外にいるので、今孤児院の建物内にいるのは三人だけである。
ハニーはわくわくしてディーンに言った。
「ね、ね、早く見せてよ」
「まぁ待て」
ディーンは書庫から持ってきた本を床に置き、急かすハニーに意味ありげな視線を向けた。
「わざわざウィ―ダム達から隠すくらいだから、すっごく面白いものなんでしょ。それとも危ない本?」
「面白いのは確かで…見方によっては危ないかもな。少なくとも絶対にお父さんには見せられないものだよ」
「気になる~! 早く見せて!」
パトリックは興味なさげな様子で二人を見ていた。
「危ない本だったら読まない方がいんじゃない? お父さんが心配するよ」
「パトリック、お前がどんな想像してるかは知らないが、これはそういう危ないじゃない」
「どうだか。あそこの本棚から取ってきたってことは異国の本でしょ。そもそもディ―ンに外国語分かるの?」
「分かるわけないだろ。でもこの本はほとんどが絵で書かれていてな…」
ディーンの話が終わる前に、待てなくなったハニーが床に置かれた本を手に取った。
「あー我慢できない! 読むね!」
「ちょっと待っ…」
本を開いたハニーはびくりと肩を震わせ、次に顔を寄せてじっくりと中身に目を這わせ始めた。彼は本に書かれた内容に興味津々であった。
ディーンはハニーの反応を見てニヤリと笑った。
「どうだ?」
「……」
「おい、ハニー」
「…わお」
興味をそそられたパトリックが、ハニーの後ろから本を覗き込んだ。そして、ディーンと全く同じように肩を強張らせた。
「これホントに書庫から持ってきたの?」
「もちろん」
「嘘…お父さんこんなの持ってたんだ」
パトリックは本の内容よりも、ウィ―ダムがエッチな本を持っていたことにショックを受けたようだった。
「お父さんも男だし…だとしてもこんな趣味だなんて…普段女性との付き合いがないから怪しいとは思ってたけど…」
「あー…パトリック、俺がこの本を見つけた時はかなり埃を被ってたから、別にお父さんの趣味がこういうのってわけじゃないと思うぞ」
ディーンは父にひどい風評被害が生まれないようパトリックに向かって言った。
「そうとも限らないよ。もしこの本が必要ないものだったら処分してるはずじゃないか。なのに残ってるってことは、お父さんがこれを…必要としていたってことに他ならない」
「単に整理するのが面倒で放っておいただけじゃないか? そもそも読んだことすらないかも。書庫にはあれだけ本があるんだから」
「そう…かもね。書庫にあったってだけで断言するのはよくない」
パトリックは眉をしかめた表情で頭をふるふると左右に揺らした。
「書庫にあった本ってこれだけ? 他にもあった?」
「さぁ、これしか見てないから分からない。もしかして探したらもっとあったり…?」
「かもね。はぁ、本当に信じられない」
ディーンがからかうように言った。
「にしても、一瞬しか見てなかったのによくこの本がエロいやつだって分かったな。パトリックって意外とこういうのに詳しいのか?」
「なっ!…違うよ。本の構成の仕方というか、見せ方がそれっぽいなって思っただけだから」
「そう思えるのって、以前もエロ本見たことあるからだよな? やっぱりな~。お前もこういうの興味あるんだろ!」
「そんなんじゃない!」
パトリックは逃げるようにしてハニーに視線を向けた。ハニーは二人を気にした様子もなく、夢中になって本を読んでいた。
「ハニーはいつまで読んでるのさ! そんなの読まない方がいいよ!」
「えー、まだ全部読んでないよ」
「読まなくていいです!」
「そういわずにさ、ほら、パトリックも…」
ハニーがパトリックの前まで本を持ってきた。パトリックは顔を逸らしたが、よく見れば横目で本を覗いていた。
「どう? どう?」
「どうって…」
ライアンのような頼れる兄貴分に憧れているパトリックは、ウィ―ダムや孤児院の家族達の前では至極真面目な態度で過ごすようにしている。それがかっこいいと思っているからだ。しかしパトリックも十六歳、隠そうとしてもやはりエッチなことには興味があるのだ。奥手な彼はこれまで恋人の一人もできた事がないので、その反応は顕著である。
「どうも思わない。こんな本返してきた方がいいよ」
「またまた~」
ハニーが指でパトリックの腹をちょんとつついた。パトリックは弾かれたように飛び跳ねた。
「何だよ!」
「パトリックさ~、こういう話始めるといつもどこか行っちゃうけどホントは好きなんでしょ? せっかくだし今日は腹を割って話そうよ」
「そうだそうだ。俺もパトリックの性癖がどんなのか気になるなぁ」
「いや…言わないよ。まだ昼だし」
「夜になったらウィ―ダム達帰ってきちゃうから、今しかチャンスはないよ」
「チャンスとかどうでもいい。そもそも普通こういうのって、他人には言わないものでしょ」
「ボク達は兄弟だしいいじゃん~」
「教えてくれよ~。ライアンがいなくなってから、こういう話できるのハニーしかいないからお前のも聞きたいんだよ。コルト達は小さすぎるし、ジョエルは純朴すぎてなんか罪悪感湧いてくるし…」
「そういえばウィ―ダムって童貞なのかな?」
ハニーが唐突に言った。
「一人で町に遊びに行ってるところ見たことないよね」
パトリックは自身から話題が逸れると踏み、喜んでハニーの話に乗った。
「確かにないよね」
「分からないぞ。遊びに行く時、わざわざ俺たちに行ったりしないだろ? 買い物に行くって言ってたけど実は…って可能性もある」
「なるほど! でも、ウィ―ダムが一人で買い物行くことってほとんどなくない? 大体誰かが一緒に言ってるような」
「お父さん買い忘れ多いからね。じゃあいつ遊びに行ってるんだろ。ボクらの誰ともいない時とか?」
「お父さんが一人ってことは、夜中か。一人部屋だし俺達も気づかないしな」
「だとしたらどこ行ってるんだろ。ウィ―ダムが来たなんて話誰からも聞いたことないしなぁ」
ハニーが顎に手を当てて考え込んだ。
「当たり前だよ。そういうのってあまり周囲に話すもんじゃないでしょ」
「そうでもないよ。店のコ達ってみんな噂話好きだから、神父のウィ―ダムが来たりなんかしたらすぐ話のネタになるはず」
「…店のコって誰?」
「気になるの? じゃあ今度パトリックも連れて行ってあげる。料理教えてくれたお礼もしたいしね!」
「いや、別にいい! 別にいいよ」
「恥ずかしがらなくてもいいんだよ~。パン屋のおばちゃんが出てくるとかじゃないから」
「そんな心配はしてない!」
「え~じゃあどんな心配してたの。というかパトリックの好みってどんなの? やっぱりパン屋のおばちゃん? 毎週会いに行ってるし…」
「パン買いに行ってるだけだよ!」
「おばちゃんじゃないってことはどんな女の子が好みなんだ? 今度は教えてくれよ」
「この雰囲気で言いたくない」
「だったら先に俺の好み教えるからさ」
ディーンは腕を組んで堂々と言い放った。
「おっぱい大きい子が好きです」
「興味ないよ」
パトリックは呆れた視線をディーンに向けた。
「そんなこと言って…お前も好きだろ?」
ディーンが勢いよく指を伸ばしながらパトリックを振り返った。
「別に」
「別に。だってさ」
ディーンがパトリックの声色を真似して言った。
「おっぱいが嫌いな男なんていないんだよ。素直になれよ」
「ディーンは下品すぎると思う」
「下品だってよ。聞いたかハニー? だからお前は彼女の一人もいないんだよ!」
「なっ、ディーンだって彼女いないだろ!」
「はっはっは、お前とは違うんだよパトリック。町に行けば俺は人気者なんだぜ?」
「ホントの女の子にね」
ハニーが馬鹿にしたような口調で言った。
「ホントの女の子?」
「うん。ほら、ディーンって子供に好かれやすい性格してるから」
「ああ、なるほど」
「何がなるほどなんだよ」
今度はパトリックがディーンの声色を真似した。
「俺は人気者なんだぜ? 町に行けば子供達に囲まれるからな」
「むかーっ! お前は仲いい子いないくせに! どうせ町に行っても、パン屋のおばちゃんにおまけしてもらうくらいしかないんだろ!」
「買い物上手って呼んでもらいたいね」
「まぁまぁ二人とも、今はケンカじゃなくて好みの話をしようよ。パトリックはどんなコが好きなんだい?」
「え、僕は…そういうハニーはどうなの?」
「ボク~? ボクは大きいコも小さいコもどっちも好きかな~。顔が良かったら大体いけるよ」
「おお、さすがハニーだ。パトリックは?」
「え~…僕は~」
パトリックは照れて二人から目を逸らした。
「なんだよ言えよ。俺とハニーの好みは教えただろ」
「兄弟なんだからいいじゃ~ん」
「う…僕も、大きい方が好きかな。いや、小さい子がどうとかじゃなくてただ僕の好みで、大きい人ってしっかりしてて頼りになりそうなイメージがあるから、付き合っても安心して過ごせるかな~みたいな感じで。料理とか一緒に作ってくれたら嬉しいし、お互いに理解し合える関係になりたいから…」
「きも」
堰を切ったように話し始めたパトリックに、ディーンが一切の遠慮なく言った。
「ちょっと!」
「ハニーもそう思うよな?」
「なんか…童貞こじらせた人の妄想みたいだね!」
ハニーの言葉が胸に突き刺さり、パトリックは床に倒れ込んだ。
「どうしてそんなこと言うんだよぉ…僕まだ十六歳だし…」
「十六歳でも、一応この孤児院の最年長だろ」
「最年長はライアン…ライアンはどうなんだろ。王都で彼女できたのかな」
「ここにいる時からよく女の人に告白されてたしなぁ…きっとあっちでも人気者だろうよ」
「だよねぇ…。でもライアン、あんまり僕たちに彼女の話してくれないよね」
パトリックはごろんと寝転がって仰向けになった。ベッドに座っていたハニー目が合った。
「もしかして、相手が変な人でボク達に言うのが恥ずかしいとか?」
ディーンが眉をしかめて言った。
「変な人って…美人じゃないとか? それとも、人間じゃないとか」
「どういうこと?」
「見たことないけど、王都みたいな人が多いところには色んな種族が集まるらしいだろ。ということはゴーレム族とかがいても不思議じゃない」
「ゴーレム族!」
ゴーレムとは、体が土や岩などで構成され、食事ではなく魔力を体内に取り入れることで生きる人間とは生活構造が大きく違う存在のことである。ほとんどのゴーレムは意識を持っていないが、その中で明確な意思を持ち、文化的な交流が可能な者達をゴーレム族と呼ぶ。
ジョエルのような獣人族と比べ数が少なく、ディーン達は見たことどころか噂すら聞いたことがない。
「…そんなことあるのかな」
「想像できないけど、話してみると意外とおちゃめさんだったりするのかな」
「さあ、なんとなく言ってみただけだし」
「なんとなくでゴーレム族とか言ったんだ…」
「ボクはディーンの話意外と合ってるんじゃなないかなって思うよ。だってライアンだったら、彼女できたら絶対ボクらに話に来るでしょ」
ハニーの言葉に二人とも頷いた。
「確かに。ハッ!」
パトリックが声を上げ目を見開いた。
「急にどうしたの?」
「僕は…とんでもない可能性に気づいてしまったかもしれない」
「何だよ」
「ゴーレム族の話なんだけど…ゴーレムの彼女ができても、ライアンならきっと隠そうとしないと思うんだ。むしろ堂々としてると思う。なのに誰も彼女の話を聞いたことがないってことは、ライアンはもっとすごい種族…」
パトリックは二人と目線を合わせた後、大きく息を吸い込んで言った。
「触手族と付き合ってるんじゃないかな…」
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