十四節 「家族会議」

「ふう、ライアンはいつ頃帰ってくるんでしょう」


 ウィ―ダムは孤児院の自室で溜息を吐いた。ライアンが町を出てからまだ一日しか経っていないのに、もう何週間も過ぎてしまったかのような気分だった。町長の家では女物の服を着ている姿を見られたし、ジョエルとはあんなことをしてしまった。


(あの子は気にしてないみたいだけど)


 昨日も一昨日も夜に変化が起きた。では、今夜も何か起きるのだろうか。

 ウィ―ダムは自室の扉に目を向けた。扉は開く気配もなくその場に佇んでいる。昨晩のことを思い出したウィ―ダムは、今すぐにでも扉を開いてジョエルが入ってくるような気がした。


(この時間ならもう皆寝てるはず…。私もそろそろ寝ようか)


 ウィ―ダムはベッドに潜り込んだ。目を閉じると、いつもと変わらない自室が妙に静かに感じた。




「では、第…第何回だっけ。忘れたからもういいや。家族会議を始めます」


 一本のロウソクしか灯りがなく、薄暗い孤児院の食堂でハニーがそう呟いた。同じテーブルに座るのは、ジョエル、パトリック、ディーンの三人で、ジョエルとディ―ンの膝にはそれぞれリトリーとフロリーが座っていた。コルトは現在部屋で爆睡中であり、ここにはいない。


「第一回でいいんじゃない? お父さんがああなってから初めての会議ってことで」


 ディーンが言った。


「何回でもいいよ。大事なのは内容でしょ」


 パトリックはうろんげな表情をしていた。ハニーがこうやって皆を集める時は、いつだって面倒事についての話をするからだ。


「確かにそうだね。それじゃあリトリー達も眠そうだし、今回皆を集めた理由について簡潔に言うね」


 座っていた椅子から立ち上がり、両手をテーブルに乗せてハニーが言った。


「ウィ―ダムと一緒に王都に行くのはボク。それでいいよね」


 ハニーがそう言った途端、それぞれに差異はあれど皆表情を険しくした。ただしリトリーとフロリーを除いてである。


「よくない。勝手に何言ってるんだよ」


 ディーンはフロリー越しに腕を組んだ。眠気に勝てずてうつらうつらしていたフロリーがその腕にもたれかかった。


「王都には皆で一緒に行くって話だったじゃないか」


「うん、ボクもそのつもりだったんだけどね? 今日ケネスと話したらさ、ウィ―ダムについていけるのは二人だけだって言われたんだよ」


「二人だけって…そんなの、僕達のうちほとんどが留守番ってことじゃないか。少なすぎるよ」


 パトリックの言葉にディーンが頷いた。


「俺たちとお父さんとで馬車を借りて、王都に行くはずだったよな。もしかして馬車が借りれなくなったのか?」


「そうらしいよ。だから時間はかかるけど連絡馬車を乗り継いで行くことになった。連絡馬車は町の皆も使ってるし、ボク達だけで独占するわけにはいかないでしょ」


 裕福な商人とは違い自分の馬車を持っていな農民達は、毎日連絡馬車に乗って町まで行き、そこで野菜などの商品を売る。加えて彼ら以外も貴重な長距離の移動手段として使用するため、基本的にどんな時でも連絡馬車は満員なのである。王都に行くだけであれば、張本人のウィ―ダムと案内人のライアンがいれば事足りる。ライアンは案内人としてだけでなく冒険者としての能力も十分で、彼がいれば道中の安全は保証されるからである。


「そうなるとわがままは言えないね」


 パトリックが肩を落として言った。


「じゃあ誰が行くのかって話だけど…」


「話し合って決めるしかないんじゃないかな。それともくじ引きする?」


「話し合いはどうだろ。そうだな、まず、この中で留守番したくないってやつは手を上げて」


 フロリー以外は皆腕をまっすぐ上に伸ばした。


「フロリー、お前はいいのかい?」


 ディーンに肩を揺すられ、よだれを垂らして眠っていたフロリーが目を覚ました。


「なにぃ、おにいちゃん…」


「フロリーは、お父さんと一緒に王都に行きたい?」


「いく…」


 それだけ言うとフロリーはまた眠り始めた。普段はもっと早い時間にベッドに入っている彼には、夜遅くまで起きていることが難しかったようだ。

 ディーンはフロリーが眠りやすいようもう一度抱え直した。


「だってさ。わかってたことだけど、みんなお父さんと一緒に行きたがってるよ」


「それじゃあやっぱり話し合いだね。みんなに考えて欲しいんだけど、この中でウィ―ダムに一緒に行った方がいいのは誰だと思う?」


 ハニーが皆を見回し言った。


「どういう意味?」


 パトリックが少し目を伏せて言った。


「そのままの意味だよ。仮にウィ―ダムと王都に行ったとして、実際どんな風に役に立てるかってのは重要でしょ? その点ボクは安心!」


 ハニーは手の平を自分の胸に当てた。


「ライアンほどじゃないけど鍛えてるから、悪いやつらに襲われてもボクならウィ―ダムを守れる! それに、長旅になってもボクと一緒ならすっごく楽しいよ! もちろん料理もできるからご飯も安心。こんなボクを連れて行かないなんて損だと思わない?」


「思わない。鍛えてるのは俺達も同じだし、料理ならパトリックの方が上手。なによりハニーを連絡馬車に乗せたりしたら、出発してすぐにうるさくて追い出されるに決まってる」


「ひどいこと言わないでよ! そういうディーンは何か良いところあるの!」


「俺はハニーと違って孤児院にある本をいっぱい読んでるから、そこに書いてあった食べられる野草の知識とかたくさん知ってるぞ。もちろん調理法も」


「…野草とか、口に入れてみて舌が痺れなかったら食べれるやつだってわかるよ」


 ディーンは呆れた視線をハニーに向けた。


(お前は毒草食べても元気に走り回ってそうだが、お父さんはそうはいかないよ)


 パトリックが顔を上げて言った。


「どれくらいの期間王都にいるのかわからないし、その間お金の管理をする人は必要だよね。僕は普段からお父さんの仕事を手伝ってるし、向こうに行っても役に立てるよ」


「俺もそう思う。パトリックはお父さんと行った方がいいよ」


「となると残りのもう一人は…ボクだね!」


 自信満々のハニーが再び胸に手を当てた。ハニーは心の底からウィ―ダムと一緒に行きたいと考えていたが、彼を見つめるディーンとパトリックの目は明らかに協力的でないことを物語っていた。


「パトリック、俺達協力しないか? 二人でお父さんに頼みに行こう」


「いいね。まだ小さいリトリーとフロリーは連れていけないし、僕らで行こう」


 二人の会話を聞いてハニーは思わず大きな声を上げた。


「そんなのずるいよ、ボクも行きたい!」


「しっ! 大きな声出したらダメだよハニー。お父さんが起きちゃう」


「ああ、ごめん」


 ハニーは会議が始まってからずっと黙っているジョエルに目を向けた。ハニーと目が合うと、ジョエルはニコリと笑った。


「ねぇ、ジョエル、どうしてさっきからずっと黙ってるのさ? ジョエルもウィ―ダムと一緒に行きたいだろ?」


「もちろん行きたいよ」


「だったら何か意見を言ってよ。このままじゃディーンに連れられてウィ―ダムが野草を食べることになっちゃうよ」


「どういうことだ、それは」


 ディーンの言葉をハニーは無視した。


「僕もどうしようかなって考えたんだけど、あ、これはリトリーが言ってたんだけど、僕らが決めてもパパは嫌がるんじゃないかなぁ」


「ウィ―ダムが?」


「パパも僕らと同じようにみんなで行きたいと思ってるだろうから、ここで誰か二人を選んでもきっと納得しないよ」


「確かにそうだな。お父さんのことだから、皆で乗れる馬車が見つかるまで出発しないとか言いそう」


「だから、誰と一緒に行くのかはパパに決めてもらおう。ライアンが帰ってきて出発する日になったら、パパは絶対に誰か二人を選ばなくちゃならないんだし」


 パトリックはどこか不安そうな表情でジョエルの話を聞いていた。当日ウィ―ダムがきちんと選んでくれればいいが、彼なら二人だけを選ぶなんてできないと言って、誰一人連れて行かないなんてことになるかもしれないと考えたからである。


「僕は今決めた方がいいと思うよ。お父さんは優柔不断だから誰も選べないかもしれないし…」


「だったらどうやって決めるのさ。話し合い? 言っとくけど、ボクは絶対にウィ―ダムと行きたいから選ばれないと納得しないよ!」


「なんの脅しだよ…」


 ディーンは座っている椅子に倒れ込むようにして背を預けた。


「俺もジョエルの意見に賛成だよ、パトリック。お父さんが選んだならお前も文句はないだろ?」


「うん、でも…」


「はい、じゃあ決定決定! 今日の会議はこれで終わり!」


 立ち上がったハニーは早足で食堂の出口に向かった。


「ボクはちょっとトイレに行くから、みんなは先に帰って寝ててね」


 ハニーが出て行くと皆も立ち上がり、それぞれ部屋に帰り始めた。


「行こうぜジョエル、リトリーも」


「うん」


 寝室までの廊下は暗く、冷え込んでいた。ジョエル達は小声で会話しながら急いで歩いた。寝室の前に来るとジョエルは立ち止まってディーン達に手を振った。ジョエルと同室なのはハニーとリトリーだけで、彼らとは別室だからだ。


「じゃあおやすみ~」


「おやすみ」「おやすみなさい」「……」


 ディーン達が寝室に入るのを見送るとジョエルもドアを開いて自分の部屋に入った。それから十秒ほどドアの前で耳をすまし、誰も外にいないのを確認するとリトリーと共に部屋を出た。二人の間に会話はなかったが、ジョエルとリトリーは息を合わせた足取りでウィ―ダムの向かった。彼らにはディーン達を出し抜く秘策があった。




 ウィ―ダムがベッドに入ってうとうとしていると、唐突に部屋のドアがノックされた。


(こんな時間に誰だろう。ジョエルがまた来たのだろうか)


 ウィ―ダムは少し身を強張らせながらドアに近づいた。もしジョエルが来たのならいい機会だ。彼とはまだしっかり話し合っていない。昨日の繰り返しにならないよう、考えて話さなければ。


「はい、誰ですか…」


 ドアの前には寝巻き姿のハニーが立っていた。ハニーはドアが開くや否やするりと身を潜らせて部屋の中に入ってきた。ウィ―ダムが振り向くと、彼は黙ったまま身振りでドアを閉めるよう伝えてきた。


「どうしたんです、そんなに慌てて」


(いいから早く閉めて!)


 ウィ―ダムがドアを閉じると、ハニーはふぅと息を吐いて胸を撫でおろした。


「ありがと、ウィ―ダム。みんなに気づかれ…起こしちゃったりしないか心配でさ。だから黙ってたんだよ」


「そうですか。それで、こんな時間にどうしたんですか? ハニーも眠れないんですか?」


 ウィ―ダムはジョエルが部屋に来た時のことを思い出して言った。


「ボクもってことは、ウィ―ダムも眠れないの?」


「ああ、いえ、ふと思って言ってみただけです。別に眠れなくはないです」


「ボクも同じ。けど、今日は久しぶりに一緒に寝たいなーって思って。ダメかな?」


「そんなことはありませんよ。一緒に寝ましょう」


「わーい」


 ハニーがベッドに飛び込み、ウィ―ダムの枕を抱いた。


「枕取らないでくださいよ」


「取ってないよー」


 足をパタパタと動かし、枕を胸元に抱いたハニーはベッドの上を楽しそうに転がった。ウィ―ダムがベッドに腰を下ろすと、ハニーは転がる勢いのままぶつかってきた。


「いて」


「ほら、暴れてないで寝ますよ。もう夜遅いんですから」


「うん、じゃあ腕まくらしてあげるね」


 ハニーは仰向けになると枕を壁と背中で挟み、ウィ―ダムに向けて左腕を伸ばした。


「さぁ、どうぞ」


 ハニーは目を細めてウィ―ダムに余裕を見せた。自分では大人っぽい雰囲気を作り出しているつもりだったが、ウィ―ダムには子供が背伸びしているようにしか見えなかった。


「ではお言葉に甘えて」


 ウィ―ダムは寝転がってハニーの腕に頭を預けた。頭に伝わる感触で、ハニーの腕が意外と筋肉質なことがわかった。同時に固くて寝づらいとも感じた。


「どう?」


 ハニーは自信満々の表情をしていた。ウィ―ダムは感じたことを素直に伝えた。


「固いです」


「え…じゃあ寝にくい?」


「そうですね、ちょっと寝にくいです」


「そんなぁ」


「代わりに私が腕まくらしてあげますよ。ほら」


 ウィ―ダムはハニーに向けて右腕を伸ばした。思ったより自分の腕が短かったので、ハニーに体を寄せた。寝にくいと言われたことがショックだったのか、ハニーはしぶしぶといった様子で頭を上げた。


「腕に直接頭を乗せるとされる側は固いですし、する側は重いですから、頭ではなく首を乗せるイメージで眠るといいですよ」


「そうなの? ウィ―ダムの腕柔らかいし大丈夫だと思うけどなぁ」


「ちょっとだけならそれでもいいんですけどね。一晩中腕まくらしてると、朝起きた時腕が痛かったりするんです」


「ということは、ボクが子供の時は我慢しながらしてくれてたの?」


「いえ、ハニーが子供の頃は腕まくらじゃなくて横向きになって抱いてあげながら寝てましたから。大丈夫でしたよ」


「うーん、全然覚えてないなぁ」


 ハニーは少し下心を抱きながらウィ―ダムに言った。


「覚えてないから、今日は昔みたいに寝てみたいな」


「昔みたいに…抱っこしてほしいんですか?」


「抱っこ!…いや、そんな子供っぽいのじゃなくて、せっかく久しぶりに一緒に寝てるんだし、その…」


 ウィ―ダムの目にはハニーが言い繕う姿は照れる子供のように見えて、とてもかわいらしかった。そういえば最近のハニーはしっかりしていて、こんな風に焦る姿を見るのは久しぶりだ。ウィ―ダムは悪戯心をくすぐられ、たっぷりハニーを構ってあげたくなった。


「ふふ、ハニーもまだまだ子供ですね」


 ウィ―ダムはハニーの背に腕を回すと優しく抱きしめた。彼の体温が伝わってきて心地よかった。

 一方抱きしめられたハニーはひどく混乱していた。鼻孔に伝わってくるウィ―ダムの香りは驚くほどに甘く、頭がとろけてしまいそうだった。頬に触れる肌の感触は暴力的なまでに柔らかく、ハニーの体は瞬く間に敏感になった。

 ハニーは町長の家でウィ―ダムに近づいて以来、ずっと感じていた違和感の正体に気がついた。


(ボクは…ウィ―ダムのことが女性として気になっているんだ)


 ハニーは両腕でウィ―ダムを強く抱きしめた。それだけで体中が多幸感に震えた。今のハニーは、ウィ―ダムを愛おしく感じてたまらなかった。


「こうしてると、ハニーが小さかった頃に戻ったみたいですねぇ」


 ウィ―ダムはハニーの様子を気にすることなく呟いた。彼は心底そう思っていた。

 ハニーは顔をウィ―ダムに近づけて、そのまま彼をじっと見つめた。ハニーの口からは、今にも感情の洪水が溢れ出しそうだった。


「ハニー?」


「ねぇウィ―ダム、ボク…」


 ハニーが心情を暴露しようとした瞬間、部屋のドアがノックされ、ウィ―ダムが返事をする暇もなく開かれた。咄嗟に振り向いたハニーの目に、ジョエルの姿が映った。

 


 

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