44


 そんなわけでやって来ました大工房&大植物園。

 ミームが現れてから疫病のためにだけに建てられた大規模な魔女の工房と薬草温室では、この国に流れてきた魔女……もとい聖女たちが日々、疫病治療薬の素材である薬草を栽培し作成している。

 大工房の入り口付近にある広間は集会に使うためのもののようで聖女たちが集まっていた。


「新しい聖女が入りました。自己紹介をお願いします」

「マウレフィト王国のサンドラストリートから来ました。レイン・ミラーっす! よろしく!」


 気分は全校朝礼で挨拶する転校生。「なんだそりゃ?」だけどまさしくそんな感じなんだから仕方ない。

 そして並ぶ聖女たちの格好が目を引く。

 魔女と言えば黒か紫なんだけど、ここの連中は白か灰色。

 それが聖女カラーってわけなんだけど……白い人たちが集まってるのって圧が違うね。

 なんか新興宗教的なアレがある。

 黒もたいがいだけど、ほら、私ってあっちの記憶も少しは残ってるから学生服とかスーツとかってそれ系があったりするし魔女の格好ってハロウィンっぽかったりするわけだし。サンドラストリートなんて毎日がハロウィンとか考えたらいいわけだし。


「…………」


 そして私のぷりちーな挨拶に沈黙で返すこいつらのテンションの低さ。

 うわ、こっわ。


「……では、レインの教育係はジェライラにお願いします。本日も第一聖女の願いの下、我ら聖女の力を合わせましょう」

「「「はい!!」」」


 個人主義な魔女たちとは思えないぐらいの訓練された揃った声。

 知っているとはいえ、生身で感じる空気と圧にドン引きした。

 朝の集会なんていう健康的な行事も魔女には似つかわしくない。

 そういう意味でも、ここの連中は魔女ではなく聖女になってしまっていると言える。


「よろしくレイン、教育係になったジェライラよ」


 私の前に立ったのはセクシーなお姉さんだった。

 見た目が若いからと油断してはいけないのが私たちである。王妃なんて魔女として修業してないのに見た目めっちゃ若いからね。

 そして、この人が何者か、私は知っている。


「会ったこと、ありますよね?」

「ええ。元ブロウズ工房の工房主よ。サリアは元気」

「……まぁ、生きてはいます」


 ちょっと美少年と野獣を絶賛上演中だけど元気は元気だよ。

 この人はジェライラ・ブロウズ。

 元サンドラストリートのブロウズ工房の工房主。

 つまり、ゲーム『サンドラストリートの小魔女』では、私はこの人の後を継ぐはずだった。

 でもサンドラストリートに来た時にはすでに魔女として一端以上な実力を持っていたので空き家だったミラー工房をもらい、その結果、サリアがブロウズ工房を引き継ぐことになる。

 そしてブロウズ工房の元工房主ジェライラはマウレフィト王国では死んだことになっているけど、実は疫病治療のためにサンガルシア王国にやってきていましたとさ。


「それでね、レイン」


 しばらくサンドラストリートのことなんかを話していたのだけど、ジェライラが唐突に話題を変換して来た。


「その服装なんだけど、白に変えてもらえないかしら?」

「ああ、やっぱりそれは来るか?」

「え?」

「いいえ。……まぁ、皆さんの衣装を見ているとね、なんとなくね」


 察しろって話だろうね。空気読まない子ちゃんでいたかったんだけど、やっぱり言われるか。


「そう。悪いけれど、ここでは魔女を思わせるものは排除していかなくてはならないの。わかるでしょう? 魔女と聖女の違いなんて……」

「名前だけ」


 皮肉を含んで端的に言ってみた。

 ジェライラは怒らないけれど、なんともいえない苦笑を滲ませて頷く。


「その通り。でも、この国の人たちにとってはその名前だけの違いに大きな意味があるのよ」

「だから、魔女を想起させるものは排除していく?」

「そう」


 イメージ戦略ね。

 その考え自体は悪くないと思う。


「ここは魔女の立場を最初からやり直すには最適の地なの。わかって欲しい。ね」

「は~い」


 正論で念押しされては根が真面目なレインちゃんとしては逆らう術もない。

 防御力もなければ付与効果もない。ぺらっぺらのただの布な聖女の服を受け取り、私は更衣室に向かう……。


「ちょっとぐらいの改造はありよね?」

「ちょっとぐらいならね。みんなそれぐらいはしているから」


 魔女としてはなんの付与効果もない服を着るなんてプライドが許さない。他の魔女……聖女たちも同じようでちょこちょこと違う感じになっていたのでできるだろうとは思っていた。

 ジェライラが、今度は明るく苦笑して頷いたので更衣室に向かう。


「言質は取った!」


 というわけで誰もいない更衣室でこの間成功させた【魔女の園】を使って魔女の鍋をそこに出現させる。

 さすがレインちゃん。二回目にして完成度が上がっている。完全に使いこなせたら普通に工房が作れるかも。


「て~い」


 そんなことを思いながら脱いだ魔女の服を鍋の中に投じる。今回は解体して素材の回収が目的。全部は無理だろうけど付与効果を得られる部分が取り戻せたらラッキーぐらいで。

 ゲームの頃にはそんなことはできなかったのだけれど、ここはもうゲームではない。

 あるいはゲームでできることはもう全部習得してしまっているから、ゲームでは出来なかったことができるようになったのかもしれない。

 いまだにゲームとしての『サンドラストリートの小魔女』とこの世界との関係性ははっきりしていない。

 そもそも私には前世の記憶があるけれど、前世の私がどんな人間だったかはちっとも思い出せない。


「……あんまり深く考えてもどうしようもないんだろうけど」


 素材の回収に成功。

 幽冥導師の魂糸に竜王の逆鱗に血盟騎士の霊翼。うーん、回収率は半分ってとこかな。ミラー工房レベルなら全部いけた感触があるけど……まぁいいや。回収し損ねたのも隠しダンジョンにまた潜れば手に入るものばかりだし。


「二度目のて~い」


 回収した素材と聖女の服を一緒に鍋に投じて混ぜ合わせる。

 カボチャパンツもないいまの私はまさしく真っ裸!

 だがそんなことは気にしない!

 更衣室だからね!

 鍋の中に詰まった私の魔力が聖女の服と各種素材を混ぜ合わせていく。その過程で服のデザインも変わっていく。

 ずぼっと被るワンピースというよりはローブみたいな聖女の服が私の望みに沿っていく。

 出来上がったのはフリルのブラウスとスカート。

 ちゃんと白!

 背中にはちっちゃい翼の刺繍があったり、スカートの裾に属性防御の紋様が等間隔にあったり、首元の透かし刺繍が竜だったりと、見る人が見れば物騒な感じになっているけど……ちゃんと白だから問題なし!


「どうしてそうなった!」


 ちゃんと鍋とかを後始末して着替えて出てくると、待っていたジェライラがそう叫んだ。


「レインちゃんだからです!」

「うわ~もう……やはり問題児のままか」


 ジェライラがそんなことを言って頭を抱えた。

 ちょっと待て、なんだ問題児って?


「え? 私って問題児扱いされていたの?」

「気付いていなかったのか!?」

「私、超優等生だったでしょ!?」

「どこがだ!?」

「なんですと!?」


 こんなにできるレインちゃんがどうして問題児なのか?

 信じられない事実に唖然とするのだった。




  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る